45 その紅月、遭遇
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「――――というわけで俺はマナ祭の警備とこの子の里親探しをしていたんだ」
「なるほど、そういう事だったの」
すぐにでも俺から離れようとしたハリサキを捕まえてどうにか誤解を解くことができた。
その最中にシェリーとセレアの声が微かに聞こえた気がした。二人も祭りに来ているのだろうか。
俺たち三人は今は広場にいる。そこには腰掛ける場所があったので腰を落ち着かせていた。
カグヤは辺りの屋台を珍しそうに見ていた。俺たちとは少し離れているが、ここら辺は今のところ人が少ないので見失うことはないだろう。
祭りの終わりに花火が上がる時には多くの人が集まるのだが、それにはまだまだ時間がある。
「それにしても、見ず知らずの人達の怪しげな頼みを受けるなんてお人好しもいいところね」
ハリサキは呆れたような目でこちらを見る。
「別にいいだろ。ていうかハリサキは何をしていたんだ? 確か地方に転勤するって……」
「そうよ。明日に出発だから荷造りも済んだし、最後のエスバルでのマナ祭に足を運んでみたの。そしたら、私の知り合いに子供がいて……」
「いや、だからそれは……!」
「冗談よ」
ハリサキは眼鏡のレンズ越しの瞳を楽しそうに細める。
「それよりも警備の方は大丈夫なの?」
「大丈夫も何もこの街治安良いからそっちの方は手持ち無沙汰だよ」
俺は肩をすくめてみせる。
俺の言葉にハリサキはなにかを思い出したように頷く。
「この街も昔は今ほど治安は良くなかったそうよ」
「そうなのか?」
「良くないっていうよりも表面上は良いんだけど路地裏とか目の届かない場所は荒れていたって言った方が正しいかしら。だからマナ祭の時は騒ぎに乗じて良からぬことをする人たちが後をたたなかったそうよ」
この街にもそんな歴史があったのか、と素直に関心してしまう。今では見る影もない。
「ローグさんがそんな人達を仕切って、その後それぞれに仕事を与えたらしいわ。今騎士の人もいるって話だけど」
「あの人すごいな。団長の仕事以外にそんなことを」
ローグ騎士団長に尊敬の念を抱いていると、ハリサキが首をかしげる。そして納得したかのように、ああと声を洩らす。
「ローグさんが騎士団長になる前の、いえ騎士団に入団する前の話よ。仕事を与えたのは騎士団長に就任されてからだけど」
「入団する前?」
「知らないの? この国では割と有名な話よ。ローグさん若い頃はこの街のならず者のリーダー格だったのよ」
「え、ええぇェェェェェェ!!」
あんな穏やかで優しい人が。人は見かけによらないものだ。
「それで前国王、セレアのお父さんが入団を誘って一騎討ちの末に前国王が勝ったから入団したのよ」
セレアのお父さん強いな! リーダー格に勝つなんて。
それにしても意外な話を聞いてしまった。あんな優しそうな人にそんな過去があるなんて。人に歴史ありとはよく言ったものだ。
「……ねぇカケル」
「ん? 何?」
俺がそう考えているとハリサキから呼ばれた。ハリサキは真っ直ぐ、頼りなく人差し指を前に出す。
俺はつられて前を見たがそこには特に変わった様子はない。
広場に出す屋台数には規制があるため点在している屋台に、今から花火の席を取ろうとちらほら人がいるくらいだ。
……いや違う!
変わった様子がないのではない。
いないんだ。先程まで屋台を興味深そうに見ていた大き過ぎるマントで身を包んだ小さな女の子が。あたりを確認してもその子の姿はなかった。
「カグヤちゃんがいないわ」
俺が理解したほぼ同時にハリサキが俺の思考と同じことを口にする。
「っ! 悪いハリサキ! ちょっと探してくる!」
俺は言い終わるより早く駆け出していた。
「私も探すわ! 見つけたら連絡するからタブレットはいつでも使えるようにしておいて!」
ハリサキの言葉を背中越しで聞き、片手を上げて了解の合図を送る。
カグヤと来た屋台を巡ってもその子の姿は見当たらない。
やばい、どこに行った!?
