33 その各々、一つの場所へ
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エスバルの街の路地裏に二人の男がいた。
一人は真っ黒なローブを着ていて、顔はフードを被っていて見えない。もう一人は対称に真っ白な服、騎士服を着ていた。
「さて、あと少しであいつは居なくなるぜ。準備はいいな?」
黒ずくめの男は楽しそうに言うが、その声はどこか渇いている。
「……ああ」
もう一人の白ずくめの男は落ち着かない様子で辺りを確認している。返事もどこか上の空だ。
「心配すんな、兄弟。誰か来たら俺が分かるからよぉ」
「あ、ああ助かる」
騎士は考えていることを当てられ、身動ぎする。
「それよりも情報の件、期待してるぜ」
「わかってる。しかし、この国で何する気なんだ?」
国を引いては連邦丸ごと巻き込む情報を手に入れてどうする気だ、と騎士が問う。
男騎士の問いかけに、真っ黒な男はさも可笑しそうに口の端を吊り上げる。
「おっと、ここからは機密事項だ。いくらお前が俺達の一員だろうとな。これを知っているのは主要幹部クラスの連中だけだ。悪く思うなよ」
「…………トールキン大陸の、エルフ族の争いと何か関係があるのか?」
「どうかな? 何にせよ、悪いようには――」
とそこで黒ずくめの男は言葉を区切る。騎士の男は怪訝な顔をする。
「どうし――」
『おーい! そこで何してるんだ!? 早く手伝ってくれ!」
後ろからの声に騎士はビクッと肩を震わせる。半身を捻って後方を見ると、騎士服を着た男が少し離れた所でこちらを見ている。
どうやら祭りの準備を抜け出していると思われたらしい。
騎士の男は祭りの準備に行くと黒ずくめの男に伝えようと前を向く。
しかし、そこには誰も居なかった。
騎士は一瞬面食らった。確かにあの男は誰か来たら分かるとは言ったが、教えるとは言っていない。
(…………相変わらずだな)
取り残された騎士は諦めたようなため息をつき、自分の仕事に戻った。
***
エスバルの街が襲われた次の日。
俺は今日も今日とて遅く起き、遅めの朝食とも早めの昼食とも言えるような時間帯に食事をしてその日のエネルギーを摂る。ブランチって言うんだっけ、こういうの。
昨日の段階ではエスバルの街しか襲われていないらしいが、他の会場が絶対に襲われないということはない。そんなわけで、夜の見廻りと警備の強化をすることが決定した。そんな報せが昨日の昼頃に届いた。
それを行うのはもちろん俺達騎士達だ。
……次々と新しい仕事が増えていく。仕事って大変。
俺は早速今日の夜からの警備に割り当てられていた。まあ、準備をしない分ここで働いておこう。
ていうか、俺はセレアの身辺を警護するのが仕事のはずなのに全くした覚えがないんですが。
朝の(昼の)食事を終えて、暇になる。特にすることがない。昨日も家に帰ってすることがなく、惰眠を貪って一日が終わった。一日くらいはそういう日があっても大歓迎なのだが、連続は流石にきついものがある。
休みは限られているから楽しいのだ。無制限に休みがあったら有り難みがなくなってしまう。
「……買い出しでも行くか」
ふと食材が底を尽きそうなのを思い出した。ついでにこの前から買いたい物がある。今日の予定はそれらを買うことにしよう。
食器を片付けて、時計を見るとちょうど長針と短針が頂点に達していた。正午の時間だ。今買い出しに行くと今日の予定が潰れてしまうが、特にやることもない。
俺はこの間買ったばかりのこの世界の服を着て、食材の買い出しなどに向かった。
*
外はどんよりとした雲に覆われていた。今にも雨が降り出しそうな天気だ。街の人達も足早にそれぞれの目的地に向かっている。
早く屋敷に戻ろう。
エスバルの街を早足で歩き、市場に向かう。いつもこの街で食材を買っている。
「カケル、どうしたんだ? こんなところで」
そこにはヘッドホンを首にかけた俺くらいの歳の男子がいた。シモン・ペイバーだ。
……騎士服にヘッドホンって改めて見ると中々奇妙な組み合わせだな。
「ちょっとここで買い物をしようかと思ってな」
「それならこの街を抜けた先に市場が盛んなところがあるからそこに行くといい。少し遠いけど、結構安いんだ」
そんなところがあるのか。まだまだ王都には俺の知らない場所が沢山ある。
「ありがとう。行ってみる」
俺は最後に別れの挨拶をして、場を離れる。シモンがここにいるのはたぶん仕事だろう。ならばあまり邪魔をしてはいけない。
俺はシモンから教えてもらった市場に向かう事にした。
*
俺は買い出しを終えて家路につく。時間がかかりその頃には勤め先から帰宅する人がちらほらみえる。
