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召喚者達はその異世界で  作者: 八日園 啓地
電子の子ども達
93/143

92 その能力、次のステージへ

***

 静かな空気は二人を穏やかな死の静謐へと誘う。

 「ーーーーーー」

 アキヒロは朦朧とした意識の中でゆっくりと目を開ける。

 そこには同じ女神の加護者が倒れていた。

 アキヒロの場所からは頭部の出血を確認できないが、ピクリとも動かない少年を見て自分と同じ死の淵なのだと感じた。

 一方、自身の身体に空いた二箇所の穴からは血が流れ続けている。

 体を動かすどころか指を動かすこともできない。そんな体力すら血と共に流れ出ているかのようだった。

 しかしそれもプレアを使えば解決する。イワノフを撃った弾丸にプレアを使って威力を上昇させたので残り一つとなってしまったが、あと一回はプレアを使えるのだ。

 女神の加護者の願いを叶える力。

 その力を使えば、自身の傷は一瞬のうちになかったことになるだろう。イワノフが得体の知れない竹簡でプレアのデータを取ろうとしたため使わなかったが、どうやらイワノフを含む連中は退散したらしい。

 それならばプレアを使っても相手に情報を与える心配もない。心置きなく使えるのだ。

 しかし、プレアにも少しばかりの欠点がある。

 それは叶えたいものを強くイメージすることだ。

 曖昧な意識で()()()()()()()()を行うのは難しい。

 使えるのは一回。つまり救えるのは一人だけ。

 己か他者か。

 そんな複雑な考えなど、痛みとその痛みすら無くなっていく無感覚が混在する頭で思いつくはずもない。

 だからアキヒロの行動は霧立ち込める意識の中で導き出された単純な答えだ。

 その答えに導かれるようにアキヒロはプレアを使う。

 瞬間、無明の建物に一つの淡い光が照らされた。




***

 全身が何かで満たされるような奇妙な充足感が溢れ出す。それでも、その何かもきっと色のついていないものだろう。

 ワンセルフは輝きが失われたクリスタル・コアからそっと手を離す。

 クリスタル・コアを自己と認識、その後の結合も滞りなく進んでいる。今やワンセルフがクリスタル・コアとなったのだ。

 自己強化を目的としたワンセルフの能力と混ざり合ったクリスタル・コアは最早本来の機能を全うしていない。

 現在、あらゆる魔導機械への電子魔力の供給は行われていない。

 全ての電子魔力はワンセルフの強化にしか使われなくなったのだ。

 部屋の明かりは消えて、薄暗い空間に少年は一人何を想うことなく佇んでいた。そして静かに目を瞑って、自分が得た力と対峙する。

 「…………把握、完了」

 誰に報告するでもなく呟く。

 自己強化(ワンセルフ)とクリスタル・コアの融合はまだ完璧ではないが、時間が経てば自然に一つになるだろう。

 ワンセルフは次の任務のために部屋を出ようとドアの方に足を運ぶ。

 次の任務はこの建物と施設があった場所の破壊だ。

 その後のことは聞かされていないが、追って指示があるだろう。

 まずは今出されている指示に従おう。

 「はあ……はあ……みつけた……………」

 幼い女の子の声が正面から聞こえてきた。

 彼がドアに到達するより先に、ドアは自ら開いた。否、部屋の外から一人の少女が開けたのだ。

 同じ施設で、同じ実験体として身体を弄られた彼女が息を切らせながら自身の前に立ち塞がった。

 「ワンセルフ……」

 インフェクトの呼びかけに答えず、男の子は真っ直ぐドアを目指す。そこの間にいる彼女のことが見えていないかのように、ただドアの先を見据える。

 「ワンセルフ!」

 そこにインフェクトが飛び出してきて、両手を広げて行く手を塞ぐ。その声にはワンセルフには理解し難い何かしらの想いが含まれていた。

 「そこを退け、インフェクト」

 ワンセルフはインフェクトと三歩分の距離を置いて止まる。邪魔をされた苛立ちも嫌悪も感じない平坦な声には敵意も当然ありはしない。

 彼は任務遂行の障害を対処するために有効な手段を取っただけだ。

 「いいえ、退かないわ。こんなことはもうやめて」

 ワンセルフ自ら積極的に行っているかのような物言いに、白濁とした心の裡が僅かに揺れる。

 「命令に従っているだけだ。おれの意思はない」

 自身に言い聞かせるようにワンセルフは言葉を紡ぐ。そして、有効な手段が失敗に終わり、次の対抗策へと移る。

 意識を電子魔力に集中させる。空気中に漂う電子魔力の一つ一つに神経を通すイメージが頭に浮かぶ。

 空間一帯の電子魔力、その八割に接続できた段階で電子魔力は騒ぎ出した。

 「な、何を……」

 インフェクトはその異変に困惑し、能力を発動する。

 「きゃっ……!?」

 しかし、それを拒絶するかのように彼女の周囲で電子魔力が小さく音を立てる。

 「そんな……能力が使えない…………?」

 「…………ふん」

