27 その眼鏡少女、指導する
二度目の病院生活が午前中で終わり、午後から仕事に行くこともなく屋敷に戻る。セレアやローグさんにもその事は伝えてある。
どんよりとした雲が空を覆っている。雨こそ降ってはいないが、いつ降り始めてもおかしくない。そのせいか街を行きゆく人々の歩く足が速くなる。俺もその流れになるかのように早々に屋敷に戻る。
屋敷に帰り着き、簡単に昼食を済ませる。その後何をしようか手持ち無沙汰でいたところ、タイミングよくタブレットが鳴る。
知らない番号だ。出ないでおこう。マンションの押し売りとかだったらめんどくさいし。……異世界にもマンションはあるかは知らないが。
仕事が休みの時に趣味がないから何をしていいかわからないと言っていた親戚のおじさんみたいな状況になりかけてないか? それは精神的にきつい。俺まだ十六ですよ。……もう、寝とこう。
俺はそのままリビングのソファで、睡眠をとることにした。
***
一体何時間くらい眠っていただろうか。ふと高い音を微かに感じたり、目を覚ます。
体を起こすが、特に変わったところはない。気のせいか、と結論づけて再度眠りにつこうとする。
すると、ピンポーンという軽快な音が聞こえる。誰か来たようだ。俺はまた体を起こし、寝室を出て玄関に向かう。
扉を開けると、そのには眼鏡をかけた少女が待ちくたびれた様子で立っていた。
銃撃隊隊長、針崎みらのだ。女性用の騎士服を着て、ライフルケースを右肩に背負っていた。左手には袋を提げている。何が入っているのかは知らない。
「ハリサキ? どうしたんだ?」
「あなた電話したのに出なかったでしょ」
先ほどの電話はハリサキからだったようだ。なんで俺の家を知っているんだ、と思ったがセレアのことが頭に浮かぶ。彼女に聞いたのだろう。
「悪いな。なんか用だったのか?」
「あなたがこの間、VBの使い方を教えてくれって言ったでしょう。私今日は午後から暇だし、今なら教えてもいいわよ」
このまま惰眠をむさぼる選択肢もあるが、それ以外で特にやることはない。昼寝の前にも考えて、何もすることがない現実に落ち込んだくらいだ。
当然、俺はその誘いを受けることにした。
***
アルバーレ王国の王女にしてリグルートの代表、セレアが住む城から少し離れた場所にある建物が銃撃隊がいつも練習しているところらしい。目的地には建物が二軒あった。一つは大きく、もう一方はそれをそのまま一回り小さくした感じだ。ちょうど相似のような関係になっている。
「なんで同じ形の建物が隣同士にあるんだ?」
「長距離射撃用と中距離射撃用よ。私みたいなスナイパーライフルを使う人達は大きい方の建物で練習をしているの。小さい方はハンドガンとかを使う人達が使うわ。あなたはこっちよ」
そう言ってハリサキは小さい方の建物へと向かう。俺もあとを追う。
そこの建物は三つに区切られていた。出入り口の手前側にはベンチや自販機が置いていた。中間地点には狙撃者が立つ場所が作られていて、奥側には的となる、大きな円の中に徐々に小さくしていったような円が書かれた的が十列横に並んであった。
俺たちが入ると人がいなくて、静まりかえっていた。
「銃撃隊の練習はないのか?」
「今日の午後はどこの班も使わない日なの」
ハリサキはそう言って、手提げ袋の中から取り出したものを俺に渡す。
ずっしりとした重量感に思わず取りこぼしそうになるが、しっかりと手に取り渡されたものを見る。そこには光に反射して銀色に冷たく光る拳銃があった。
「一応銃撃隊の備品だけど、使う人もいないしあげるわ」
「お、おう」
ハリサキは生返事をする俺を怪訝そうに見るが、俺はそれどころではない。生まれて初めて拳銃を手にして、俺は心臓が急速に脈打つのを感じた。
別に武器を持ったのはこれが初めてではない。ライトソードで何度も戦っている。しかし、それはライトソードは人を殺すことはないという安心感に似たものがあったお陰でそこまで気にすることはなかったからだ。
今持っている冷たい拳銃は、バーチャルバレットは人を殺すかもしれない道具だ。その事は昨日の事件で嫌と言うほど思い知らされた。それこそ文字通り身をもって学んだ。
それが多少とは言えトラウマになっているのだろう。教えて欲しいと言っておいてなんだが、少し恐怖を感じていた。
俺が渡された拳銃を見つめていると、ハリサキははあ、とため息を漏らす。
「そんなに身構えなくても大丈夫よ。昨日あなたを襲った攻撃性の高い弾は魔力を練るのが難しいから、そうそう用意できる人はいないわ」
彼女は昨日の件について知っているみたいだ。セレアから聞いたのだろう。
「そうか。……悪い、待たせたな。始めてくれ」
ハリサキの言葉で気分が軽くなったわけでも気持ち的にも楽にはなったわけでもないが、これ以上待たせるわけにはいかない。