「食材はともかく、これってこんなに高かったんだ……」
食材とは別の袋に入っている物を見ながら、苦笑いが出てしまう。これが時間がかかった最大の原因だ。
手痛い出費だったが、それだけの価値はある。……と思う。たぶん。…………あるはず。
俺は自分がついさっき買ってきた物について葛藤しながら歩いていると、俺の道の前に数名の騎士が立っていた。
どこかで見た顔だ。たぶん王都の騎士だろう。今朝見た気がする。
別にそこにいること自体は不自然ではない。ここはエスバルではないが、祭りが開催される地区の内の一つである。
準備の為に中心都市の王都から騎士が一時的に派遣されることはよくあるそうだ。この街は王都の郊外の位置にあるので昨日の召集の後にこの街に派遣されたのだろう。もしくは警備かもしれない。
本当のところはどっちでもいい。むしろ興味無い。
そんな事を考えながら騎士達を見ていると、目が合ってしまった。
騎士の一人がこちらに近づいてくる。
「アイジマカケルだな」
「え、はい。……そうですけど……」
急に名前を呼ばれたので、思わず身構えてしまう。
しかし、目の前の男騎士は俺のその態度に特に反応も関心も示さず、事務連絡とばかりに続ける。
「スカーレット様が森に入ったままお帰りになっていないそうだ。お前が探しにいけ」
「セレア……様が?」
国王をファーストネームで、しかも呼び捨てにした俺を騎士が白い目で睨む。俺は慌てて敬称を付けて誤魔化す。
「そうだ。お前の仕事だろうが。緊急だそうだ。早く行け」
騎士は吐き捨てるように、俺から離れていく。
「おい待てよ! 森ってどこの森だよ!?」
騎士達は煩わしそうに振り返る。いや、森って情報だけでセレアを見つけるのは無理だと思うよ。
「……銃撃隊の練習場があるところだ!」
今度こそ騎士達は去っていった。彼らは俺のことを良く思っていない方らしい。態度や言葉の端々から敵意が見え隠れしていた。
俺は思考をリセットして、騎士達が言った言葉を思い出す。
セレアが森に入った。なぜ? 理由がわからない。一人で行ったのか?
疑問だらけだが、ライトソードもバーチャルバレットも装備している。タブレットもある。
買い物袋が邪魔だが、問題ないだろう。目の前を歩いている騎士に渡してもいいのだが、嫌な顔をされるのは火を見るよりも明らかだ。やめておこう。
確かここから射撃場まで十分くらいだ。それほど離れていない。
俺はセレアを探すため、射撃場に向かった。
雨がパラパラと降り始めた。
***
射撃場から発砲音が鳴り響く。
一人の少女が不満げ発砲した先を眺める。標的の真ん中に当たっていない。いつもなら当たっているので余計に納得がいかず、再度挑戦する。しかし何度やっても真ん中を射抜くことはない。
招集が終わってからずっと今朝のことが脳にちらつく。最近知り合った少年が批難の目を向けられていたことが何度もフラッシュバックする。
当然彼女はカケルが犯人だとは思っていない。
しかし彼を擁護することが出来なかった。自分よりも年下の王女が招集を切り上げることで彼への目に見えての反感を防ぎ、招集が終わった後には彼に話しかけて心配していた。
それに比べて自分は、と何度目かの思考のループに入る。疑うだけ疑って、保身の為に彼を擁護しようとしなかった。
彼女、ハリサキは一旦休憩を取ろうと愛銃を置き、自動販売機で飲み物を買う。
清涼飲料水が渇いた彼女の喉を通る。しかし、全く潤う気配がない。胸の中にモヤっとしたわだかまりが消えてくれない。
彼女が射撃場をぼんやり眺めていると、ふと後ろの扉が開く音がする。
「やあ、ハリサキさん。待たせたね。祭りの準備に思いの外時間がかかってしまったよ」
振り返ってみると、そこにはシモンがいた。
「大して待っていないわ。それよりも昨日の招集の時に言ったことは本当なの?」
「本当さ。僕は確かに見たんだ。ここから少し離れたところに物置小屋があるだろう。あそこに一昨日不審な人影が見えたんだ」
「どうしてそれをローグさんに言わないのよ……」
「いや、僕たちで捕まえて手柄立てたいじゃん? それに間違いだったら申し訳ないし。ほら、今色々忙しいでしょ?」
必死で言い訳をするシモンにハリサキは軽くため息をつく。
「……分かったわ。でも、偵察だけよ?」
シモンが嬉しそうに頷き、外に出る。彼女もそれを追うように外に出た。
シモンも隊長などの特別な役職にはついていないが、射撃の腕は一流だ。偵察だけならなんとかなるだろう。
ハリサキは澱んだ空を見上げる。
雨がパラパラと降り始めていた。




