32 その事件、加速する
翌朝、俺はいつもよりも遅い時間帯に目を覚ました。リグルート全体で執り行われる大規模な祭りまで残すところ後五日に迫っている。ちなみに祭りの名前はまだ知らない。そろそろ誰かに聞いておこう。
今日から男性騎士はシフト分けして大掛かりな準備にかかるらしい。シフト分けは先日くじで決めた。
俺は当日の見廻りになった。つまり、これからの大掛かりな準備には参加しなくてもいい。働かないってサイコー!
そんなわけで今日は昼頃からの出勤でも特に何も言われない。むしろ行ってもすることがない可能性がある。
居間でゆっくりくつろぎながら、朝食を食べる。今日のメニューはサラダ、卵焼きとパンという一般的な朝ご飯だ。
少し遅い朝食後、特にすることがないため早めに出勤しようと騎士服に着替える。俺マジで真面目すぎる!
のそのそと着替えて出発しようと、玄関の扉を開ける。が、そのドアノブは俺が触れる前に下がり、扉が開く。
「カケル、緊急事態だ! 祭り広場まで来てくれ!」
そこに立っていたのはライザーだった。
なんだよ、一瞬、ついに俺にも召喚者らしい能力がとか思っちゃっただろ。まあ、扉を手を使わずに開ける能力が欲しいかと聞かれれば要らないけど!
今日も彼はセレアと同じ紅い髪が爽やかに靡いている。本人もいつもの事ながら爽やかな顔立ちだが、走って来たのか軽く息を弾ませている。
「どうしたんだよ? なんかあったのか」
「とりあえず、来てくれ! 訳は道中に話す」
俺もライザーと同じように白い騎士服に着替え終わっているため、直ぐに家を出ることができた。
俺が外に出るのを見ると、ライザーは走り出した。そのまま俺は彼の後を追う。街の方に向かっているみたいだ。
「で、何があったんだ?」
俺は前を先行するライザーに追いつき、尋ねる。
「祭りの中心地区の装飾品や屋台の骨が破壊された。倉庫にあったまだ外に出されていない物も含めて、だ。」
「なっ……!? それで犯人は?」
俺は絶句しながらもどうにか真っ先に気になった質問を口にするが、ライザーは悔しそうに首を横に降る。
「分からない。今王都の全騎士に召集命令がかかっている」
俺はライザーの言葉にまたも絶句する。
おかしいなー。俺騎士なのに呼ばれてないんですけど。
「一応、タブレットにメールがきているはずだけど……」
思っていた事が顔に出ていたのか、ライザーが苦笑しながら言う。
確認してみると確かに三十分前にメールを受信している。俺は縦横十センチにも満たないこの世界の携帯電話をそっとポケットに仕舞う。
ハブられていないことに嬉しさ半分、破壊されたことへの被害がどれ程になるのか憂い半分といった感情が俺の心を満たす。
「どれくらい集まっているんだ?」
「大体は集まっているよ。何せ準備がある予定だったからね」
祭りの中心地区、エスバルの街に到着する。王都内の街の一つである。
真っ先に目に飛び込んできたのは引き裂かれた飾り付けだった。道路の脇を見ると祭りの前日に建てることが出来るように隅っこに寄せていた屋台の骨組みもへし折られている。
「……これは酷いな」
「……召集場所までもうすぐだ。行こう」
俺達は再び走り始めた。途中、周りを見ると昨日まで華やかに壁や糸で飾り付けられていた物が無惨な姿で地に落ちているのが分かる。それらを見る度に遣る瀬ない感情が押し寄せて来るため、前を向いて、脇目も振らず走り続けた。
それからしばらく走ると騎士が大勢いる場所が遠目からでもはっきりと見えてきた。
俺とライザーもその集団の近くで指示を待つ。
「まだローグさんはいらっしゃっていないみたいだね」
ライザーの言葉に俺も辺りを見回す。確かにローグさんらしき人影はない。
しかし俺たちの少し離れた左方向にハリサキとシモンがいた。シモンが何か話しているのをハリサキが真剣な表情で聞いている。恐らく今の状況を教えてもらっているのだろう。
そんな事を考えていると、次に右方向から複数の足音が聞こえてくる。振り返って見ると、セレアがローグさん等騎士複数名を引き連れてこちらに向かっていた。
セレア達が集団の近くまで来て歩を止める。
そして、ローグさんとセレアが互いの顔を見て、最終確認をしたかのように小さく頷く。
「騎士達諸君、突然の召集に集まってくれて感謝する!」
ローグさんが語り始める。騎士一同、住民達は黙って彼の声を聞く。
「今回集まってもらった理由は見ての通りだ。犯行は昨夜から今日の早朝までの時間帯だと思われるが、何か心当たりのある者はいるか? 昨日ここを最後に出た者がいてくれたら助かる」
ローグさんの言葉に周りがざわつき始める。
「あの……」
遠慮がちに上がった手に一斉に注目が集まる。見ると、若い男性騎士だった。
「自分が最後です。け、けどその時は飾りも屋台も無事でした! なっ!?」
その男の隣にいた同じくらいの男は同意を求められ、首を縦に降る。
「ふむ、ちなみに帰ったのは何時頃か分かるかい?」
「えっと、七時過ぎぐらいです」
「ありがとう。助かったよ。他に何かないかい? どんなに些細なことでもいい」
ローグさんが全体に呼びかける。騎士達の間でざわめきの波が端から端へと伝わっていく。しかし、一向に新しい情報が出てこない。
「やれやれ、これじゃ手がかりはなさそうだね」
隣でライザーが苦笑する。俺も同意見だ。
そうだな、と適当に返事をしようと思って口を開いた。まさにその瞬間だった。
「あー! そー言えばカケルって奴が夜遅くにここを通ったのを見たような……」
どこからかそんな声がするが、騎士達は声の方向へは振り向かなかった。代わりにこちらに視線を向けてくる。
誰だ!? 今言った奴!
