48 その眼鏡少女、活躍
***
「ハティ、入り口にこんな奴がいたぜ」
俺は投げ捨てられるように放られて地面で腹を打ち、ぐうぅと情けない声が出る。
「あぁ? 誰だそいつ」
痛みを堪えて目線を上に上げると、タテガミのような髪をした男がこちらを見下ろしていた。目線を下げて右を見ると後ろで両手を縛られているミムロドがいた。
そして今度は目線を左に動かす。
「パパ!」
そこにはショートカットの銀髪少女、カグヤ・オキナがいた。
「ぱぱぁ? ってああ思い出した。確かカグヤ側の作戦に巻き込まれたガキだな」
「さく……せん?」
俺はおうむ返しに尋ねる。するとハティと呼ばれた男は鼻で笑って答えた。
「お前はこいつらに利用されただけだ。少しでも俺たちとの勝負が有利になるようにな」
「勝負……?」
「簡単に言えばバイオレット王女の模擬暗殺だ。だが、それももうすぐ終わる。今俺らの仲間が王女に奇襲をかけている。最早時間の問題だ。勝つのは、オキナさんの後を継ぐのは俺たちだ!」
その時、俺の視界の隅には、目を大きく見開いて何かに耐えるように顔を歪ませる幼女の姿があった。その数秒後、彼女の大きな目を覆っていた涙の膜が崩壊して一滴の涙がこぼれる。
「…………まあ後半はよく分からなかったけど、事情は読み込めたよ」
「お前が理解しようがしまいがどっちでもいいけどよ」
ハティは興味なさげに俺の言葉を聞き流し、右耳を掻く。そしてふとその手が止まる。
「……そういやぁ、お前こいつらが利用したってことは騎士か王女の護衛だよな。だったら武器を――」
俺はその先を言われる前に動き出す。
タブレットを挿れておいたライトソードを起動して、俺の左右に立っていた男二人を肉薄する。
「くっ……!?」
「なっ……!?」
男達は呻き声を上げて倒れ込む。
右手を動かした時に銀製品が入った手提げ袋の存在を思い出す。
外しておけばよかったな、これ。
「チッ……!」
「動くな」
ハティが動き出す前に俺はバーチャルバレットを取り出して、彼に向ける。銃口に睨まれたハティはその場から動けない。
「俺はカグヤ側につく、アイジマカケルだ。以後よろしくな」
カグヤがこちらを見ているのが視界の隅に映る。その表情までは見えなかったので、どんな心境かは測りかねる。
そして俺は引き金を引いた。
――――が何も起こらない。
…………あれ?
もう一度引き金を引くが、カチッと軽い音を立てるだけで、それ以降の動作はない。
なんで銃弾が出ないんだ?
ハティも予想外だったらしく先程とは別の意味で固まっていた。カグヤとミムロドもこちらを不思議そうに見ている。
「…………あ」
そして俺はその原因に思い至る。
バーチャルバレットはライトソード同様起動させるにはタブレットを必要とする。
俺はバーチャルバレットを使い始めて以来、タブレットを二つ所有することにした。
一つは今ライトソードに入っているものだ。
そして二つ目は――先程殴られた衝撃で手から離したため、建物の入り口付近だ。
「…………あー」
………………やってしまった。
「ハッタリか。くだらねぇ」
銃弾が飛んでこないと分かったハティは疾走する。彼の右拳が俺の眼前に迫る。
瞬間、俺は鼻を中心に鈍い痛みが広がって後方に吹き飛ばされた。
約一メートル転がり、うつ伏せの状態で止まる。
鼻の奥が熱くなり、それが尾を引く。しかしそれもすぐに治り、痛みも熱もなくなる。『女神の加護者』が絶対神法書に与えられた超回復だ。
俺は起き上がり、前を見る。
「……なんだ、その姿は」
そして驚愕する。
ハティは先程の人の姿ではなく、獣のような姿をしていた。全身は一回り大きくなって毛深い灰色の体毛で覆われ、爪や歯は万物を引き裂くような鉤爪と牙へと変わっている。
