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召喚者達はその異世界で  作者: 八日園 啓地
電子の子ども達
92/143

91 その能力、自己強化

***

 僅かな(あか)りだけを頼りにワンセルフは真っ直ぐの道を通り過ぎ、一つの部屋に行き着いた。

 「これがーーーー」

 神秘的な輝きを放つ巨大な結晶が部屋一帯を照らしていた。

 クリスタル・コア。

 自分に課せられた使命はこれと()()()()()()

 ワンセルフは(うつろ)の双眸で巨大な結晶を見上げる。

 そして、一歩ずつ近づく。

 自分の使命を全うするために進む。そこに感情なんて入る余地はない。それ以前に彼からしてみれば感情はとっくに捨てている。彼の心は人体実験が行われた施設と同じ白色だ。

 ひたすらに真っ白な心の(うち)は決して純白ではなく、底が見通せない白濁である。底が見通せず、どんな色も白く侵食していく。

 周りからの刺激も言動もワンセルフには意味がない。

 白濁はワンセルフと周りを隔絶する。感情が現れるのを防ぐかのように、ワンセルフは他者からの行為に対して無関心で無反応だった。例外的に、反応を示すのは命令された時と実験の報告のみ。

 色のついた心を忘れた少年は結晶に手を当てる。反射した自分の顔は多面体の結晶によって幾つにも分かれるが、当然どれも同じ顔ーー無表情だ。

 ワンセルフは目をつぶってクリスタル・コアに触れる(てのひら)に集中する。

 クリスタル・コアとの融合は自己強化(ワンセルフ)を持つ彼にとって難しいことではない。触れたものを自分の一部と認識して()()を行う。成功すれば後は自由に調整できる。

 対象の性質を取り込むことも可能になる。

 皮膚が溶けていると錯覚を起こしそうなほどの熱さが手に伝わる。その熱は次第に増していく。

 それに反比例するようにクリスタル・コアの輝きは失われていった。




***

 肩を上下させて息を切らしている女の子は目の前の状況を確認する。

 アキヒロとインフェクトは見たことのない二人。加えて、アキヒロの方は怪我をして倒れていた。

 状況が良くないことはその場の張り詰めた空気で感じ取れた。

 一方、指示待ちのために動いていないシモンは例外として、アキヒロとイワノフも予想だにしなかった人物の登場で固まっている。

 数秒間、互いの視線が行き交う。

 「あーーーー」

 「ワンセルフは下だ! 急げ!」

 最初に口を開いたインフェクトの言葉にアキヒロの声が重なる。

 「……っ! はいっ…….!」

 有無を言わせぬ無理に張ったような声に背中を押されるようにインフェクトは駆け出す。

 「キミの出番はまだだねぇ、インフェクト。プロト、子供を捕らえろ」

 シモンは粘着質の声に弾かれたように動き出した。インフェクトと地下に繋がる講壇下の入り口の間にいたシモンは数歩でインフェクトを自身の間合いに入らせる。

 そして、機械仕掛けの腕が彼女を襲う。

 「能力(アドヴァンス・)補強(ノスタリジア)!」

 インフェクトの身体が青い電流を纏って消えていく。シモンの手は捕らえようとしたインフェクトをすり抜けた。

 そのままインフェクトの姿は消えていなくなった。シモンは彼女を探して周囲を見回すが当然見つかるはずもない。

 イワノフはその光景を見てダルマのような身体を震わす。それは逃げられた怒りではない。

 「イヒヒヒヒ! 素晴らしい! ワタクシの研究が進みつつある! イヒヒヒヒ!」

 それは自身の研究成果が予想以上のものであったからだ。

 「これはいい……! まさかあそこまで進んでいるとは! この国には特に期待していなかったが……これもノイマン君のおかげかねぇ。イヒヒヒヒ!」

 アキヒロは今なおも激痛を訴える身体を叱咤して立ち上がる。プレアは使わない。使用すればイワノフの思う壺だ。彼はこちらを見ていなくても、淡く光る竹簡はこちらに向けられている。