辺りはすっかり暗くなり、満月が活気溢れるマナ祭を照らし、焦燥する俺だけがその恩恵を与えられていないかのようだった。
***
「カグヤ、良かったのか? 別れの挨拶もせずに来てしまったが……」
「うん、いいの。パパを巻き込むわけにはいかないから」
エスバルのとある路地裏。
広場にいた時、ミムロドからハティ達が拠点としている場所が分かったと伝えられたカグヤは今ミムロドと共にそこに行こうとしていた。
「……作戦とはいえ、悪かったな。その呼び名を使わせてしまって……。もうしなくてもいいんだぞ?」
「うん、だけどこのままでいいよ」
パパという呼び名を覚えたての頃、カグヤは『紅月の民』のあらゆる男にその呼び名を使ったことがあった。そして誰がその名で呼ばれるかという騒動も繰り広げられ、オキナが『じぃじ』と呼ばれる者として全員却下を言い渡したのだ。もちろん彼はその後カグヤにパパという言葉の意味も教えた。
カグヤがその呼び方をして初めて嫌がったが彼はカグヤにとってとても興味深い相手だった。
カグヤがまだ一、二才の赤ん坊の頃に親に見捨てられ、『紅月の民』のオキナに世話され、今がある。
カグヤの『特別能力』を気味悪がって自分を捨てた前の家族をカグヤ自身特に何とも思っていない。覚えていないので恨みようも怒りようもないのだが、それ以上に『紅月の民』で過ごす時間が楽しかったのだ。
だからカグヤはこの争いも早く終わって欲しいと思っている。しかしハティ側には過激派がほとんどを占めているので、ハティに勝ちを譲ればオキナの生前のような『紅月の民』とはかけ離れたものとなってしまう。それだけは止めておきたい。
例え、彼と別れることになっても。
「急ごう。満月が天辺に来た時のハティの能力は厄介だ」
ミムロドがそう言い、カグヤも小さく頷く。
「そう言うなよ。これのおかげで幾度となく窮地をくぐり抜けたんだぜ?」
「ハティ⁉︎」
頭上からの声にミムロドとカグヤはばっと上を見上げる。
そこにはハティが建物の上に一人で、二人を見下すように立っていた。
「……なぜこんなところにいる?」
ミムロドは苦々しく呟く。
「仲間がお前らの後をつけてたからに決まってんだろ?」
ばっとハティは建物から飛び降りる。そして音もなく着地して二人の行く手を阻む。
「くっ……!」
「余計な真似はするなよ、ミムロド。俺の他にも今言った奴らがこちらを伺っているからな」
ミムロドはそれを聞いて周りに意識を集中させる。たしかに何人かに見られている感覚はあった。
「……俺たちをどうする気だ? ここで戦り合うきか?」
「そんなことはしないさ。そこら辺にいる騎士に見つかっても面倒だ。俺たちの拠点までついて来てもらおう」
ミムロドとカグヤの背後にはいつのまにかマント姿の三人がいた。
これで二人は退くことができなくなってしまった。
「さあ、行こうか。二人が一緒にいたおかげで手間が省けた」
ハティが後ろに振り向き、目的地に向かって歩く。ミムロドとカグヤは重い足取りでそれに従う。
「目的は俺とカグヤか……。何が目的だ?」
険しい表情でミムロドはハティに問う。
「分かんねぇか? まず最初に俺が出した指示はお前ら二人の身柄確保だ。ミムロド、お前はそっち側の頭だ。そしてカグヤはそっち側の精神だ。司令官と支えを失った組織ほど脆いものはない」
「まさか! 一気に終わらせるつもりか!?」
ハティは背中越しに嘲笑う。
「察しがいいな。その通りだ。お前らを失った残党を叩き、王女に接触する。それで俺たちの勝ちが決まる」
「今まで動かなかったのは俺たちの居場所を確認するためだな?」
「まあな。実際お前がカグヤの処に行ったことは運が良かった。何にせよ、これでほぼ俺たちの勝ちは確定だ」
ミムロドの顔がより一層険しく、苦々しくなる。カグヤもそれにつられて気分が真っ黒に塗りつぶされていく。
「………………何で?」
「あ?」
ハティはカグヤの方を見る。
「何でかぐやが『とうもく』になることに反対なの?」
「はあ? 今さらそんなこと聞くのか?」