「なんだお前。特別能力を見るのは初めてか」
月明かりに照らされている灰色の毛を持つ獣は四つん這いの姿勢をとる。
「じゃあ、しっかりと目に焼き付けておくんだな。お前らリグルートが得ることが出来なかった、選ばれし種族の力を」
ハティが勢いよく地面を蹴り、こちらとの距離を肉薄する。
ハティの右拳が腹部を突く。俺は両腕をクロスさせて守りの体勢に入ろうとするが、間に合わない。直後、身体がくの字に曲がり、入り口の手前まで吹き飛ばされる。
「ぐぇ……!」
口の中で血と胃液が混ざった味を感じて、思わず咳き込みながら外に吐いてしまう。
「ぐあぁぁぁぁ!」
突然、ハティが俺以上に苦しみだした。
彼の右手から蒸気のような煙が発生している。
そして俺の右手の手提げ袋も僅かだが蒸気を発している。否、手提げ袋は先程の衝撃に耐えきれずに大きな穴が空いていて、その穴からこぼれ落ちるものが僅かに蒸気を発していた。
その中身は――
「……なる、ほど。……狼男だから、銀が弱点なんだな」
俺は痛みを感じる体を折り曲げて、足元に落ちているくの字に曲がった銀製スプーンを拾い上げる。銀製の商品は俺の吹き飛ばされた跡を辿るように点々と落ちている。どれもひしゃげており、大小の差はあるが白い蒸気のような煙を発生させている。
手提げ袋の中身はもはや残り僅かだ。俺は袋を地面に置く。
そして近くに落ちている銀製の懐中時計を拾う。他にも何個か銀製の商品をズボンのポケットに入れる。
ライトソードを構えて、駆け出す。銀製の商品が擦れ合って嫌な音を立てたり、速度が落ちたりするがハティはこれで迂闊に攻撃ができなくなってしまった。攻撃しようものなら弱点の銀に触れてしまう可能性があるからだ。
「チッ……グルルゥゥラァァ!」
ハティは獣のような雄叫びをあげて鉤爪を使った突きを繰り出す。
直後、ライトソードと獣の爪が激しくぶつかり合う。
相手はライトソードは初見ゆえに、この剣の効力である、触れると一定時間動けなくなる、という効果は知らないはずだ。つまりハティはこの瞬間、膝をつくことになる。
しかしその予想は大きく外れてしまった。
「甘ェんだよ!」
「ぐあっ!?」
ハティは力づくで俺を押しやり、一瞬の拮抗を崩す。そしてよろけた俺は鳩尾に蹴りを繰り出され、吹き飛ばされる。
地面を転がったことによる摩擦で体にいくつもの擦り傷ができるが、回転が止まった時にはすでに傷はない。吹き飛ばされた先で、どうにか上半身を起こすと、痛みに耐えるかのような悲鳴が聞こえてくる。
「うっ、ガァァァァァァ……!」
そこには足を抱えてうずくまっているハティの姿があった。恐らく先程の衝撃で銀の商品が飛び出してハティの足に触れたのだろう。よく見ると、ハティの腕に火傷のような痕が残っていた。
いやそれよりも……。
「何で、……お前は、動けるんだ?」
息も絶え絶えな状態から少しばかり回復したらしいハティは訝しげな顔をする。
「あぁ? ……その剣なんか細工でもしてたのか? 悪ィが、満月がある限り俺にそんなものは効かないぜ」
ハティはゆらりと立ち上がり、こちら向かってくる。その速度は徐々に増して、こちらとの距離を詰める。
こちらも立ち上がろうとするが、うまく立てない。『女神の加護者』はずば抜けた回復速度があるだけであって、体力や魔力が回復する訳ではない。だから痛みによる疲労は少しずつ蓄積されている。
つまりスタミナ切れだ。
「『ブロッケン』!」
「チッ、ミムロドォ……!」
突如、俺とハティの間に霧が現れた。その霧向こう側から走行からの急停止した足音と、ハティの煩わしそうな声が聞こえてくる。
俺はその隙に自分の両足を気力で立たせてその場から離れる。