 「キミも仮にも一研究者なら分かるだろう? ワタクシの喜びが。いやはや、思わぬ成果だったよ、今回の帰郷は。イヒヒヒヒ」

 立ち上がったアキヒロに対してイワノフは全く警戒心を抱かずに話しかける。

 幼児を実験体として扱った狂気の研究家が笑う度に丸々とした身体は小さく揺れる。

 「貴方は……まだこんな事を?」

 痛みに耐えながら、掠れた声でアキヒロは訊ねる。痛みは体力を奪って、まともに声が出なくなっていた。

 「もちろん。この大陸以外にもあちこちで実験している。サンプルは多い事に越したことはないからねぇ」

 「貴方の研究は……誰かの死がついてきます。……成功した後も」

 アキヒロは一歩踏み出す度に身体が前に倒れそうになる。

 シモンに付けられた腹の穴はアキヒロの体力を奪う。蹴られた顔は腫れ上がってちょっとした微風でも痛みを感じる。

 それでもアキヒロはイワノフとの距離を詰める。いくら体力を無くなろうが、手に握る武器は決して放さない。武器は身体で隠しているため、イワノフからは死角となる。

 「またそれか……。だから何だというのだ。ワタクシの成果の踏み台になるのだ。むしろ光栄に思ってもらいたいねぇ。当然、キミもその一人だねぇ」

 足元が覚束ないアキヒロを全く警戒しない。押せば倒れそうな彼に対して戦闘態勢に入ろうとしない。その証拠にシモンに命令することすらしていない。

 「さあ! 早くその傷を治したまえ。折角の美形が台無しだねぇ。それはそれで面白い顔なのだがねぇ。イヒーー」

 笑い声を上げたその瞬間、アキヒロは僅かな体力を使って一気にイワノフに詰め寄った。

 「ひっーーーー!?」

 「では、お裾分けです。()()()()()()も活かして、ね」

 皮肉げに笑いながらアキヒロは銃を前に突き出した。

 「ちっ……。プロトォォォォ!」

 眼前に突き出された銃口をイワノフが完璧に避けるよりも早くにアキヒロが引き金を引く。

 「いだあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ…………!」

 弾丸は淡い発光を見せながらイワノフの左頬を深く抉る。

 アキヒロはそれに吹き飛ばされたように右側に大きく飛び退く。左頬を押さえて飛び退いた先で右往左往に転がっていた。

 傷を押さえる手の隙間から血が滴り落ちて周辺にいくつかの小さな血溜まりを形成していた。

 そして、それらの血溜まりが造られたのとほぼ同時にイワノフのものではない、別の血の池も発生していた。

 「相……変わらず……仕事が、早いね…………」

 アキヒロの右胸にシモンの手が深々と突き刺さる。

 「アキヒロさん……残念です。イワノフさんに賛同していれば、仲間になっていたかも知れないのに……」

 哀れみの口調でシモンは呟く。

 アキヒロは力なく笑う。

 「ほう……。では、君は……賛同して、いるのか……?」

 「…………っ」

 その言葉にシモンは答えない。答えることはできない。ただ顔を硬らせる。それが何よりの答えだった。

 「……もし君が、何かしらの……罪悪感…………から、逃げたくて」

 浅い息はアキヒロの言葉を遮る。それでも白衣の男は懸命に言葉を紡ぐ。

 「逃れたくて、そこにいるっ……なら」

 霞む視界はかつての友人の姿をはっきり捉えることはできない。それでもぼんやりとした輪郭を頼りに彼を見据える。

 「僕は……僕は……」

 アキヒロが最後まで言い終わる前に、シモンは口を開く。しかし、その先の言葉が見つからない。

 「僕は……」

 いつしか繰り返す言葉は不安で満ちて、迷子のように頼りないものになった。

 「ぼーーーーーー」

 がこん、と機械の一部が外れるような音がシモンの頭に響いた。

 「僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕はーーーー!」

 「ぐっ…………!」

 機械仕掛けの少年はアキヒロに突き刺した手を何かを散らすように振り払う。

 アキヒロは近くの長椅子に身体をぶつけて倒れるが、その様子に一切構わずにシモンは自らの頭を掻き毟る。

 狂ったように同じ言葉を反復する。

 「僕は僕は僕は僕は僕は僕は僕はぼくっーーーー!」

 何かがシモンにぶつかり、視界を覆う。

 振り払って視界を覆ったものを確認すると、シモンは目を見開く。

 それはーーそいつはかつて敵対した女神の加護者の少年だった。顔中血塗れになっているが、彼がその顔を忘れるはずがない。

 「かけーーーー」

 「うるさい……」

 新たに聞こえた別の声。

 シモンが前を見た次の瞬間、下からの強い衝撃が顎に響いた。

 「おぅ…………!?」

 強制的に上を向いた視界はそのまま暗転する。

 「……機械仕掛けでも人体の急所は同じか」

 右足を前に高々と振り上げたクガはゆっくりとシモンの意識を刈り取った脚を下ろす。

 今しがた協会のような建物に着いたクガと連れてこられたカケルに関心の目を向ける者はいない。アキヒロ、シモン、イワノフは三者三様でそれどころではなかった。

 クガは辺りを見回して、もともと丸い体を更に丸くしているイワノフに近づく。

 「……撤収だ。……街に機械兵も現れたみたいだしな」

 「ゔぅぅ!」

 足で大きめの石ころを転がすようにクガは研究家を蹴る。その些細な振動はイワノフにとって、左頬に来る激痛の何者でもない。左頬が完全に裂けているため喋ることが難しいのか、イワノフは奇怪な音を出すだけだった。

