34 その男、豹変
ハリサキとシモンは小屋に向かって歩く。件の小屋は射撃場から十分もかからない距離にある。
「ハリサキさんと一緒に仕事するなんて懐かしいな。僕が見習い時代以来じゃないか?」
「ええ、そうかもね。私はその時はもう騎士になっていたけど」
ハリサキはライフルケースを背負い直しながら応える。
騎士見習いは騎士見習い最後の年に実戦訓練があり、現場で数日間働かされる。
例年は巡回や道案内などの通常勤務で終わるのだが、シモン世代の実戦訓練では大事件が起きた。
アルバーレ国の端にある街で反乱が起きたのだ。原因は市民の領主に対する不満だった。
最初はその街に配属されている騎士が抑えていたが、どこから仕入れたのか、市民は剣や銃を持って武力を行使した。当然反乱は激化し、ついには王都の騎士団が動く事態に発展した。
反乱を抑える為に向かった騎士団のメンバーにはハリサキの父、ハリサキ、ローグ、そしてシモンがいた。
騎士見習いに関しては成績優秀者で希望する者を対象にしてシモンだけが参加していた。しかし騎士見習いなので仕事は備品チェックなどのサポート役だ。
反乱は王都の騎士団が来てすぐに終結したが、この反乱で領主、反乱の首謀者、更にハリサキの父などの十数名が死亡する大事件となった。
「あれから三年かぁ。……随分と早いね」
シモンは哀愁の笑みをハリサキに向ける。
彼女はそれに小さく首肯する。
彼女の父が亡くなってから三年の月日が流れた。その間にハリサキは父の役職だった副隊長を任されるまでに出世した。
彼女の父はバーチャルバレットの扱いに優れていて、そんな父の背中を見て育ったハリサキミラノがバーチャルバレットに興味を持つのに時間はかからなかった。
更にシモンは彼女の父の生徒だった。成績優秀な彼を父が気に入り、当時彼女は何度か顔を合わし、彼と話をしたこともある。彼も彼女の父からバーチャルバレットの技術を教わった。
「初めてハリサキさんにあった時、ちょっと怖い印象だったなぁ。あ、いや別に悪いってわけじゃなくて、口数が少なかったけど仕事ができそうだから、仕事人って印象があるあったなぁ」
ハリサキはシモンの言葉に苦笑する。その笑みはシモンだけでなく、彼女自身にも向けられていた。その点からいえばその笑みには自嘲も含まれていたかもしれない。
昔から何も変わっていないし、成長していない。
今彼女は自分自身をそう評価する。父が他界してから、父に代わって副団長に就任してがむしゃらに頑張ってきた。
その結果がこれだ。知り合いの男の子一人庇えず、射撃についてはスランプ気味。
仕事どころかその他のことも、何一つうまくいっていない。
「……そんなことないわ」
ハリサキはシモンの言葉を否定する。
上空にあるどんよりとした天気に似た感情が彼女の中で押し寄せてくる。その感情を吐き出すように言葉が溢れる。
彼女の体を打つ雨がやけに重く冷たく感じる。ハリサキはライフルケースを背負い直す。
目の前の青年はそんな彼女の心境にはに気づくことなく、話を続ける。
「……大丈夫だよ、自信持ってハリサキさん。…………見えてきた」
一転して顔を引き締めるシモン。
その視線の先には目的地の小屋があった。ハリサキもそれを視認する。
「今回は偵察だけ。いいわね?」
「分かってる」
シモンは短く答えて近くの木に身をひそめる。ハリサキもそれに続く。
件の小屋に人がいる気配はない。
その事を確認してシモンが小屋に向かって駆け出す。
「ちょっと……!」
ハリサキも慌てて追いかける。
彼女が追いついた時にはシモンは出入り口の扉に耳を当てていた。
「何してるのよ、偵察だけのはずでしょ」
ハリサキが小声で嗜める。
「ごめん。でも中の方も確認した方がいいかと思って……」
シモンが申し訳なさそうに顔の前で両手を合わせて拝む。
それを聞いてハリサキも扉に耳を当て、中の様子を窺う。人の話し声や物音は聞こえない。
ハリサキが中の様子を確認していると、すぐ側で同じことをしているシモンに話しかけられる。
「ハリサキさん」
「何?」
ハリサキは短く応える。
「好きです」
「………………………………………………え?」
ハリサキは呆然とシモンの方を見る。
彼は彼女のそんな姿にはお構いなしといった様子で、しどろもどろに続ける。
「い、いや、け、結構前から、気になって、いたんだ。あ、け、結構前から、と言ったけど、ほんとは、最初に、あ、会った時からで……。まぁ、なんていうか、ひ、……一目惚れ……かな」
