43 その紅月、始動する
『かぐやのパパですよね?』
出会って数秒の少女にそう問われて俺は言葉を発することができなかった。
呆然としている俺のことを不思議に思ったのか、女の子はきょとんと首をかしげる。
「かぐやのパパですよね?」
「いや大丈夫だから! 聞こえていたから!」
どうやら聞き取れなかったと思われたらしい。この子、自分の言葉自体に疑問を持っていないみたいだ。つまり、本当に俺がこの子の…………ないな。だって俺は自慢じゃないが童貞だ。しかし子供にそんなことを説明するわけにもいかない。
というか、なんでこの子は尋ねる形ではなく確認の形で聞いているのだろうか。ですよねって……こっちが聞きたいわ!
「残念だけど違うと思うよ。君は迷子なのか?」
「まいご? …………ええと、ちょっと待ってね」
女の子はそう言い残して、来た道を戻る。そして、路地裏に入る道で立ち止まり、誰かと話しているようだった。
『ねぇ、かぐやはまいごってことでいいの?』
『バカ! こっちに戻ってきたら相手に俺たちの完璧な作戦がバレるだろうが!』
『完璧だと思っているのはお前とカグヤだけだぞ』
『ミムロド、なにをバカなこと…………おいお前らなんで頷いてんだよ!』
『当たり前だろ。お前の計画は、カグヤをこの国の王女の城に入れるほどの貴族の子ということにして、一緒に城に入れてもらい、城にいるシェリー王女の近くで警護する、だったよな?』
「ああそうだぜ。偉い奴って隠し子の一人や二人や三人くらいいるからどうせ何人いるかなんて覚えてないだろうって言うところがこの作戦のミソだ。押し切ったらイける」
「鷹揚に頷くな。それと今すぐその腐ったような偏見を捨てろ。 ……はぁ…………何で作戦という大事なことをこいつに任してしまったのか」
「ねぇかぐやはどうすればいいの?」
「まずは俺にどういうことか説明してほしいかな」
「「ッ!!??」」
カグヤという幼女と彼女と話していた大人達が近くまで来た俺を見て驚く。
「い、いつの間に!?」
ミムロドと呼ばれた、年が四十くらいの男が上擦った声で俺に尋ねる。
「ええと、この子が『ねぇ、かぐやは迷子ってことでいいの?』って聞いていたあたりから」
「最初からだと!?」
俺の答えにそこにいるカグヤと大人全員が『気づかなかった』などの感想を漏らす。影が薄くてすみませんね。
大人達は五人いて、カグヤ同様黒くてボロボロのマントを羽織っていた。
「で、どういうことだ? 別に俺は貴族でも無いし、隠し子なんていないぞ」
もちろん隠していない子もいない。それと彼女もいない。さらには元いた世界には友達も……この話はもういいか。せっかくの祭りの日に気分が暗くなってしまう。
連中の中からミムロドと呼ばれた、歳が四十くらいの男が口を開く。
「それは失礼した。迷惑かけた所心苦しいが、我々の頼みを聞いてもらいたい」
「頼み?」
「この子の父親に」
「なるのは嫌だぞ」
「…………なってくれそうな人を探してくれませんか? 母親でも構いません」
「今明らかに予定変更したよな?」
「気のせいです」
ミムロドは食い気味に返答してくる。いや、絶対しただろ。
「それで、どうでしょう? 慈善活動の一環だと思って」
話を進めてきた。俺もそれ以上は追求せずにその頼みをしばらく考える。
「……シェリーを警護する、ってどういうことだ? 見たところあんた達騎士って感じじゃないし、彼女に何か用なのか?」
ふと気になったことを口にすると、ミムロド達はぐっと口を紡いで申し訳なさそうな表情になる。
「すまないがそこは言えない。本当に勝手で申し訳ないが……」
「訳ありなら別にいいけど……」
俺は考え込み、天を仰ぐ。
実際のところ、彼らはかなり怪しい。何かまだ裏がありそうだが、監視の意味を込めて、彼らと同行を共にすることも警備の一つだろう。
「……分かった。親になってくれそうな人を探すくらいなら手伝うよ」
ミムロド達の顔が明るくなる。
「ありがとう。では宜しく頼みます」
一礼して、ミムロド達は去っていこうとする。
「え? 一緒に探すんじゃないのか?」
「そうしたいのは山々ですが、私たちにもすることがあります。今夜までに見つからなかったら迎えにきますからあまり気負い込まないで下さい。では失礼!」
「え、いや、ちょっと!?」
言い終わると同時に、彼らは地面を蹴って駆け出す。姿が見えなくなるのに時間はかからなかった。あいつら速いな。
残されたのは俺とカグヤのみ。
「よろしくね、パパ!」
「あ、ああよろしく……」
カグヤは呆然と突っ立っている俺の手を握り、可愛らしい笑顔でこちらを見上げる。俺はまだ思考が追いついていなかったので、生返事気味に応える。
里親見つけるにしても、どうしたらいいのかさっぱりわからない。
「ねぇねぇパパ」
カグヤは急な展開に頭を悩ませている俺の手をくいくいと引く。
「いや俺はパパじゃなくて……そう言えばお互い自己紹介がまだだったな」
今思うと、今しがた去って行った連中の名前も知らない。会話の流れでミムロドは分かったがそれ以外はわからないままだ。怪しくて見知らぬ人物の頼みごとを聞くとか自分の警戒心に懸念を抱かざるを得ない。
「俺の名前は相島翔。『女神の加護者』だ」
