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52 その花火、夜空に咲く

 「私は少し用事が出来たので後のことはお任せしてもよろしいでしょうか?」

 「分かりました。こちらも特にすることはないから大丈夫ですよ」

 ローグさんは簡単な別れの挨拶を述べて城の方へ戻っていった。

 「私たちも解散しましょう。みんな、お疲れさま」

 セレアの言葉を聞いて、ライザーを含めた騎士達が一礼する。そして持ち場に戻るために城を後にした。ライザーはそのまま城に戻って行く。

 「じゃあね、セレア、カケル。最後に会えて嬉しかったわ」

 「あ、……ミラのん!」

 立ち去ろうとしたハリサキをセレアが止める。セレアは自分の気持ちを整理するかのように数回深呼吸をして告げる。

 「……また会えるよね」

 ハリサキは珍しくふっと優しい笑みを見せる。

 「ええ、もちろんよ」

 ハリサキは騎士達の後を追うように城を去っていった。

 残ったのはセレアと俺だけだ。

 突然、パァーンと何が破裂したような音が聞こえてきた。俺とセレアは咄嗟に身構えて、音源の方向を見る。

 「…………あ」

 「……そうか。そういえば、花火があるんだったな」

 遠くの空に打ち上げられている花火が見えていた。

 そしてシェリーとセレアと一緒に見る約束もあったのだが、シェリーがカールさんに連れ去られ……もとい強制帰国させられて約束は空中分解した。

 小さく見える花火が次々と打ち上げられて消えていく。

 「…………きれいね」

 そう呟く彼女の瞳には寂しそうな、或いは諦観に似た感情があるように思えた。

 「セレア、ちょっと来てくれ」

 「え? ええ!? ちょっと……か、カケル!?」

 俺はセレアの制止の意味を含んだ呼びかけに応じることもなく、セレアの手を引いて城の庭園を抜け出す。

 「どこ行く気よ!?」

 「着いてからのお楽しみだ!」

 街を抜け、気がつくと木々に囲まれた場所を走っていた。程なくして目的の場所に辿り着く。

 「あれ? ここって……」

 「そう、あの洞窟だ」

 前にセレアと宝の地図みたいなものを見つけて、目の前にある洞窟の中に入ったことがある。実際、金銀財宝らしいものは何もなかったのだが。しかし今回はとても重要な場所だ。

 時間は間に合うだろうか。急いだ方がいいかもしれない。

 俺は洞窟の中に一歩踏み入ろうとする。

 「何の嫌がらせよ!」

 するとセレアの手を引いている右手に多大な負荷が掛けられた。

 「ぐおっ! 体重をかけないでくれ。……重い」

 「お、重いとか言わない! 大体、私があの場所でどんな目にあったか知っているでしょう!?」

 ああ、そういえば暗いところや怖いところが苦手なんだっけか。

 「どちらかというと突き飛ばされた俺の方がひどい目にあったような気がするけど……」

 「それは……ごめんなさい。けど、ここには入らないわ。……二度と」

 セレアの意思は固いようだ。しかし俺も譲れない。

 耳を済ますと、花火の音はここまで聞こえていた。あまり時間に余裕があるとは言い難い。

 「頼むよ、そこを何とか。……そうだ。目を瞑って歩けばいいじゃないか」

 「…………それでどうやって歩くのよ」

 なんとかして洞窟へと入らせたい俺にセレアは恨みがましい目を向ける。

 「こうやって手を握っているわけだし、先導する……よ」

 俺がセレアの手を握っている手を持ち上げて見せると、セレアは顔を真っ赤にした。

 いやそんな反応されるとこっちも困るんですけど……。

 「えっと、そ、それなら、お願いするわね……」

 「あ、ああ、任せとけ」

 二つのぎこちない足取りが洞窟の中へと進む。

 洞窟の中の壁や地面は相変わらず、大理石が土や泥で汚れて数百年経ったかのような有様だ。

 以前も入ったことがあるから分かるが、洞窟自体はそこまで長くはない。十分も経たないうちに出口が見えてくるだろう。

 そう考えていると、薄暗い洞窟の中に光が差す。出口ではない。その光の正体は二本の剣を象った石像だ。どういうわけか、この石像はここを通るたびに光るのだ。しかしずっと光っているわけではなく、数回点滅したかと思うと、何事もなかったかのように石像は静かにそこに佇み、そこを通る俺を見守る。

 セレアと来て以降、何度か足を運んだが、毎回そのような現象が起こる。触れていいのか迷った挙句、意を決して触れてみると何も起こらないときた。剣を抜こうとしても当然抜けない。