 戸惑うインフェクトを尻目に、ワンセルフは自身の体を電子魔力に変換させる。

 「ワンセルフ、待って!」

 彼が何をしようとしているのかが分かって引き留めようとするが、間に合わない。

 空気中で小さな放電を起こした後、ワンセルフの姿は部屋のどこにもなかった。

 「どこに行ったの……」

 取り残されたインフェクトは急いで電子魔力の流れを確認する。相変わらず干渉しようとすれば弾かれるが、幸いその流れを見るくらいならできた。

 電子魔力となったワンセルフの気配は既に部屋の外ーーそれどころか建物の遥か上に存在していた。

 加えて、濃密な電子魔力の塊が彼の近くにあった。その塊は周りの電子魔力を巻き込んで更に大きくなっている。

 彼がそれを如何様に扱うかは知らないが、巨大なエネルギーを一箇所に集めるのは危険が伴う。

 「止めないとっ……!」

 インフェクトは急いで電子魔力と同化して来た道をヒトの姿で戻った。




***

 意識が戻ると、痛みは引いていた。

 その時、俺は自分が気を失っていたことに気付いた。

 「……あれ…………?」

 仰向けに倒れている俺の目には澄み切った夜空ではなく、木造の天井が映っている。

 「ここは……?」

 上半身を起こして寝起きのような重鈍な思考回路を働かせる。

 外にいたはずの俺が何故屋内にいるのか、どんなに脳みそを働かせても思い出すことは出来なかった。

 記憶が部分的に抜き取られたような錯覚を起こし、辺りを見る。

 どうやらここはアキヒロがいる協会のような建物だと気付くのに時間は掛からなかった。

 「そうだ! アキヒロをっ…………」

 あの常に涼しげな顔をしている研究者を探そうと起き上がるが、簡単に彼を見つけてしまった。

 薄闇に慣れてきた両目ははっきりと彼の姿を捉えた。


 ーーーー血を流して倒れている彼の姿を


 「あ、アキヒロ……!」

 混乱した頭はそれでも彼の下に行くように指示を出し、地面を弾くように駆け寄る。

 「アキヒロ! しっかりするんだ! 一体何が……!?」

 触れたその身体はまだ温かく、息もしていた。それでも、腹と右胸あたりの出血は、今は止まっているが、彼の死を想起させる。

 充分過ぎるほどにそれらの怪我は彼の死を主張していた。

 「ーーーーーーっ……」

 彼の顔が苦痛に歪み、ゆっくりと固く閉ざしていた目を開ける。

 「……カケル。……上手く、いった…………のか」

 半開きの目で、か細い声で告げるその声にはどこか安堵の表情を内包していた。

 「この傷は……!?」

 「アキヒロさん!」

 俺の疑問と重なるかたちで、講壇の下からインフェクトが姿を現した。

 「あ、カケルさん、無事だったんですね。よかった……」

 そして、俺の姿を見て女の子はほっと胸を撫で下ろしていた。しかし、すぐに別の要件があったことを思い出して、慌てて言葉を続ける。

 「大変です! ワンセルフがこの上で……いえ、その前にクリスタル・コアが彼と一緒になってしまって……!」

 頑張って地下で起きたことを説明してくれるが、彼女も混乱しているらしく伝えることが定まっていない。

 「インフェクト、落ち着いて…….」

 アキヒロの傷にインフェクトが伝えようとしていること。

 情報が多すぎて目が回りそうだ

 「と、とりあえず、ここを出ましょう!」

 俺が声をかけてみるが、軽くパニックを起こしているのか聞く耳持たずの状態だった。

 「出るって言っても……」

 ぐいぐいと俺を引っ張るインフェクトを落ち着かせようと今一度声をかける。

 「たわけ! 何をぼさっと座っているのだ!」

 それを遮るように勢い良くドアが開き、俺を叱咤する声が聞こえてきた。

 「ショーさん、子供たちは……」

 「話は後だ、インフェクト。ほら、早く走れ!」

 古びた赤いマフラーと外套を翻しながら、絶海翔はこちらに駆け寄ってくる。そして、倒れているアキヒロを背負う。

 俺は言われるままに、インフェクトと並走するかたちで走った。

 出入り口まで距離があるわけではないので、すぐに建物の外に出ることができた。

 「一体どうなってるんだ?」

 足を止めてインフェクトに訊ねる。

 「ワンセルフがこの上で大規模な電子魔力を集めています。恐らくはここを攻撃するつもりなのかと……」

 インフェクトは勢いが止まらなかったのか俺より前で止まって答えてくれた。そして、心配そうに両手で俺に手招きをする。

 「あの……カケルさん! そこでは……!」

 「さっさと退け、小僧!」

 慌てふためく女の子の声は敵意さえ感じる苛立つ青年の声によってかき消された。

 「は? ぶっ……!?」

 何の警戒心もなしに後ろを振り向くと顔面に膝が迫っていた。吸い込まれるように膝は眉間に衝突し、俺はインフェクトの横を転がりながら通過する。

 ボールみたいに回ること約十回。ようやく止まった。しかし、止まってもすぐに起き上がれそうにない。

 「全く。あんなところにいるとは阿呆なのか。それとも自殺志願者か? それなら他所でやってくれ」