「わかったわ。まず弾は魔力を練ることによって作られるの。威力が強いほど必要魔力量も多くなるわ。魔力を練る時に媒介のような働きをするのがタブレットよ。これを弾倉に入れて、魔力を練るのが自動拳銃の使い方よ」
ハリサキは説明しながら自分のライフルケースから彼女の肩まで届くくらいの長さのスナイパーライフルを取り出す。
「一方でスナイパーライフルは銃床にタブレットを入れるの。あなたは自動拳銃だから関係ないわね。……あ、その前にバーチャルバレットはタブレットに倉庫機能に入れないといけないからまずはそれからしましょう」
「わかった。よろしくな」
俺はタブレットを取り出し、ハリサキに差し出す。
「……自分ではしないのね」
そこは適材適所ということで。その方が早いしな。この言葉は相手に仕事を押し付けたい時に使うととても便利だ。適材適所、素晴らしい言葉だ。
あきれた表情でタブレットを受け取り、勝手知ったるという様子で滞りなくタブレットの画面を打つ。
ほんの数十秒でハリサキは俺にタブレットを返す。
「はい。これであなたもバーチャルバレットを使えるわ」
「サンキュー」
俺は先程の説明の通りに弾倉を取り、タブレットを入れる。縦横十センチにも満たない電子機器はなんの抵抗もなく入った。
「じゃあ試しにあそこの的に向けて撃ってみて。前傾姿勢で標的を自分の正面に持ってきて……えっと、それから――」
ハリサキが言った通りに体や腕、指を動かす。彼女の指示が聞こえなくなり、俺はゆっくりと引き金を引く。
掌から肩にかけて重い衝撃が走る。それとほぼ同時に銃身が小さく輝き、銃口から白い光の弾が放出される。それは真っ直ぐ空気を裂くように進み狙った的に命中して、弾ける。
「真ん中に命中したようね」
ハリサキの方を見ると、スナイパーライフルのスコープを覗き込んで的の方を見ていた。
「今のがバーチャルバレットが初めて使われた当時からあった練習用の弾よ。次は実戦的なので一番簡単な麻痺弾をやってみましょう。一度タブレットを出してそれから倉庫機能で麻痺弾を選択して」
俺は言われた通りに倉庫機能を開く。そこには数多くの弾丸の種類があった。大きさに形それにその効力が選べるようになっている。当然、大きさは銃口に合うサイズだ。ちなみに俺が今持っているシルバー色の銃の銃口は九ミリらしい。
弾丸の大きさや形は変えずに効力を『無し』から麻痺弾に変えて弾倉に入れ直す。
そして先程のハリサキの助言を思い出しながら、再び引き金を引く。
今度も腕全体に衝撃が走り、遅れて痺れが襲う。それとほぼ同じに今度はレモン色の光の弾丸が放たれる。そして的に当たり、今度は弾けずに当たった箇所を中心としてレモン色の光がいくつもの線に分かれる。そしてそれが標的の全体をまとわりつくように駆け巡り消えていった。
「真ん中よりも少しずれてるわ。まあ、初めてだからこんなものかな。今からひたすら撃ちなさい。中距離射撃は専門外だけど初歩的なことくらいなら教えることができると思うわ」
「じゃあなんでスナイパーライフルにしなかったんだよ」
「あなたはセレアの護衛騎士でしょう? スナイパーライフルなんか持っていても使う機会なんて限られてくるわよ」
「あ、そうか」
一応はセレアの護衛騎士として仕事を与えてもらっている。つまり俺はセレアの近くで護衛をして、近辺に怪しい奴とか害を加えるような奴が居たら捕まえるなり何なりしなければいけない。その時使いやすいのはスナイパーライフルとハンドガンのどちらかなんて考えるまでもない。
「そうか。意外と考えてくれてたんだな」
「意外と、は余計よ」
冷めた目線でじろりと睨まれる。
「ハリサキさんにカケル君? こんなところで何しているの?」
出入り口の方を振り向くと、ドアノブに手をかけて立っているシモンの姿があった。
「ハリサキにバーチャルバレットの撃ち方を教えてもらっていたんだ」
俺がそう言っている間に、シモンは俺たちがいる中間の部屋に入る。そして彼は俺の話を聞き、俺が持っているシルバー色のハンドガン式バーチャルバレットを見て鷹揚に頷く。
「なるほど。……それなら僕が教えようか? 僕もハンドガン式の方を使うことがあるし、スナイパーライフル専門のハリサキさんよりは少しだけ詳しく教えられるかもしれない」
「……そうね。……スナイパーライフルしか使えない私よりはいいかもね」
「あ、いや、違っ。そういう意味じゃ……」
声が低くなるハリサキにシモンは慌てて言い訳を述べる。
「まあ、それでいいわ。終わったら言ってちょうだい」
そのまま、ハリサキは出入り口のある部屋に行き、ベンチに腰掛ける。
「じ、じゃあ始めようか」
シモンの開始宣言の下、バーチャルバレットの練習が始まった。