 誰が何のために作ったか知らないが謎すぎる作品だ。

 ていうか、俺これのせいでセレアに突き飛ばされたんだよなぁ。

 「……ね、ねぇ、どうして止まっているの? 何かあったの?」

 目を瞑って俺に手を引かれているセレアが不安そうな声を上げる。

 「いや、なんでもない。進むぞ。…………悪いんだけど、もう少し手の力を緩めることは……」

 「無理」

 俺の問い掛けに食いつくような形でセレアは答える。

 「ですよねー」

 現在、俺の右手は文字通りセレアの右手の中にあるのだが、強く握られているせいで俺の手汗がすごいことになっている。幸か不幸か、洞窟への恐怖のお陰でセレアはそのことに気づいていない。

 俺は再び足を動かして、剣の石像の横を通り抜ける。ここは入口と出口の中間辺りの位置なので、出口までもうすぐだ。

 月のうすら明るい光が見え始める。出口だ。

 「セレア、もう少しだぞ」

 「分かったわ」

 洞窟を抜けると、ばっと視界が広がる。この場所からは街を一望でき、祭りも終盤に近づいた街には名残惜しそうな淡い光が揺れていた。

 「もう目を開けても大丈夫だよ」

 セレアはそっと目を開けて、澄んだ双眸を露わにする。

 「ありがとう、カケル。……それで、私たちはここに何をしに来たの?」

 「あー…………」

 俺はセレアから目をそらし、空を見る。そこには満月と星以外は何も存在しない綺麗な夜空があった。

 先程までその夜空には花が咲いていたはずだが、時間切れだったようだ。

 「実は、ここなら花火がよく見えるかなって思って来てみたんだけど、……少し遅かっ――」

 俺の言葉を遮るように光の線が空に登る。

 二人同時に空を見上げると、大きな花火が夜空一面に咲いた。

 予想通り、遮るものが何もないのでベストポジションで花火を観ることができた。

 花火はすぐに散ってしまったが、どちらも何も言わずに花火があった夜空をぼんやりと見上げていた。

 「……ギリギリ間に合ったみたいね」

 セレアが呟くように言う。

 「欲を言えば最初から観たかったなぁ」

 「じゃあ、また来年ね。今度こそシェリーと三人で、……いえ、ミラのんも誘ったりして、みんなと一緒にここで観れるといいわね」

 来年。それまで俺はここにいることができるだろうか。

 絶対神法書によって召喚されて約一カ月半。向こうに帰る手段は今のところ分かっていないが、次の日目が覚めたら、何もかもが元に戻っていることも考えられる。『天寿』までこの世界にいることができるという保証はない。

 しかし、それでも――

 「そうだな。今から来年が楽しみだよ」

 俺はそう答える。

 この世界がある日突然夢のように終わらせないために、自分とこの世界を繋ぎ止めるものを築いていきたい。

 この世界で親密な関係になった人達と別れる日が遙か遠くの日になるように願いながら。

 ここにセレアを連れてくると毎回そう思ってしまう。

 俺がセレアを見ると互いの視線がぶつかり、思わず目を逸らしてしまう。そんな俺の行動にセレアは微笑で返す。

 「そのためにも、貴方はもう少し自分のことを大切にしなさい。また、こんなになるまで戦って……」

 俺はセレアの視線につられて俺の服を見る。服の半分くらいは俺の血や泥で汚れていた。

 なんか最近服の消費が激しい。……出費がかさむ。

 「服は勿体無いけど、俺は『女神の加護者』なんだからそんなに心配しなくても……」

 「心配するよ」

 セレアが俺の言葉を遮って言う。

 「『女神の加護者』とか関係ないよ。傷ついて、辛いのはみんな同じでしょう」

 セレアは俺を正面から見据える。強くて優しい双眸が俺を捉えた。

 「もう花火も終わったことだし、帰りましょう」

 俺が何か言う前にセレアは洞窟の方へと足を向ける。

 俺はそれに倣って洞窟の中に入ろうとする。

 「ねぇ、カケル」

 先程までの花火の賑やかさが嘘のような夜の静寂の中、彼女の呼ぶ声が聞こえてきた。

 「……手ぇ、握ってくれる……?」

 「え?」

 顔を赤らめて、右手を遠慮がちに俺に差し出してくる。

 どういうことだ、これ? 急展開過ぎ……なくもないのか? さっきから割といい感じだったしね!

 戸惑い、思考回路がショートしつつある俺にセレアがさらに言葉を重ねる。

 「……洞窟の中はまだムリなのよ。勝手に一人で洞窟の中入ったら許さないわよ!」

 「…………ですよねー」

 セレアのおかげで思考回路が正常に戻り、そっとセレアの手を握る。

 は、恥ずかしい! ちょっとでも勘違いをしてしまった自分を殴り飛ばしたい! だいたい、日本にいた頃女子に縁のなかった奴が異世界に来てモテ始めるわけ無いだろ!

 頭の中が激しい自虐で埋め尽くされている中、俺はちらりとセレアの顔を見ると、弱みを見せるのが恥ずかしかったのか、まだ頰をほんのりと染めていた。

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