 「あ、あの大丈夫ですか……?」

 近くで喧嘩を売る声と心配する声が聞こえてきた。

 前者には痛みが引いたら一言、いや十言くらい文句を言おうと考えていると、微かに雷雲に似た音が聞こえてきた。

 直後、視界の外で攻撃的な光が放たれ、コンマ遅れて空を裂く稲妻の音が鼓膜を打つ。

 俺はそれらの刺激に痛みさえ忘れて顔を上げる。

 「…………な!?」

 目の前にあったはずの建物は綺麗さっぱり無くなり、巨大なクレーターを築いていた。跡形もなく消し飛ばされた建物は地下もなくなっている。

 当然、俺が絶海さんに膝蹴りをもらった場所も元の面影すら残っていない。

 「ふん、電子魔力を足場にしているのか。電子魔力とは何でも有りだな」

 苦笑して呟く絶海さんの視線を追うと先程まで存在していた建物よりも遥か高くに一人の男の子が立っていた。

 まるで透明なガラス板でもあるかのように宙に立つワンセルフは、真っ直ぐに自分の所業を見下ろしている。

 そして、踵を返して何処かに行ってしまった。

 「追いかけないと……!」

 「待て、行き先は分かるのか?」

 絶海さんはゆっくりとアキヒロを下ろして俺の方を見据える。

 「分かりません……。けど放って置くわけには…………」

 目の前を()()()()土地にしてしまった脅威を野放しにするわけにはいかない。早く被害が増える前に対処する必要がある。

 俺の言葉を聞いて呆れたようにため息をつく。

 「まずは事の確認だ。それに、行き先は見当が付いている」

 「ど、どこですか!?」

 絶海さんは視線だけインフェクトの方に向けてすぐに俺へと戻す。

 「彼女たちがいた地下施設がある建物だ。今みたいに建物を消し去るつもりだろうな。……アキヒロさん、話せますか?」

 「……ああ…………」

 浅い息を繰り返しながら、アキヒロは弱々しく頷く。

 「ワンセルフ……あの様子だと…………」

 「はい。クリスタル・コアと融合してしまいました」

 傷のせいで上手く喋れないアキヒロをサポートする様にインフェクトが彼の言葉を受け継ぐ。

 「融合……?」

 「ああ…………だが、まだ完全に……混ざってはいない」

 アキヒロは話を続ける。

 頼りなく開いている両の目はいつ閉じてもおかしくない。

 「……インフェクトの、能力(スキル)で……分離…………できる」

 それでも、その目は可能性を示した。

 「ほ、本当ですか!? でもどうすれば……?」

 「他の、魔導……機械と……同じだ。電子、魔力の……流れを、操作すれば………」

 途切れ途切れの言葉を繋げていくと、要するにインフェクトは特別なことをする必要はないという話だった。

 クリスタル・コアがまだワンセルフの中で完全に溶けていないのなら、インフェクトはそれを魔導機械のように操作できるらしい。地下の施設でインフェクトが機械兵を強制停止させた方法と同じということだ。

 「ふむ。ならばワンセルフを追うのはインフェクトと小僧でいいだろう」

 全ての話を聞き終えて、絶海さんが今後の方針を立て始める。

 「絶海さんはどうするんですか?」

 「彼を治療できるところまで連れて行く。生憎とプレアは使い切っているのでね」

 「はあ……? 分かりました」

 こちらに意味ありげに視線を投げる。俺にもプレアはもうないからその事を意図しているのだろうか。

 何にせよ、方針は決まった。目の前の建物が消失してから数分しか経っていない。

 走ればワンセルフに追いつくだろう。

 「あの、ショーさん。それで他の子たちは……?」

 インフェクトが最後の質問をする。

 その声は震えていた。絶海さんが一人でここに来た時点で、彼女の中で答えの予想はついているのだろう。

 「……私が見つけた時には全員死んでいた。すまない」

 絶海さんは片膝をついて目の高さを合わせる。そして頭を下げた。静かな声ははっきりと彼らの死を告げる。それが見てきた者の義務であるかのように報告した。

 「……いえ、あなたが謝ることでは…………」

 インフェクトは堪えるように小さな肩を震わす。その後、彼女は俺の方を向く。

 「行きましょう。ワンセルフを止めないと」

 「けど……」

 同じ境遇の子供たちの死は彼女にとって簡単に片付けられるものではないだろう。そこは俺なんかが推し量れるものではない。

 だから彼女の言葉に俺は躊躇した。

 ワンセルフもこの女の子と同じ境遇を過ごした仲間だ。これから彼を追いかけると、戦闘は避けられない。仲間の死を知った今、まともにワンセルフと向き合うことが辛くなるのではと心配になった。

 「大丈夫ですよ。……行きましょう」

 インフェクトは俺の心配に笑顔で答える。

 「…………わかった」

 インフェクトと昼間に訪れた地下施設のある建物へと急ぐ。

 暗い感情を隠すかのような表面の笑顔に俺は何も言うことができなかった。

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