直後、後頭部を何かが掠める。
見ると、灰色の獣毛に覆われた腕だ。その先端にある手は固く握り締められて拳を作っている。
「……外したか」
霧の中にいるハティはそう呟き、すぐさま拳を引っ込める。
そして不穏な言葉が聞こえてきた。
「まぁいい。……数打てば当たるし、なァ!」
俺は殆ど反射的に横に飛んで回避した。足が言うことを聞かなかったので横に転がり込んだ、といったほうが正しいかもしれない。とにかく、横に今できる全力で避けた。
直後、俺のいた場所を含めたその周りに拳の雨が降り注ぐ。地面が砕ける音が聞こえるが、俺はそれすらも半ば自動的に無視して一心に距離を取り、霧の中を抜ける。
「……うおっ!? ……邪魔だァァ!」
ハティが霧の中でそう叫んだかと思うと、激しい交戦の音が聞こえてくる。霧の中に俺に似た人影が見えた気がした。これもミムロドの能力だろうか。
「私の特別能力で君の分身を作ったんだよ」
近くにいたミムロドが俺の思考を読んだかのようにそう説明してくる。そして、無我夢中で出た霧の外はミムロドの近くだったことに遅れながらに気づく。
そしてミムロドのその隣には――
目をほんのりと赤くした小さな女の子がいた。
「みんな……なかよく、しようよ。かぐや、とうもくに、ならなくても、いいからぁ……」
カグヤは俺とミムロドに弱々しく訴えてきた。
「残念だが、それはできないんだ。これは、君を頭目にすることがオキナさんの最期の願いだったからね」
ミムロドが諭すように優しく言葉をかけるが、カグヤは納得していないらしくさらに言葉を募る。
「みんな、なかよく、も……じぃじがいってたよ」
涙をいっぱいに溜めた目で見られて、ミムロドが困ったように身動ぎする。
俺の背後には未だに俺の影武者と戦闘中のハティがいる。しかしミムロドが使っている『ブロッケン』も特別能力だ。ミムロドの魔力が尽きれば、またはハティが霧を攻略したら、また戦わないといけない。
「みんななかよく、そうなる為に今戦っているんじゃないかな」
俺は努めて優しい口調で、そして頭の中で考えていることをどうにか言葉にしてカグヤに語りかける。
「……なかよく、なるために?」
「そうだ。……なかよくしたいと思っていてもどこかで食い違い、すれ違いが起きる」
セレアと始めて出会った九日間。お互いの素性を一切公開しなかったせいで、セレアは危険な行為を選んでしまった。あの時、俺が彼女にもっと寄り添っていれば、もっと安全な方法もあったのではないだろうか。
「仲が良いことには、ケンカも含まれていると思うんだ。だって、相手のことがどうでもよかったら、ケンカする程の気持ちも起きないだろう? もちろんその後仲直りはした方がいいけどさ。……ええと、つまりオキナって奴が言っていたなかよくっていうのは、ケンカの過程やその後の仲直りで深まる絆みたいなものも含めたことだと、俺は思う。……半分は俺の体験からの俺の意見だけどな」
どうにか俺の考えを口にすることができて内心ホッとしつつ、カグヤを見る。カグヤはじっと俺を見つめていた。
「まあ、俺はカグヤの味方だ。俺がいればもう大丈夫だ! 全ては万事解決だ!」
俺は気恥ずかしさを感じて、右手の親指を上に立てて勝利宣言をしてしまう。
本当、テンパるとロクな発言をしないな、俺。
「うん、……分かった」
腕で目に溢れている涙を拭ってカグヤが独り言のように応える。
「パパも手伝ってくれるの?」
「お、おう。もちろんだ!」
カグヤは嬉しそうに頷き、再度口を開く。
「じゃあ、吸わせて!」
「何を!?」
予想外の展開に思わず構えてしまう。しかしカグヤはそんな俺の様子には特に気にした風もなく続ける。
