50 その紅月、拘束される
黒マント男のナイフがシェリーの背中を捉える。
その寸前、白く細長いものが何処からともなく飛び出して、シェリーを襲おうとする刃を受け止める。
「なんだこりゅ!?」
男はそう言い終わる前に、その白くて長いものに顔を覆われてしまう。そして両手両足を同様のものであっという間に拘束されて地面に転がる。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
周りからの悲鳴にセレアは驚いて辺りを見る。すると周りの黒マント達も白いものに襲われている最中だった。
地面(屋根)から生えてきたように飛び出しているその白い物体にセレアは目を凝らす。
そこでようやくその物体が布であることが分かった。しかし何処から出てきたのか、何故自分とシェリーは襲われないのかはさっぱりわからない。
「まったく、護衛も付けないで無断訪問するからこんなことになるのですよ。私がどれだけ探し回ったか……」
「げっ……爺や……ゴホッゴホッ!」
いつの間にかシェリーの前に燕尾服を着た初老の男性が立っていた。燕尾服の男はシェリーに近づいて、何かを飲ませる。すると先刻からの咳き込みが嘘のように引いていった。
「……ありがとう、爺や」
「しばらく安静にしていて下さい。さて……」
燕尾服の男はセレアの方を向いて、近づいて来る。
「お初にお目にかかります、セレア・ヴィクトリア・スカーレット女王。私はアスタロス王国女王バイオレット様にお仕えするカール・バートリーと申します」
カールと名乗った初老の男は慇懃に頭を下げる。
「あ、いえ、……どうも」
セレアは慌てて頭を下げる。口調があやしくなったのはカケルのコミュニケーション能力の低さがうつったわけではない。
その男の姿が異様だったのだ。燕尾服の上から覗かせる顔は包帯をばつ印に交差させて、首も包帯で巻かれている。
一言で言うと、激戦後の重傷者みたいな感じだ。
そんな包帯巻きだらけの男が皺一つない燕尾服を身につけているのだ。初見は誰だって思わず凝視しまうだろう。
「嗚呼、ご安心を。この包帯は特別能力であって、怪我の類ではありませんので」
そんなセレアの様子に気づいて、カールがそんな説明を入れてきた。セレアはすみませんと気まずそうに謝罪するが、こういうことには慣れているのかカールは特に不快な様子を見せずに謝罪を受け入れる。そして周囲を一瞥して、ふむと唸りながら手を顎に当てる。
「見たところ、彼らはディアボロスですな」
「そうなんだよ!」
体調が回復したシェリーはいつも通り元気よく会話に加わる。
「ボクを狙ってたみたいだけど、ナニか恨みでもあったのかな?」
「それは聞いてみないと分からないけど……」
セレアはちらっと黒マント、否白い包帯で巻かれた集団を見遣る。
口まで塞がれている者がほとんどで、それ以外は気を失っていてまともに喋ることができる状態ではない。
「そ、れ……はっ!」
三人は介入してきた声の方向を見る。
「パパ、あとすこしだよ! がんばって!」
「いや、なんでカグヤはワンジャンプでこの壁登れたの!?」
そこには銀髪ショートヘアの女の子がいた。
「あれ? カグヤ……ちゃん?」
「赤いおねぇちゃん、また会ったね。ぬすまれたものはみつかった?」
そこにはカケルと一緒に行動していたはずのカグヤがいた。しかし、先刻会った時とは目の色が明らかに違い、今その子の目の色は黄金色に光り輝いて見える。まるで空に浮かぶ満月のようだった。
「アレ? 今カケルの声がしたような気がしたけど……」
シェリーはカケルの姿を探して、辺りを見る。たしかにセレアも彼の声が聞こえた。
「うん。下にいるよ!」
「……うおぉぉぉぉ!」
雄叫びとともに壁を二、三度蹴る音が聞こえてくる。屋上の下から右手が現れてギリギリで屋上の縁を捉える。再び唸るような雄叫びが聞こえたかと思うと、その手の主が下から屋上に這い上がってきた。先程からの探し人、カケルだ。
まさか壁を蹴って登ってきたのだろうか。たしかにここには何の能力もないリグルートが自力で登るには難しい。
しかし幾ら何でも無茶しすぎではないか、とセレアは心配しながらカケルが息を整えるのを見守る。
よく見ると、彼の服には所々血痕が付いており、またセレアの知らないところで戦っていたことが分かる。
そのことに対して、セレアは少しの不満を感じている自分に気づく。しかしその不満を疑問に思う前にカールが口を開き、その思考を頭の隅に追いやる。
「失礼ですがあなた方は……」
カールがカケル達にそう尋ねる。しかしカケルは息が整っていないし、カグヤはきょとんと首を傾げている。
「あっちはカケルといって私の…………」
なんだろう、とセレアの中で小さな疑問が生じる。彼が騎士を辞めたから主人ではないし……。しかし今は雇用主と雇用者ということも言えなくはない。
「おい……なんで、黙る……友達……で、いい、だろ」
息の絶え間絶え間にカケルが文句を紡ぐ。
セレアはカケルを友達と紹介する。
