12 その貴族、強し
*
「まずいぞ……。ライザーが来るとなると計画に支障がでる。こんなことなら無理にでもライザーの催眠防止機能を解除させるべきだったか」
ジャロウはアナザーの研究室の更に奥の部屋に移動していた。もちろんセレアもそこにいる。
ジャロウは部屋の中をウロウロと歩き、額に脂汗を垂らしている。
セレアは縛られた状態で床に直接座り込んでいる。最悪な状況だが、ジャロウの慌てている様子を見て幾らかは落ち着きを取り戻していた。それ以外にも二人の心強い味方が来てくれたこともあるかもしれない。片方は彼女にとって予想外だったが。
セレアは身体の痺れが徐々に取れているので自分を縛っている縄を解こうとする。ジャロウに気づかれないように慎重になっているせいか中々解けない。セレアは若干焦りを覚えるも懸命に突破口を模索する。
「いざとなれば儂も参戦せざるえないな」
そう言ってジャロウはライトソードを取り出す。彼は騎士団の約半数を操っている。たとえ貴族でも禁止されているライトソードの無許可所持も簡単にできてしまう。
貴族であるジャロウも幼い頃に数々の教育を受けている。それには剣術も含まれていて、セレア程ではないがそれなりの腕前がある。
「それにアレもあるしな」
ジャロウが言い終わると同時にドアの方から軽快な音が鳴る。誰かが解錠したようだ。
「アキヒロか、随分早いな」
ジャロウは来客用のソファに座り、呟く。絶対な自信があるのか深く座っている。
「ふん、ライザーも所詮大したことはなかったようだな」
ジャロウはつまらなそうに言い、扉を見る。
直後、出入り口の扉が横にスライドする。ジャロウは驚きのあまり目を大きく開く。
ドアからの来室者はアキヒロでも、ライザーでもなかった。
現れたのは、黒髪の少年一人だった。
「カケル……」
セレアは彼を見た途端、彼の名前を自然と口にしていた。
「セレア、待たせたな」
彼は待ち合わせに遅れたかのような口調で言う。セレアはまるでこの状況が大したことないと言っているように聞こえた。
息を切らしながらカケルはそのまま部屋に足を踏み入れる。
「な、なんだ貴様は? ……アキヒロは、アキヒロはどうした?」
ジャロウは予想もしなかった相手に戸惑いながらも口を開く。
予想もしなかったと言うよりはできなかったのだ。何せカケルと会うのは初めてなのだから、予想も何もない。
「アキヒロならライザーに任せたよ。後はお前だけだ、ジャロウ。さあ、チェックメイトだ」
カケルは不敵に笑い、はっきりと勝利宣言をした。
*
「く、ククク」
ジャロウが気持ちを抑えるように体をくの字に曲げている。
「わははははははははははは!」
突然、堪えていたものが決壊したようにジャロウは笑い出す。
「儂を倒すつもりでいるのか、小僧⁉︎ ナメられたものだ。よほどの世間知らずらしいな。『女神の加護者』並だな」
「生憎、その通りなんでその手の皮肉は俺には効かないんで」
「何?」
ジャロウがピクリと眉を上げる。
「そうか、本当に『女神の加護者』だったか。小僧、プレアを儂に売らんか? 引き換えに儂が何でも叶えてやる。 金でも、名誉でも、地位でも、女でも、全て叶えてやる」
一変、ジャロウが好意的に話しかけてくる。
……悪くない取引だ。
チラッと視界の隅にいるセレアを見る。彼女もこちらを見ている。そう、真っ直ぐこちらを力強い目をしながら。
「何でも、か?」
俺の言葉に対峙している中年貴族は欲望にまみれた笑顔をつくる。
「ああ、もちろんだ。約束するぞ」
「大金持ちでも、偉くなりたいとかでも、ハーレムでも、何でもだな!」
「そうだ。そちらの願いを叶えてからでもいい。だらかこちらにプレアを――」
ジャロウは待ちきれないというように手を伸ばす。俺はゆっくり息を吸い、噛まないように気をつけながら告げる。
「いや、遠慮しときます。あんたみたいなのと組みたくないし」
ブチィ、とこめかみから聞こえそうなほど、ジャロウは額に血管を浮かべていた。
そのまま中年貴族はライトソードを起動し、俺を睨みつける。
「どうやら躾がなっとらんらしいのぉ! 貴族をコケにしたこと、後悔させてやるわァァァァ!」
ジャロウが駆け出す。見た目に似合わず、結構速い。
「……っと!」
俺も即座に起動したライトソードでジャロウの攻撃を食い止める。
一撃がかなり重い。あの速さといい、かなり運動は得意なのかもしれない。
そのままジャロウの攻撃ラッシュに入る。必死にライトソードを盾にして食い止めるが、ライトソードがぶつかる度に手に衝撃が走る。
「はっ! 大口叩いた割にはその程度か!」
ジャロウが嘲笑し、挑発する。段々とジャロウが大振りになっていく。舐めきっていることが明らかに分かる。
「……そこだっ!」
俺は大振りの隙を突いて胴体に斬りかかる。
――もらった!
が、その攻撃はいとも簡単にライトソードで弾かれる。
「なっ……!」
驚きジャロウの顔を見る。馬鹿にしたようなニヤニヤした、不快な顔をしていた。
しまった、誘われた!
そう思うが、すでに時は遅し。次の行動に移るのはジャロウの方が早かった。ジャロウは逆に無防備になった俺の腹部目掛けて鋭い蹴りを入れる。
「かはっ……!」
肺から空気を絞り出すような掠れた声が出て、俺は後方に吹き飛ぶ。
「カケル!」
背中に校長室にあるような机とぶつかった衝撃が伝わる。セレアの声に横を向くと、数歩先にセレアがいた。大分飛ばされたようだ。
セレアが言っていた。貴族はみんな剣術を学ぶ、と。つまりジャロウも見た目はともかく俺よりも長く剣術を学んできたのだ。簡単に倒せるはずがない。
「だ、だい、じょうぶ、だ」
俺はなんとか返事をして、考える。それでも、その経験の差を抜きにしても何かあると。
「おいおっさん、何か……使っているだろ」
俺はジャロウに問う。
おかしいのだ。人一人が助走もしていない蹴りで数メートル飛ばされるのは。
おかしいのだ。プレアで聖騎士並に強くなっている俺が防戦一方になるのは。
俺の苦しそうな表情を見て、ジャロウは愉快そうに笑う。
「何もせずに戦っているとでも思ったのか? この服の下には魔導機械を仕込んでいる。身体能力を何倍にも高めるものだ。確かアキヒロは試作品だと言っておったが、これでも十分素晴らしい代物だ」
ジャロウは自慢げに体を広げて語る。
これは一人で相手にするのは厳しそうだ。ライザーが足止めしているからとはいえ、いつ増援が来るかわからない。
「……カケル」
俺がアイディアを探していると、セレアから呼ばれる。
「縄を解いてくれないかしら?」
彼女はそこで区切って、はっきりと告げる。
「私も戦うわ」
俺はその言葉を聞いて耳を疑い、彼女の方を見ると真っ直ぐな目でこちらを見ていた。