「かぐや、『りこいる』のせいで人の生気しか食べられないの。何回も『すきる』使ったからおなか空いちゃった……」
カグヤが腹に手を当てて、哀しそうに言う。
「それくらいならお安い御用だ」
俺はカグヤの身長に合わせるように屈んで、右腕を差し出す。カグヤは嬉しそうな笑みをこぼす。
「ありがとう、パパ! じゃあ……」
カグヤは俺の右腕に顔を近づける――ことはなく、何故か俺の首に両腕を回してきた。
「あ、あれ? ……カグヤ?」
俺の制止を含んだ呼びかけにカグヤはお行儀良く応える。
「いただきまーす!」
はむっ、という効果音が聞こえてきそうな甘噛みでカグヤは俺の首に噛み付いてきた。柔らかい唇が俺の首筋を捉える。強すぎず弱すぎない、心地良い吸引力を直接皮膚で捉えて、ひゃっと変な声を出してしまう。
「……ぷはっ。ごちそうさま! あれ? パパどうしたの? 顔が赤いよ?」
「だ、大丈夫です……」
頭がくらくらするのは生気を吸われたせいだけではないだろう。俺は頭を振り、戦闘に必要ない何かを払い落とす。
「……じゃあいきますか、オオカミ退治!」
「タイジしちゃダメ! 仲直りするの!」
「いや今のは言葉の綾と言うかなんというか……」
「二人ともそろそろ限界だ。能力を解くよ」
ミムロドがタイミングよくそう告げる。同時に、ハティを包んでいた白い霧が消え始めて、その中から灰色の獣毛を持つ狼が現れる。
「……覚悟はできたみたいだな」
ハティの低い声が廃墟内に響き渡る。その声はまるで獣が唸るような声だった。
俺は剣を前に構える。カグヤは右の方へ疾走して俺とハティから距離を取る。
数秒間の静寂を破ってハティが地面を蹴り、こちらとの距離を肉薄してくる。
俺はタイミングを見計らって、ライトソードを縦に振り下ろす。
直後、交差されたハティの鉤爪とライトソードがぶつかり合い、バチィィ! と盛大な音が鳴り響く。
しかしその鍔迫り合いは徐々にハティが押していき、俺は一歩、二歩と後退し始める。
少し間休めたとはいえ、まだ完全に体力が回復したわけではないので、吹き飛ばされないだけでも俺にとっては十分な働きだ。しかし、このまま押され続けていても勝機はない。
「単純な力比べで勝てるわけねぇだろ」
「くっ……う、ウオォォォォォォ!」
後退り三歩目で足に、腰に、腕に、力を入れて押し返すが、ハティはその努力を嘲笑うかのようにさらに力を込める。
一人じゃ間違いなく負ける。カグヤはまだなのか。
期待と願望が混じった目だけを動かしながらカグヤを探すが、どこにもいない。ハティの背中、つまり俺から見て真正面にある入り口の向こうで計画中止になった沢山の建物が寂しく佇んでいた。
しかし、それらの建物の一つの屋上に動く影が見えた気がした。
「ほらよそ見すんなァ!」
「ぐっ……!」
一瞬の油断とも言えないような注意散漫をハティは目敏く見つけて、鍔迫り合いを解くようにライトソードを左に払う。そして左手の鉤爪を突きのように繰り出して襲いかかる。
俺は眼前に迫った左爪の突きを反射的に右に首だけを動かして避ける。直後、左から襲いかかる鉤爪を俺はライトソード縦にして防ぐ。左爪の突きが俺の右頬を掠めて、右頬が小さな熱を持つ。
俺は力任せに右手の刃のような五本の爪を振り払い、距離をとる。ハティは右手首を軽く振ってみせる。
「さっきのお返しをまだしたいところだが、そろそろ終いに……」
瞬間、一つの建物から小さな光が瞬いた。
直後、建物内は強い光に照らされた。
各々呻き声を上げて、謎の光から守る為に自分の両目を手や腕で隠す。
謎の光は数秒間建物内を照らした後、消え失せた。残った光は先程からの月明かりだけだ。
「くそっ、何だってんだ……」
ハティは上に取り付けられている割れた窓を見上げる。
