49 その女王達、危機迫る
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廃墟の中を静寂が支配していた。自分の息遣いだけが聞こえている。
そして、その静寂から銀髪の幼女の声が聞こえてきた。
「パパ大丈夫?」
こちらに近づき、上目遣いでそう尋ねてくる。
「大丈夫だ。カグヤのおかげで助かった。ありがとう」
「……かぐやの?」
カグヤがきょとんとして、こちらに確認するように尋ねる。
「ああ、そうだ。すごい能力だな」
俺が銀色の髪を優しく撫でると、嬉しそうに目を細める。
「…………おい」
倒れたままのハティが口を開く。
「……まだ喋れたのか」
俺は驚き半分警戒半分に尋ねる。
「いやお前のその奇妙な剣のせいで話すのがやっとだよ」
ハティは苦笑しながらそう告げる。
「それより、早く王女を助けに行かなくていいのか?」
ハティは口元を弱々しく吊り上げる。
しまった!
すっかり忘れていた。セレア達も襲撃されているのだ。早く助けに行かなければいけない。
俺は慌てて建物を抜ける。
「……ってどこにいるんだ?」
「こっちだよ!」
カグヤが目的地がわからない俺の手を引いて駆け出す。
「場所が分かるのか?」
「うん。ここの近くにタマシイの数がおおいところがあるから、たぶんそこ!」
おそらくこの子の特別能力だろう。居場所が分かるのはありがたい。
「よし、案内してくれ!」
俺とカグヤは急いでその場所に向かった。
***
「……おいいつまで寝ているつもりだ。そろそろ芝居は終わりでいいんじゃないか?」
拘束された状態のミムロドは仰向けに倒れているハティに話しかける。
「うるせぇな、念のためだよ。ここでバレたら洒落にならねぇだろ」
ハティはむくりと起き上がり、特別能力を解除する。次第に灰色の毛は無くなって人肌を見せ、爪や牙も丸くなり元の形に戻る。
「後はあの子達が間に合うかどうかだな」
突如、ミムロドの周りに白い霧が発生する。そしてミムロドの身体が縦に真っ二つに分かれ、その中から本物のミムロドが縄から脱出するように飛び出す。
ミムロドの特別能力『ブロッケン』は周囲に白い霧を発生させてその霧の中に自分の分身を出現させる能力である。分身は魔力に応じて増減するが、今してみせたように自分を覆うような薄い霧を発生させて、着ぐるみのように分身の中に入ることもできる。
「間に合わなければそれまでだ。あいつに頭目の資格なしってことだ」
ハティはふんと鼻を鳴らす。
「いいのか? せっかく頭目と認めてわざと黒星をつけたのにそれが無駄になるぞ?」
「時間的にあそこで決めねぇとあいつらが助けに行く時間が無くなるからな。及第点を与えてやっただけだ。もし間に合わなければ頭目の資格はねぇよ」
ハティはガシガシとタテガミのような頭をかく。ミムロドは肩をすくめてハティの言い分についての言及を控える。
言及の代わりにミムロドは独り言のように告げる。
「オキナさんはどこまで予想していたのだろうか」
それは女神の加護者であるオキナが『天寿』する一週間前のことだ。ハティとミムロドはオキナに呼び出されて唐突に任務を言い渡された。
『カグヤを次期頭目にして、反対勢力にそのことを認めさせろ』
ミムロドはそれを聞いて耳を疑った。
なぜならカグヤは当時『紅月の民』ではなかったからだ。ただ頭目であるオキナの養子のような存在として認識されていた。
「俺はイヤですよ。あんたの頼みとはいえ、あんなガキに組織を任せられない」
それを聞いたオキナは力なく口を開く。
儂の人生は空っぽだった、と語り始めた。
何もなく、家族も友達も何もなかった、と。ハティとミムロドは黙ってオキナの話を聞く。
しかし絶対神法書に召喚されて、この世界に来て一変した。やっと家族と呼べる場所ができた。結果的に非合法組織という形になってしまったが、弱き者を救う義賊集団としての地位を確立した。
カグヤはそんな時出会った。
そこからはミムロドやハティも知っている。突然、オキナが見ず知らずの赤子を育てると言った時には一同騒然となったものだ。
