47 その能力、解放
相手に悟られないように尾行してから十分は経過した。
たどり着いた場所はエスバルから少し離れたところに位置する廃工場のようなところだった。
アルバーレ王国は俺と同じ『女神の加護者』の池田明裕が召喚されてから、飛躍的な発展を遂げた。タブレットなどの魔導道具がその一例である。
しかし中には計画途中で何らかのトラブルが発生し、頓挫したものもある。この建物はその残骸なのだろう。
外観はコンクリート造りの凸状の建物だった。真ん中の飛び出している部分には、上が丸みを帯びている四角形のでかい窓が取り付けられているが、殆ど割れた状態だ。それが一層廃墟らしい寂寥さを強調させる。
俺は扉が外されている入り口の近くまで行って、耳を澄ます。
『さあ降参するか?』
最初に聞き覚えのない挑発的な声が最初に聞こえてきた。声の低さから察するに男だろう。
『…………いやだ! かぐや達はまだ負けてない』
子供独特の高い声が聞こえる。会って数時間だが、すっかり馴染みのあるカグヤの声だ。
どうやら俺の読みは正しかったようだ。
自分の観察眼に内心感謝し終えて、彼女らの話の内容について考える。
一体何に負けていないのだろうか。カグヤも今ここに連れてこられたばかりだから会話はまだ序盤の筈だ。俺が話の途中を聞いたから理解できないというわけではないと思う。
勝ち負けの話だから何かで争っていることは想像できるが、どのような勝負をしているのかまでは分からない。
興味深い会話に聞き入ってしまう前に、ハリサキに連絡しておこうと思い、タブレットを起動して彼女に連絡をとる。
「っ……!」
突如、後頭部を鈍い痛みが襲った。その衝撃でタブレットが手から離れて地面に落ちる。俺はその衝撃の勢いで何の抵抗もできないまま前方に倒れ込む。
痛む後頭部を堪えながら後方を見ると、黒マント姿の男が二人いた。一人は棍棒らしき物を持っている。恐らくそれで打たれたのだろう。
やばい、油断した! 見張りがいたのか。
痛む頭の中に後悔の念が渦を巻く。
俺はそいつらの一人に髪をつかまれ、引きずられる形で建物の中に入った。
***
セレアは息を切らしながら行き交う人の間を縫うように走る。しかし徐々に人の姿も少なくなり、やがて目の前には件の盗っ人しかいなかった。
発展途上廃棄街、ダストリー。セレア達が現在いる街で、エスバルの隣に位置する街だ。
街といっても人は住んでいない。そこにあるのはアキヒロを中心として取り組んだ超発展都市の残骸だけだ。今では関係者以外は立ち入り禁止となっているが、立ち寄る関係者も少ない。
当然、マナ祭に乗じて侵入する輩を捕まえる為に騎士が街の入り口や中を監視しているはずなのだが、セレアはその姿をダストリーに来てから見つけていない。
不思議に思いつつも、セレアは足を速める。
盗っ人は建物の角を右折して、セレアの視界から外れる。セレアはその後を追う。
そこにはセレア三人分くらいの高さの壁が盗っ人の逃走ルートを絶っていた。
「私のタブレットを返しなさい!」
セレアが追い打ちとばかりにツカツカと足音を立てて詰め寄るが、盗っ人はじっとして動く気配がない。
その直後に起こったことにセレアは自分の目を疑った。
盗っ人は黒い蝙蝠のような羽を生やして壁の向こうへと消えてしまったのだ。
予想外の事態にセレアは棒立ちになってしまう。
「セレア! ボクにつかまって!」
セレアの後を追って来ていたシェリーの声で我に返り、そちらを向く。そこでまたしてもセレアは目を見開いた。
シェリーの外套から先程の盗っ人のような蝙蝠の羽が生えていた。その羽は月夜に照らされて紫色に妖しく光って見える。
シェリーの方の羽が少しだけ大きいが、今のセレアはそんなことに気づく余裕がない。目を疑うような光景を短時間で二度見せられて、脳の処理が追いつかないでいる。
「シェリー……それ……貴女の特別能力?」
「そうだよ。『ヴァンピール』って言うんだ。 まあこれは能力の一つに過ぎないけどね」