「どうなってやが……」
直後、ハティがガクッと両膝を折り、地面につける。
事態を飲み込めずにいるハティは自分の足を不思議そうに見る。
しかし、俺はその原因を知っている。
謎の光が終わった刹那、一瞬の隙をついて銀色の彗星がハティの首を音もなくナイフの腹で打つところをはっきりと視認した。
銀色の髪をもつ幼女、カグヤだ。
涙で濡れていた瞳が見えた。今は涙はなく、ただ力強い意思を含んだ目をしていた。
「パパ今だよ!」
俺はその言葉を合図に駆け出す。
「うおぉぉぉぉ!」
「ぐあぁぁぁ…………!」
俺はライトソードを思いっきりハティにぶつける。
俺が二、三歩下がった直後、ハティは今度こそ重い音を出して前のめりに倒れた。
***
「…………ふう……。これでなんとかなるかもしれないわ」
「流石です、姐さん」
「その呼び方はやめて」
ハリサキはぴしゃりと黒マントのお調子者の言葉を切り捨てる。
「あと、これ返してきなさい。今回は見逃すけど、次したら捕まえるから」
ハリサキはそのお調子者に白銀のスナイパーライフル――バーチャルバレットを渡す。
その男は元気よく返事をして、その場から退場する。
「それと貴方達には今回の説明をしてもらうわよ」
「もちろん、そのつもりです」
残った黒マントの集団の一人がこくりと頷き、ゆっくりと話し始めた。
時は約三十分前に遡る。
「……何なのかしら」
ハリサキはタブレットを耳に当てて、不機嫌そうに呟く。
先程、一時間前に知り合ったばかりの女の子を探している最中にタブレットが鳴った。相手は同じ子を探しているカケルだ。
女の子の居場所が分かったのかと思い、電話に出るが、タブレットからはそれ自身を地面に落としたような乾いた音がしただけだった。それ以降向こうの音は何も聞こえない。何かあったことには間違いないが、事が起きた場所も何も分からない。
結局、カケルの連絡の内容は謎のままタブレットを仕舞おうとする。
『――オキナさんの後を継ぐのは俺たちだ!』
聞き慣れない声がタブレット越しで伝わる。
ハリサキは耳を澄ましてタブレットからの音を待つ。聞こえてきたのは微かな音だった。戦闘の最中なのだろうか。微かな音の中にライトソードの音も混じっていた気がする。
ハリサキはこれ以上は情報がないと判断して、タブレットを仕舞う。
これからどうするかを考えていると、赤いフードを被った少女がエスバルの街を疾走していた。その数歩後ろを紫のフードを被った少女が追う。
「……セレアと……誰かしら?」
何しているのだろうか、とハリサキは首をかしげるが、すぐに異変に気付く。
ハリサキは建物の屋上に一瞬だけ人影が見えたような気がした。目を凝らしてもう一度見ると、やはり数人いるのが確認できた。どうやらセレア達の後をつけているらしい。彼女達の行った方向に、走って移動していた。
今すぐ狙撃して警備の騎士に引き渡したいが、今日は勤務外の為バーチャルバレットを持っていない。
カケルと違って異動なので今まで使っていたバーチャルバレットは異動先にも持ち込み可能だ。だから今バーチャルバレットは荷造りした荷物と一緒に寮に置いている。
三秒間思考した末、ハリサキは黒い人影の後を追うことにした。
たどり着いた先はダストリーだった。予想通り、怪しげな集団はセレア達を付け回しているらしい。
集団は全身黒マントで身体を隠している。
(犯罪者組織? でもあのマント……あの子のものと)
「おい、あんた何してんだ?」
物陰に隠れて様子を伺っていたハリサキは後ろからの呼びかけに、すぐさま振り返る。
その人物ももちろん黒マント姿だ。
相手は未知数。こちらは丸腰。不安要素はこれだけでも十分すぎる。