「カグヤは家族を求めている。儂が求めていた以上にな。『紅月の民』がそれになるも良し、他の場所にあの子自身が求めるも良し。大事なのはきっかけだ。あの子はまだ自分の求めているものが分かっていない。だが、儂の時間は残り僅かだ。だから、お前達に頼んだのだ」
「しかし、認めさせると言われても……」
ミムロドの困惑したような質問にオキナは顎に手を当てて考え込む。
「……たとえば、王女模擬暗殺とかな。まあそこはなんでもいい。お前らに任せる。……どうだ、頼まれてくれんか?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべて頭目は笑う。
「まあ、いいですよ。だけど、頭目に足る資格がないと分かった時点でこの依頼は無かったことにさせてもらいます」
「ああ、それでもいい。ありがとな」
ハティは踵を返して立ち去る。ミムロドも一礼してオキナの下を去っていった。
「なんだ、またオキナさんのシナリオ通りか?」
ミムロドはハティの言葉にハッと我に返る。
「どうだろうな。流石にここまでは予想していなかったんじゃないか」
ミムロドは先代頭目の顔を思い浮かべながら話す。いや、実際のところ割合的には五分五分なのだが。
「さて、私たちも行こうか」
「へーい。ったく金にならない仕事だったなぁ。ていうか、あいつら間に合うのか?」
カケルに倒された二人の仲間を、それぞれ一人ずつ肩に背負いながらのハティの問いかけにミムロドは思わず目を見開く。
「なんだ、結局は心配なのか?」
「ちげーよ。もし間に合わなかったら俺の苦労が無駄になるだろうが」
ハティは吐き捨てるように言う。
確かにカグヤの継承に反対する者方が賛成する者よりも多かった。ハティが反対派だから自分たちも、という輩を除いても純粋な反対派は少なくない。
しかし彼らが悪いというわけではない。
根はみんな――義賊活動をしている時点で純粋に良いとは言い難いが――悪くはない。このゲームの勝敗によってはカグヤを頭目として認めることだろう。
「そこはオキナさんを信じるしかないな」
「ならカグヤが勝つだろ」
ハティは苦い笑みを浮かべて即答する。
「なんせあの人が言ったことが現実にならなかった試しがねぇからな」
満月が全てを見透かすように地上を照らしていた。
***
金属同士が激しくぶつかる音がいくつも重なり、協奏曲をつくる。
セレアは三人目の相手を斬り伏せて――実際はライトソードの能力で相手は動けないだけだが――周りを見る。敵の数は十人以上残っている。息が切れ、ライトソードも鉛のように重い。
シェリーの方を見ると、口で息をしながら五人目の相手と鍔迫り合いになっている。
「ん〜、ヨイショ!」
シェリーは掛け声と同時に敵を払いのける。まだまだ元気そうなシェリーを見てセレアは安堵の息をこぼす。
「……っ!」
セレアは振り下ろされたナイフをライトソードで止める。敵がいつのまにか近くまで来ていたみたいだ。
気を抜いている場合ではない。
相手がナイフを自分の体に寄せてからバッと腕を伸ばして突きを放つ。
セレアはそれを半身で避けて、相手の胴にライトソードを叩き込む。相手は低い呻き声を上げてその場に倒れた。
それでも敵の数は終わりが見えない。
心なしかライトソードも時間が過ぎる度に重くなっている。
セレアは思わず顔をしかめる。
そんな思考を妨げるように金属質のものが地面に落ちる音が聞こえてくる。
「ゔっ……ゴホッ……ゴホッゴホッ……えほっ」
続いて、激しく咳き込む声が聞こえてきた。
セレアははっとして振り返る。
視界にはシェリーが片膝をついて、激しく咳き込んでいる姿が映った。彼女の顔はより一層白く青ざめている。シェリーの近くには彼女が自身の血で創った剣が放り出されたように転がっていた。
「もらったぜ!」
その背後を黒マントの男が襲おうとする。
「シェリー!」
慌てて駆け寄るが、相手のナイフがシェリーの背中に届く方が早いことは火を見るより明らかだった。
「やめてぇぇぇ!」
セレアの悲鳴に似た叫びを断ち切るように、ナイフは振り下ろされた。