 「うぅぅーー!」

 イワノフは顎と判別し難い首を回して、彼の背中に足を置いているクガを睨み付ける。クガはイワノフの顔を見て馬鹿にしたように嘲笑する。

 「……まさか口が裂けていたとはな。……お喋りなあんたにぴったりだ」

 いい気味だ、と愉快そうに言って、少年は丸々とした口裂けの身体を肩に担いだ。そして、先程意識を飛ばした機械仕掛けの少年をもう一方の肩に担ぐ。

 「い、イワノフさん……!」

 慌てているような乱れた足音が出入り口から聞こえてきた。

 イワノフと違って、細く長い男だ。ワンセルフとインフェクトの実験でイワノフが国を逃亡した後にその研究の取りまとめとなっていた、セボソン・ノイマンである。

 「……アンタたしか研究所にいた…………」

 「ひっ! あ、あなたは……?」

 ノイマンはヒト二人を平気で担ぎ上げている少年が近づいてきて、奇妙な声で悲鳴を上げる。

 「……これ、よろしく」

 そんな反応されても特に気にせずにクガはイワノフを細長い男の前に放り投げるように置く。ちょうど新聞を机に放り投げて置くかのようにイワノフを投げた。

 「ゔぅぅぅぅ……!」

 その衝撃で痛みに襲われたイワノフはクガに対して抗議する。

 「ひぃっ! く、口がっ……!」

 イワノフの傷を見てノイマンは腰を抜かして尻餅をつく。

 「……行くぞ」

 そんな二人を気に留めずに進んでいく。ノイマンはイワノフを慌てて担ぎ上げてその後を追う。

 建物は静寂に包まれ、それに今にも溶け込みそうな二人が取り残された。




***

 突如現れた謎の機械兵との戦いに駆けつけた騎士団長と聖騎士は目の前の異変に目を見開く。

 騎士達が撤退して、それを追撃する機械兵。

 「これは、一体……!?」

 未曾有の事態に常に冷静に物事を見るライザーでさえ思考が停止する。

 「なんだ!? こんな時に故障!?」

 「武器が使えない! 機械兵から距離を取れ!」

 前線で戦っている騎士達の声が飛び交う。

 「状況は?」

 ライザーが近くの騎士に訊ねる。

 「げ、現在、ライトソード及びバーチャルバレットが使用できません! このままでは半刻も経たない内に住宅街に侵入されます!」

 騎士は震えた声で答える。

 ダストリーの周辺にはヒトは住んでいない。しかし、このまま撤退し続ければ、いずれ一番ダストリーに近い住宅街にまで危害が及ぶ。

 「一先ず、戦況を立て直そう」

 騎士団長であるローグは前に出て、よく通る声で防衛戦をしていた騎士達に指示を出す。

 「負傷している者に手を貸して全員下がれ!」

 混乱状態だった騎士達が自分の指示に従う様子を確認して、騎士団長は前に出る。

 「ここはライザーくんと私で時間を稼ぐ! 至急武器不調の原因を探れ! それと同時に武器の使用許可を貰って来てくれ!」

 最高責任者として、加えて現在武器を所持している騎士として、前線にその身を繰り出す。

 腰に据えている剣を抜く。ライトソードではなく、本物の両刃剣である。騎士団長は帯剣が認められている唯一の人物だ。

 ライザーもその横に立って武器を抜く。

 紅髪の騎士が手にしたそれは剣ではない。しなやかにその身をうねらせるそれは鞭と呼ばれるものだ。

 一本の長く柔軟になるよう編み込まれた鞭が宙を踊る。

 此れこそが聖騎士ライザー・ロード・アザレッドの原初の武具。

 「はあぁっ……!」

 魔力を鞭に集中させて、接近する機械兵に振るう。

 鞭が稲妻のように荒れ狂う。

 直後、機械兵の胴体部分が火を纏いながら裂けていた。

 胴体に火の渓谷ができた機械兵は反応することすら許されない。

 その光景を確認したかのように空気中から雷鳴が轟く。追ってそれに競うが如く、爆発音が鳴り響いた。

 本来、鞭の速さは音速に達すると言う。

 しかし、原初の武具の冠を背負う鞭は雷の速さ――つまり光の速さに匹敵する。更に使用者の魔力次第では鞭自体が雷光と化すことができる。

 ライザーが今まさに使った技がそれに当たる。

 「先行は任せた!」

 一通り前線にいた機械兵をなぎ払ったタイミングで団長の声が飛ぶ。

 ライザーは前衛にその身を繰り出す。一振りで多数を屠るその強さで圧倒し、それでもそれを避けて街に侵攻する機械兵はローグが討つという戦法になった。

 機械兵が悉く雷鳴轟く鞭の餌食となる。しかし、数は一向に減った気がしない。

 ライザーはダストリーの方を見る。

 機械兵達は今もダストリーから湧き出ている。そしてこちらに進軍していた。

 「くっ……!」

 聖騎士は険しい表情で武器を握りしめた。

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