「……そしてそちらの子がカグヤ…………です。」
次にカグヤを紹介しようとしたが名前しか知らないと改めて思い知らされて、それ以上の説明は断念した。
簡単な紹介が終わったタイミングでカケルが息を整え終えたので、セレアは後の説明を任せることにした。
***
「……ふぅ。さて、なんでセレアが俺との関係を話す時に黙ったのかは後々聞くとして、だ。えーと、なんの話だったか?」
お互いに簡単な挨拶を終えて、本題に切り出す。
「この者たちの目的に御座います」
カールさんが示した先にいるのは黒マント姿の集団、つまり『紅月の民』のメンバーだ。
ここに来る前にカグヤから聞いていたので、大体の事情は分かっている。俺はカグヤとの会話を思い出しながら、三人に説明する。
「ああ、それだ。こいつらの目的はシェリーの模擬暗殺だが、本当は違う。真の目的は――」
「スカーレット様、バイオレット様! どちらにおられますか!?」
俺の言葉を遮るように下の方から何人かの叫び声が聞こえてくる。騎士たちが捜索にきたのだろう。
「とりあえず降りましょうか。心配かけても悪いしね」
「そうだねー。ていうか黒マントの人たち能力解いたんだね」
「嗚呼、それは私の包帯の効果で御座います。現在使用している効果は魔力遮断効果があるので、魔力が元となる能力を封じることができるのです」
セレアの発言にシェリーが賛同して、その後をカールが従う。
まあ確かにここで話すよりも一度安全な場所に戻った方がいい。それは俺も同意見だ。
しかし、だ。しかしである。
「パパも戻ろうよ」
カグヤが俺の手を引く。先に飛び降りた三人は、シェリーが羽を生やしてセレアを抱きながら羽の空気抵抗を利用してゆっくり飛び降りた。カールさんは自分の能力と言っていた包帯を壁に刺して階段を作って降りた。
カグヤも先刻同様、その身の軽さで楽々飛び降りるだろう。
では俺は? なんの能力もない俺に一体どうしろというんだ。
「……苦労して登ったのになぁ」
思わずそんな愚痴をこぼしながら、滞在時間三分という短い時間で屋上を後にした。
そのまま城の庭園に『紅月の民』を連行した。そこで今回の事件の顛末を話した。
「……大体こんな感じかな」
確認のためにカグヤの方を見ると、カグヤもこくっと首を縦に振る。
「へー、そんなことがあったんだ」
暗殺対象であったシェリーは楽しそうな体験談を聞くかのように呟く。擬似とはいえ暗殺されそうになったのだからもう少し緊張感を持ってもいいと思う。
「けっ、意外と普通に報告したな。おもしろくない。もう少し自分の事とか美化したらどうなんだ」
横から茶々を入れるのは、両腕をカールさんの包帯で縛られたハティだ。隣には同じく縛られているミムロドもいる。彼らは庭園に行く時に会って、抵抗せずにここまできてくれた。ミムロドはともかくハティはもっと暴れると思っていたのだが。
「私が聞いた話も大体そんな感じだったわ」
『紅月の民』の残党を連れてきたハリサキがそう言う。
彼女にはカグヤを一緒に探してもらっていたので、タブレットで城の庭園に来るように頼んだのだが、まさか残党を引き連れて来るとは思いもしなかった。何でそうなったかは分からないが、裏で残党と一緒に俺たちの手助けをしてくれたらしい。
「それで、彼らの処分はどうしましょう?」
城で待機していて事の顛末を聞いたライザーが二人の王女に問いかける。その隣には城で騎士たちに巡回の指示を出していたローグさんもいる。
事件を起こしたのはディアボロス側だが、事件を起こした場所はリグルートが所有するアルバーレ大陸である。しかし暗殺の対象になったのはディアボロスの代表シェリーだ。複雑な事情が『紅月の民』を引き取り手を不明瞭にさせる。
「パパ、みんな捕まっちゃうの?」
特別能力を解いて薄緑色の目に戻ったカグヤが心配そうに小声で尋ねる。俺のことを『パパ』呼ばわりするのでカールさんが俺の子供と間違えているらしく、一人だけ『紅月の民』だがお縄(包帯)にかかっていない。
「え、うーん…………」
間違いなく捕まる。カールさんによると『紅月の民』は非合法組織なのでそもそも存在してはいけないものだ。
「『紅月の民』はいい人たちなんだよ! おもしろくて、貧しい人や町を救ったりしているんだよ!」
カグヤは必死に俺の服を引っ張りながら彼らの弁解をする。
「…………分かった。少し待ってて」
カグヤに服を離してもらって、二人の王女に近寄る。
「二人とも少し俺に考えがあるんだけど」
「ん? ナニかな?」
「考え?」
「ああ。こいつらの処分のことなんだが――」
俺の考えを聞いた二人の反応は呆れ笑いと爆笑だった。
「ボクはもちろん構わないよ。おもしろそうだしね!」
「はぁ。まったく仕方ないわね」
「すまない。よろしくな」
「任せて! おーい、みんな!」
シェリーがみんなの注意を引きつける。そして一呼吸入れた後、告げる。
「この人たちボクたちが雇うことにしたから!」
その場の全員が固まった。