ハティはやれやれと言わんばかりにため息をつく。
「いいか? 『紅月の民』はオキナさんが絶対神法書によってこの世界に召喚されてから約百年間続いたアスタロス王国でも古参の組織だ。貧民街はもちろん裏社会ともそれなりにパイプがある。そんな組織の頭目をお前みたいな七年前に現れたような奴に任せられるかよ!」
ハティの想いを孕んだ声が辺りの空気を震わす。
「いくらオキナさんがそう言ったとしても、俺たちはお前を頭目とは認めない。認めて欲しければこのゲームに勝つんだな」
ハティは吐き捨てるようにそう言って、また黙々と歩く。
カグヤはぎゅっとウサギのぬいぐるみを抱きしめる。ほんの十分前のマナ祭の記憶が遙か遠くの思い出のように感じられた。
「カグヤ、そのぬいぐるみはこの祭りでもらったのかい?」
ミムロドの唐突な問いかけにカグヤは不思議な気持ちで彼を見上げる。
ミムロドは後ろの三人に見えないように左手を体で隠して、それでいて不自然な格好にならないようにしていた。
その左手はチョキとパーを交互に繰り返していた。これは予めみんなで決めていた、緊急の際に喋らずに伝える為のジェスチャーだ。
(ちょきが『きしゅうをかける』でぱーが『にげる』だから……)
奇襲をかけるからその隙に逃げろ。
カグヤはその意味に気づいてかなり迷ったが、ミムロドの心配ないと諭すような笑みを見て覚悟を決める。
「…………うん」
カグヤがそう返事をした瞬間、辺り一面に霧が立ち込める。
「っ! ミムロド何しやがる!?」
いち早くミムロドの特別能力だと気づいたハティが振り返る。
そこにはカグヤとミムロドの影が霧の中にいくつもあった。
特別能力。『ブロッケン』
二人を模した影がハティに襲いかかる。彼はそれらを間一髪で避け続けて、右足を軸に回し蹴りを食らわす。それは影に当たりこそしなかったが、充分な牽制になったらしく影達が距離をとる。
「ちっ。ナメんなよ! ミムロドォ!」
その瞬間を逃さずに、ハティは特別能力を解放する。
ハティのタテガミのような髪から耳のようなものが生え、手足や体は獣のような毛で覆われる。加えて体は一回り大きくなった。
特別能力。『ウェアウルフ』
ハティは狼のそれとなった耳や鼻を頼りに深い霧の中ミムロドの位置を探る。
「そこだ!」
「くっ!」
ハティは霧の中を一切の迷いなく進み、裏拳を振る。それはミムロドのこめかみに決まり、ミムロドはバランスを崩してうつ伏せに倒れてしまった。ハティはその上に体重をかけてミムロドの体全体を抑える。
「オメェらカグヤの捕獲は頼んだ! 影に気をつけろ! 襲ってくる!」
カグヤは立ち込める霧の中で走って逃げるが、このままではいくら霧で周りが確認できなかろうがいずれ捕まってしまう。所詮は子供の足だ。
カグヤは意を決したように少しの間両目を瞑る。
そしてそっと目を開けると、アイスブルーから黄金色に変わった双眸で前後左右を確認する。
その目には後方に三つの青白い球が見える。
カグヤはそれらの球目掛けて短めの銀髪を揺らしながら駆け出す。そして何処からともなく出現した二本の黒色のナイフを両手で握る。
「はぁっ!」
「「「……ぐっ!」」」
そしてそのナイフの腹で三つの球を一文字に結ぶ。
その直後ハティ側の三人が地面に倒れる音がした。
今彼女がナイフの腹で当てた球がその三人の魂――つまり生気――だ。刃でそれを切れば文字通り相手の魂を刈り取ることができる。
特別能力。『グリムリィーパー』
「おい! 何があった!?」
仲間の呻き声を聞いて、ハティが霧の向こうから三人に問う。しかし三人は気を失っている為、返事はない。
カグヤは三人から奪い取った生気を吸収して、体力の底上げを図る。戦う為ではない。逃げる為だ。
ミムロドの姿が見えないが、確認している時間はない。カグヤは信じるしかなかった。
カグヤは小さい足で地面を蹴り、子供とは思えない速さで裏路地と霧を抜ける。
表に出れば衆人と騎士の目がある。ハティ達も目に見えての攻撃してこないだろう。
カグヤはそのままマナ祭の中へと姿をくらました。