そんなシモンの言葉にハリサキは益々困惑する。しかし、彼女のそんな心境に嬉しさによる戸惑いはなかった。寧ろ呆れた困惑が彼女の思考を埋め尽くしていた。
正式な命令が出てこそいないが、仕事に関係する案件を行なっている最中に急な告白などハリサキにとって迷惑の何ものでもなかった。
「……今偵察中よ。そんな話をする場面じゃないわ」
ハリサキはそう言ってから、しまったと顔を歪める。これでは別の時なら告白してもいいと解釈されてしまう。自分が思っているよりも動揺しているかもしれない。
「そ、そうだよね。……ごめん」
お互いに黙り込み沈黙した空気を作る。雨音だけがそれぞれの耳に入ってくる。小屋の中の音は聞こえない。元々なのか、それとも集中していないからなのかは分からない。
やがて、ハリサキは耳を壁から離す。中から人の気配は結局しなかった。
「……今日はもう解散しましょう。また日を改めて」
シモンは力なく首を縦に振る。
ハリサキは踵を返して元来た道を辿ろうとする。
その瞬間、ハリサキのタブレットが鳴り出す。カケルからだ。
「カケル? どうしたの?」
「…………カ、ケル」
シモンの呟くような声はハリサキには届いておらず、そのままカケルと縦横十センチにも満たない機械越しに話し続ける。
「……セレアが? ……分かったわ、すぐに落ち合いましょう。射撃場でいいわね」
ハリサキは電話を終えて、駆け出す。
「なんでだ!?」
しかし、急な怒声に彼女は足を止める。ハリサキが怪訝そうに振り返ると、シモンは俯いていて顔が見えなかった。
「なんであいつなんだ!? 僕が、僕の方が君のことを、こんなにも愛しているのに!」
「……何を言っているの?」
ハリサキは彼の言葉が理解できず、困惑する。しかし、彼は彼女の質問には答えず、一方的に言葉をぶつける。
「あいつさえ、あいつさえいなくなれば……。やっぱり彼の計画は狂いがないな……」
シモンは呟くように言い、苦笑する。そしてゆっくりとハリサキに近づいてくる。
逃げなければ、と彼女の本能が命令するが体が一向に動かない。彼女は彼の豹変ぶりに驚き、固まることしかできなかった。
シモンがバーチャルバレットを取り出す。彼の持つハンドガンタイプのそれは雨に濡れて、より一層冷たく重い雰囲気を漂わせる。
そしてシモンはゆっくりとした動作でそれを彼女に向ける。それでもまだ彼女の足は地に張り付いたように動かない。
予想だにしない事態に脳が追いついていない。必死で脳が働いて酸素を欲しているのか、呼吸が早まり息が苦しくなる。
何か言わなければとは思うが、言語を忘れてしまったかのように何も出てこない。
「安心して、ハリサキさん。睡眠弾だから……」
シモンは一言そう言って、ハリサキに向かって引き金を引いた。
***
リグルート族アルバーレ連邦アルバーレ王国の城内を紅い髪を揺らして歩き回る人影があった。
(あの二人どこに言ったのかしら……。電話も二人とも話し中だったし…………)
セレアは昨日の襲撃事件の対策と祭りの対処に見舞われて、ようやく時間ができた頃だった。
カケルかハリサキのどちらか、もしくは両方と気分転換に話をしようと電話をするとどちらも電話中だったため、仕方なく自分の足を使って探すことにした。
カケルに関しては一回電話がきていた。しかし、時間的に仕事中だったので電源を切っていたので分かるはずもない。
彼女は辺りをきょろきょろと見回していると、自分と似たような紅い髪の青年を視界に捉えた。
ライザーだ。彼も誰かを探しているのか辺りを見渡している。
ふと彼と目が合う。彼はセレアがいることに気づいて、歩み寄ってくる。
「スカーレット様、お忙しい中恐れ入りますが、カケル、もしくはハリサキ女史をご存知ありませんか?」
「私も探しているところなの。だけど一向に見つからなくて……」
セレアとライザーはお互い思案顔を突き合わせる。すると、少し離れた場所から微かに二、三人の話し声が聞こえてきた。その声は何か良いことがあったのか、上空の天気とは裏腹に明るい声だった。
「しかし、あいついい気味だな」
「ああ。少しからかってやろうとあの人の言う通りにデマ流したら直ぐに森に向かいやがったぞ」
「おまけに雨まで降ってきたし、『女神の加護者』のくせにツイてないな」
城内だからか大声で笑いはしなかったが、それでもいくらかは城内に響くくらいの大きさで笑い声を上げる若手騎士達。
「……女神の……加護者?」
「スカーレット様、もしかして彼らが話している人物は……」
「詳しい話を聞きに行きましょう」
「御意!」
二人は若手騎士達の後を追った。
雨は本格的に降り始める。