「じぃじと一緒だ!」
「なんだ、知り合いに『女神の加護者』いるのか?」
「うん。……このあいだ『てんじゅ』を全うしたの……」
カグヤの顔に翳りが生まれる。
俺の記憶が正しければ『天寿』は確か召喚者の寿命みたいなものだった筈だ。召喚されてから百年経つとこの世界から消えてしまうという。
「……そうか。それは残念だったな。ご愁傷様」
俺の言葉にカグヤはハッと俺の顔を見る。
「ごしゅーしょーさまってじぃじも言ってた!」
「そうなのか?」
「うん、貴族の屋敷に忍び込んで金目の物を盗んだ時に」
いけない! 犯罪臭がする。
「さて、次は君の名前を聞かせてもらってもいいかな!?」
俺はカグヤの言葉に割って入って、会話の流れを思いっきり変える。そして今聞いたことを忘れるように努める。これ以上問題の種は不要だ。
「かぐやはね、カグヤ・オキナだよ!」
誇らしげに小さな胸を張ると同時に、霞んだ赤いマフラーと彼女には大きすぎるだぼだぼのマントが小さく揺れる。
今は季節で言うと春と夏の間くらいなのに暑くはないのだろうか。しかし、カグヤの様子で特に変わったところはないし、汗一滴もかいていない。それはそれでおかしいのだが。
「よろしくな、カグヤ。そう言えば何か言いたいことがあったんじゃないか?」
「うん。ええと……」
カグヤは微かに賑やかな音がする方向を指差す。
「かぐや、お祭り行きたい」
無邪気な笑顔でそう言われてしまった。
「え、だけど君の里親探しが……」
「……だめ…………?」
カグヤは悲しげな顔でこちらを見る。そんな目で見られたら罪悪感が芽生えてしまう。
「……じゃあ行ってみるか」
「うん!」
カグヤは嬉しそうに頷く。
どうせ頼まれた警備の仕事もある。あまり期待できないが、里親も祭りで見つけるしかないようだ。……ほんとこの流されやすい性格どうにかしたい。
俺の手を引いて楽しそうに駆け出すカグヤの小さな背中を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
***
「あれで王女の方は大丈夫だろう」
「それはわからないぞ? カグヤが作戦を無視して祭りに行きたいとか言って、祭りに行っているかもしれない」
ミムロド達はアルバーレ王国で拠点にした森へ急ぐ。そこに残りの仲間達が各々の収穫を終えて待機しているはずだ。
仲間の言葉にミムロドは一抹の不安が生まれたが、他の連中との情報共有が済めば何人かはカグヤと同じ王女の身辺警護なので心配ないと自分に言い聞かせる。
(後はあいつらか……)
ミムロドは残りの最大の案件について考える。ハティ率いるカグヤの継承反対派のことだ。彼らは今のところ目立った行動は起こしていない。
そもそも彼らの予定にアルバーレ王国は入っていなかったらしく、準備に時間がかかっているらしい。大幅な予定変更は時間と体力が必要となる。だから一から始めたこちら側の量を遥かに上回っているだろう。
お陰でミムロド達はハティよりも早くアルバーレ大陸に着き、アルバーレ王国に入国できたのだ。
(いや、ハティの『能力』を考えると勝負に出るのは……)
「ミムロドさん、そろそろ着きます」
「ああ、わかった」
ミムロドは前方にいる仲間の呼びかけで今まで考えていたことを思考の隅に置く。
森に着くと、街とは違ってしんと静まり返っていた。そこには誰の気配もないように感じる。
「『満月よ空を赤く照らせ』」
しかし、ミムロドの言葉を合図に四方から十数人の人影が現れる。『紅月の民』のカグヤの継承賛成派のグループだ。
「ハティはどうしている?」
「今アルバーレ王国に着いたみたいだ。ここに来るまでそう時間はかからないだろう」
ミムロドが問うと左側から現れた五人組の内の一人が答える。
「わかった。こちらも多少予定が狂ったが、問題ない。王女に近づかないこと優先だが、奴ら見つけ次第拘束することも頭に入れて置いてくれ」
「「了解!」」
全員が賛同の声を上げて、持ち場に戻るために四方に散って姿を消す。
ミムロドは一人森の中で深く息を吐き出して天を仰ぐ。はるか遠くの空には太陽が地上を照らしている。それはアスタロス王国と何ら変わらなかった。
(オキナさんの言った通りだな)
オキナと呼ばれる召喚者は貧民街を束ねて、中でもハティやミムロドのような戦闘に特化した特別能力保持者で組織を作った。戦闘に特化した能力のために周りから疎まれ続けていた彼らに居場所を与えたのだ。
彼のお陰で貧民街は昔と比べて治安は格段に良くなり、チンピラや無法者に怯えることもなくなった。そんな彼が貧民街の英雄になったことは当然の結果だ。
誰もが彼のことを尊敬し、敬愛し、親愛していた。それ故に今回の事件が起こったのだ。
オキナさんの後を継ぐのは自分だと主張する輩は少なかったわけではない。オキナさんもそのことは分かっていた。それでも彼はあの女の子を選んだ。
能力のせいで親に捨てられたあの子を――。
そして最後に来る途中に考えていたことを思い出す。
(ハティの『能力』を使うと考えると正念場は……)
「……夜だな」
ミムロドの独り言は森の中に消えていく。彼はそのまま来た道を辿り、持ち場に向かう。
満月が東の空にうっすらと顔を出していた。