へへん、とシェリーは得意顔をして、胸を張る。
「さあ行くよ!」
シェリーはセレアを背中から抱いて、ふわっと宙を舞う。
当然シェリーに抱かれているセレアも宙に浮かび、突然の浮遊感に小さな悲鳴をこぼす。
地面が段々と離れていき、セレアは思わず感嘆の吐息をこぼす。
「……すごい能力ね」
初めての飛行にセレアはそんな状況ではないと理解しつつも感動してしまう。
シェリーは建物の屋上にセレアをそっと下ろしながら着陸して、照れた笑みを浮かべる。
「あはは、ありがとう。じゃあ追いかけようか……ってうん?」
直後、シェリーはその場の異変に気付く。セレアもほぼ同時に自分たちの置かれている状況を把握する。
セレア達のいる屋上は縦横およそ七メートルの正方形の形をしている。
そしてそこは黒マント姿の人達で埋め尽くされていた。近くの建物を見ると、その屋上にも同じ姿の人がいる。目算だが二十人はいるだろう。そう考えてセレアは思わず険しい顔になる。
「私たちをここに誘導した、ということでいいのかしら?」
「……ご名答。ほらこれ返すぜ」
最前列に立っていた人達の一人が何かをセレア達に向かって放る。
それは傾斜がなだらかな山を描いてセレアの目の前で地面に落ち、残った運動力でセレアの足下まで滑る。それは盗まれたセレアのタブレットだった。
セレアはそれが自分のタブレットだと認識して、目の前の、決して友好的とは言い難い相手を警戒しながらそれを拾う。
「それでボクたちに何の用事かな?」
「いや、用があるのはお前だけだ。シェリー・ヴィクトリア・バイオレット。まずはオトモダチを利用して、と思ったが手間が省けた」
「へ? ボク?」
突然、名指しされたシェリーは目を瞬かせる。
次の瞬間シェリーとセレアは驚きのあまり息を飲んだ。
黒マント姿の連中は刃渡り十センチのナイフを取り出してきたのだ。
先程の男の奇術は間違いなくシェリーと同じ特別能力だ。
特別能力はディアボロスとゴットゼルクしか扱うことはできない。そしてセレアの知り得る限りでは、現在ゴットゼルクがディアボロスの王女を手にかけて得することはないと即決する。
すなわち、これはディアボロス側による――
王女の暗殺だ。
セレアはそう確信して、二メートル下の地上を一瞥する。シェリーの、又は自分の護衛担当の騎士がまだ来ていない。
「無駄だ。俺の特別能力のせいで騎士たちでさえこの場所には暫く来れない」
「……ご丁寧にどうも」
セレアは自分の行動の主旨を見破られて苦い口調で言葉を返す。そして意を決してタブレットをライトソードに差し込み、魔力を注ぐ。
ウォン、と音を立てて白い光が細棒状の剣身に形成されていく。
「シェリー武器は……」
あるの? そう言いたかったが、セレアはシェリーの様子を見て開いた口が塞がらなかった。
シェリーは自分の右手首の動脈を噛み切っていたのだ。
彼女の病的に白い右手から水滴のように血が地面に落ち、顔色もますます青白くなっている。
これには黒マントの連中も固まっていた。
セレアが唖然といった様子で見ていることに気づいたシェリーは血のついた八重歯を見せながら、力なく笑う。
「……心配しないで、すぐ治るから。……『女神の加護者』とは違って、魔力が必要だけどね。……痛いからイヤなんだけど、こうしないと、武器が作れないから……」
シェリーはわずかな血だまりとなっている場所にすでに血が止まっている右手をかざす。
「血潮作成!」
シェリーは凛とした声で発すると同時に思いっきり右手を振り上げる。
それに従うかのように血だまりから剣の柄頭が顔を出し、剣身が現れて完全な剣が出現する。
それは全体的に赤黒く、剣身の真ん中には細長い赫色の線がのびた剣だった。
「さあいこう、セレア!」
シェリーは右手でその剣を握り、剣の切っ先を刺客に向ける。その時には彼女の右手の傷はすでに癒えていた。
「ええ、いきましょう」
セレアはシェリーの言葉で我に返り、刺客に向き直る。
直後、刺客達が一斉に襲いかかって来た。