「…………カグヤという女の子を探しているの」
「カグヤを? 理由は?」
やっぱりあの子と何らかの関係はあるのね、と思いつつ話を続ける。
「迷子探しよ。あの子急にいなくなったから。一緒に探していた友人も連絡がつかなくて困っていたら、そこの集団を見つけたから話を聞いてみようと思ったのよ」
ちらっと集団を見て、視線で示す。
「なるほどつまりハティ派の奴ではないのか」
「はてぃ?」
「なんでもない――なあ、あんた銃とか撃てたりするか?」
「ええ、人並み以上には」
ハリサキが警戒しながら答えると、黒マントは白い歯を見せて笑う。
「ならちょっと頼みたいことがあるんだ。これでだな――」
そう言って黒マントが右手に持っているものを見せる。
ハリサキは一番に頭に浮かんだ疑問をぶつける。
「…………なんでバーチャルバレットを貴方が持っているのかしら」
「なんでってそりゃあ騎士からくすねたに決まって……」
瞬間、黒マントの男が三センチほど宙に浮いた。ハリサキが足で男の足元を払ったのだ。男は前に倒れ込んで地面に叩きつけられる。
ハリサキはバーチャルバレットを奪い取る。そして背中側に回り込んで相手の両腕を捻りあげた。
騎士である者ならば、体術は学生の頃から学んでいるため皆それなりに心得がある。
一ヶ月と持たずに辞めてしまった彼以外に限るが。
「さて、お縄につく覚悟はいいかしら」
「いでででで! ちょ、ちょっと待って! 割と! 割と大事なことだから! ちょっと拝借しただけだからぁぁぁ!」
その男の叫び声は黒マントの集団にも届いていた。
その後、黒マント集団が叫び声を聞いてハリサキ達の下へ駆けつけ、大まかな事情説明が入った。その間、男は腕を捻りあげられたままだった、が。
ハリサキの予想通りセレア達を訳あって尾行していたようだ。しかし相手の特別能力で尾行できなくなってしまい途方に暮れていたらしい。
現在分かっていることはハティと黒髪の少年が交戦中ということだけだそうだ。
そして、ハリサキもひとまずそちらから援助することになった。
説明後、今いる場所はとある屋上だ。そこからはハティが根城に決めた建物が見える。
「姐さん、ここから狙撃するつもりなんスか?」
「その呼び方やめてくれる?」
ハリサキは真顔で、両腕をさすっている男を眼鏡越しに睨みつける。
「それと、こんなところからでは角度的に無理よ。それに夜だからどちらにせよ敵に命中させるのは暗視スコープがない限り難しいわね」
ハリサキはバーチャルバレットを起動させて、目標の建物をスコープ越しに見据える。自分が使っているのとは違うタイプだが、問題はないだろう。
奥の手を使うかどうか迷ったが、今からやることはそこそこ視界不良でもなんとかなるため使わないことにした。奥の手は最後に使うから奥の手なのである。
さらに使うと自分自身が疲弊するため、ハリサキとしてはあまり使いたくはない。この間の、元同僚現在行方不明のシモンとの戦いの時だって使っていない程だ。
ごめんなさい、少しの間貸してもらうわね。
ハリサキは顔知らぬバーチャルバレットの主人に心の中で謝り、引き金を引いた。
発砲音と同時に銃口から光が瞬く。それを合図に銃口より飛び出した弾丸は寸分違わず目標に接近する。そして建物に取り付けられている窓の近くで発光した。
黒マント集団の話によると、ハティという人は満月の光を浴びるとその分だけ強くなるらしい。
それならより強い光で遮ってしまえばいい。そうすれば、一時的にハティはソウルビーストと変わらない獣人だ。いやソウルビーストの能力がない分それ以下になる。
特殊効果弾、閃光弾。
しかし、まさかその一発が勝負の命運を分けたものだとはハリサキは知る由もない。