「カケル君今の話は本当かな?」
見るとローグさんがこちらを見て問いかけている。その後ろで、セレアが心配そうにこちらを見ていた。
「まあ、通ったのは本当ですけど」
周囲が騒つく。それは先程までのものとは違い、俺の体を針で刺すようなそんな居心地の悪さを覚える。
まずいな。何か言われる前に弁解しておこう。そう思い、口を開きかける。
「じゃあ、こいつが犯人で決定だ。どうせ証人もいないだろ?」
しかし、またも謎の声に遮られる。それだけでない。今の言葉で証人が必要となった。先ほどの若い男は自分の隣にいる男を証人に出した。すなわち、こちらも誰か証人を出さないといけないという空気になってしまったのだ。しかし一人で歩いていたので、当然証人はいない。
ていうか、マジで今言ったの誰だよ。
思考を巡らせて、沈黙になったのがいけなかったのだろう。周りの騎士達の目が疑いから次第に確信に、そして弾圧の目へと姿を変えていく。俺の沈黙を肯定と受け取ったのだろう。
ざわざわと俺を中心に騒がしくなる。一つ一つの言葉は聞き取れないが、耳に入ってくるだけで体の内側から張り裂けそうな気持ちになる。
騒めきはどんどん膨れ上がっていく。
突然、パァンという両手を打ち合わせた音が騒めきを遮る。音の発生方向を見ると、どうやらローグさんがしたものらしい。
「騎士達よ、落ち着きたまえ」
ローグさんの鶴の一声に水を打ったように静かになる。その声がいつもより心なしか低かったように思えた。
「今の情報を発言した者は挙手せよ。話が聞きたい」
ローグさんはそう言ってしばらく待つ。しかし、一向に手が上がる気配がない。
エスバルの街が妙な静寂に包まれる。
「……今日はこれで解散とします。作業の方達は壊されたものの片付け、修復をお願いします。屋台に関しては予備のものを使ってください」
セレアが見かねてそう言い、それぞれが思い思いの方へと散っていった。
俺はライザーと別れてローグさんの所へと歩を進める。
すれ違い様に向けられる視線は先程と変わらない敵意の目だ。別に彼らが悪いわけではない。彼らも祭りの妨害をする者を直ぐに捕らえたいだけなのだ。しかし、騎士には俺の事を良く思っていない者もいる。その人達が向ける視線には鬼の首を取ったような、勝ち誇ったような色も見せる。大方、いい気味だとでも思っているのだろう。全く祭りの開催が危うくなる可能性もあるのに呑気なものだ。
そんな視線を極力意識しないように気をつけてローグさんの下へ行く。彼はセレアと何か話していた。俺はそれが終わるのを待ってローグさんに話しかける。話し終えたセレアと目が合った。ひどく心配そうな目をしていたが、それも今は無視する。
「ローグさん」
俺の呼びかけにローグさんはこちらを向く。
「先程はありがとうございました」
「気にすることはない。……参考までに聞くが、君が通った時、飾りや屋台はどうなっていた?」
「確か、まだ壊されていなかったと思います」
暗かったし、ちゃんと見たわけではないので曖昧な答えしか出来ない。
「ありがとう。作業に戻っていいよ」
俺は軽く頭を下げてその場を離れる。作業と言っても俺はすることはない。
「カケル」
もう帰ろうかと思っていると不意に名前を呼ばれた。
振り返るとセレアがこちらに駆け寄って来ていた。彼女はいつものように外に出る時用の赤いフードを被っている。
「なんか用か?」
「うん。その……大丈夫? ……色々と」
言葉が段々と弱まっていく。セレアは前で両手を絡め合わせ言いにくそうにもじもじしていた。
俺が騎士に入ったのは彼女の勧誘があったからだ。しかし、そのせいで俺が騎士団の中でどういう立場にいるのか先ほどの召集でわかってしまったのだろう。それに負い目を感じているらしい。
だが、彼女のせいではない。全ては俺が選択した事だ。彼女の勧誘があり、俺はそれを受けた。ならばそれに起因する出来事に対して俺の方に責任が発生する。
彼女が責任を感じているなら、俺はそれを取り払うことこそが俺の責任の取り方だ。
「別に大丈夫さ」
「ほんとに?」
セレアは上目遣いでこちらを見てくる。
「問題ない。むしろ今までの人生でこんなにも認識されたことに喜びすら感じているまである」
セレアが呆けた顔をして動かなくなった。
なんか変なこと言ったか、俺? 言ったな、俺。冷たい視線で喜びを感じるとかどんなドM発言だよ。
しかし彼女はハッと我に返り、自然に溢れたかのような笑顔をつくる。
「そんな軽口叩けるなら問題なさそうね」
「だからそう言っているだろ?」
「そうね。だけど、きつくなったらちゃんと私に言うのよ」
「それは命令ですか、国王様?」
俺が冗談めかしに言うと、セレアはううん、と首を横に振る。
「お願い、かな。友達として。ていうか、約束でしょ?」
そう言って、彼女は仕事に戻るとその場を後にした。
俺もそのまま帰路に着く。
『絶対に嘘をつかない』
俺と彼女が交わした約束である。人間は嘘をつく生き物だ。そんな約束したとしても意味はない。しかしその約束が俺と彼女を結んでいる。
彼女の願いは温かく包み込むような声だった。その声色がやけに耳に残った。




