神が先か、人が先か
さて、私が纏う魔素の量が人並み外れていて、その豊富な資源をうまく運用できていないらしい理由もわかった。
が、まだ一つだけ気になることが残っている。
私のその特異体質の根本的な原因について、である。
「魔素についてのお話は大体理解できたと思います。ありがとうございました。でも、そもそも何で私はそんなに沢山魔素を持っているんでしょうか?」
「豊穣の女神の言葉も鑑みるに、貴方は元々魔素の扱いに優れた才能を持っていたのではないでしょうか
? そして、その才能がわざわいしてか、通常ではありえないような、異界人の魂が獣に宿るなどという珍事を引き起こした……といったところでしょうか」
「魂の質がどうのこうのって話でしたね。異界人は魔素の扱いに優れるって話でしたけど、そういう才能って魂依存なんですか?」
「消去法で考えると、異界人についてはそうだと言えるかもしれません。生まれる前の記憶をそのまま引き継ぐ、というのは異界人特有の現象ですからね。こちらでは、記憶を保ったまま他の生き物へ生まれた事例はありません。とは言っても、死後の魂の行方すら解明されていませんけどね。機器や術式で観測できるような代物では無いですから」
「でも、魂っていう存在自体はあるんですよね。神様も魂って言葉を使ってましたし……」
「別に魂の存在を否定しているわけではありませんよ。……まあ、神が常に正しいことを言うとも限りませんが」
「え?」
ラグは何かを思い出したかのように遠くを見ながら、冷めた声色で最後にぽつりと零した。
研究者らしく、理性的に説明を行っている時とはまったく違う、何処か感傷的な様だった。
神についての何が、彼をそのようにたらしめたのか。
「えっーと、神様のこと嫌いなんですか?」
「好きでも嫌いでもないですよ」
「でも、神様の言うことが正しいとは限らないって……」
「好きでも嫌いでもないが、神という存在そのものについては極めて懐疑的、なんだよな。 なあ、ラグ?」
「……ええ、仰る通りです」
シンが訳知り顔で、ラグへ確かめるように、気安い調子で言った。
ラグは多くは語りたくは無さそうだったが、シンの言葉をそのまま肯定して見せた。
神像を神殿に飾り、巫女や神官という職業が存在するこの世界、まさか神に懐疑的な人物がいるとは思わなかった。
実際に神が加護を与えることもあるというのに、何故ラグは神に不信感を持っているのだろうか?
「神様が姿を現したり、人に加護を与えたり、っていうことはあるみたいですけど……」
「神がいないってことじゃなくて、神っていう概念が疑わしいんだと」
「どういうことですか?」
「神が人を創ったのではなく、人が神を創った。だっけか? それがこいつの持論だ」
「それをこの国で堂々と言っちゃあ、まずいんじゃないか?」
思わず、と言った風にグレゴリーが口を挟んだ。
確かにこの国の宗教観的にはとてもまずい説だと思う。
しかし、グレゴリーもその国の国民なわけだが、何だかちょっと一歩引いたような視点で突っ込んでいるような、妙な違和感がある。
ローサはどうだろうか、と反応を見たが、相変わらずグレゴリーの後ろにいる。
この場で目立とうとしない態度はそのままで、特にラグの発言に動揺した様子も無い。
「そうだな、相当まずい発言だった」
「だった?」
「そ。それで宗教観を無視した研究をした結果、研究界から追い出されたってわけだけど」
「それが研究界を追い出された理由ってことか。確かにそりゃあ、相当な変わり者だな」
「……私は間違ったことを言っていませんよ」
ははあん、と納得が言った様子でグレゴリーが本人を目の前にして変わり者だと称した。
だが、ラグは頑として持論を撤回するつもりは無いようだった。むしろ、自分は間違っていないと強気の姿勢である。
研究界を追い出されるほど、過激な発言だった、ということらしいが、それを拾ったフォルティエ家は確か代々巫女や神官を輩出している家系ではなかっただろうか?
この繋がりが表沙汰になることは、まずいというレベルを超越しているような気もするのだが。
当のシンは、どこ吹く風、といった様子だが。
と言うかこの場にいる全員が、ラグの持論にあまり動じていない気もする。
たまたまとても信仰心が薄い人間が集まっているのだろうか。
先ほどから、何か喉に小骨に引っかかっているかのように、違和感がずっと尾を引いている。
それが何なのか確かめたくて、部屋に点在する人物全員を見渡して、疑問を口にした。
「何だか、皆割と他人事みたいですね。あんまり動じていないっていうか……」
「ん? ああ、そう見えるのは、俺もこいつも、あまり神とかそういった類のもんに縁のある生活じゃ無かったからかもしれねえな」
「神って、人にとって都合の良い存在でも無い……ってのはわかるかな」
グレゴリーとローサの発言の端々から、昔相当苦労したのではないかという境遇が察せられた。
特にローサからは信じても神は救ってくれない、といった感情がひしひしと伝わってくる。
「フォルティエって、巫女とか神官の家でしたよね? シンは、どうしてそんなに平然としてるんですか?」
「俺の価値観が独特だからとか?」
「何で疑問形なんですか……」
「いやあ、だって気にならないもんは気にならないし。それに俺、別に神官じゃないしな。そういうお前も、あんまり気にしてない方なんじゃね?」
「私は異界人ですし……。あんまり信仰心があつい国じゃなかったもので」
「ふうん? じゃあ、俺もあんまり信仰心があつくないからってことでよろしく」
「なんか投げやりですね」
相変わらず、飄々と掴みどころのない発言をする男だ。
だが、この国の一般的な価値観とはかなりかけ離れた感覚を持っているらしいことはわかった。
フォルティエの変人という噂もあながち間違ってい無さそうである。
「何かあんま信仰心無い人間ばっか集まってるみたいだし、詳しい話、教えてやれば?」
「確かに、随分と変わった価値観の者ばかりのようですか……」
「ははは、お前の仲間だな」
「貴方も似たようなものでしょう」
「それじゃ、皆仲間だ。良かったな」
仲間認定を受けて、私は思わず苦笑を浮かべた。
確かにそれぞれがどこか変わったところがあるようだが、シンが一番突き抜けていると思う。
特に咎めだてするでもない私達に、ようやく話しても良いと判断したのか、ラグが主に私の顔を見て言った。
「フム……。まあ、貴方とまったく無関係の話でもない……簡単にお話させて頂きましょうか」
「あれ、神様と私に何か関係が?」
「これも結局は魔素の話ですからね。魔素への理解を深めることは、悪いことではないでしょう」
「はい。えっと、勉強頑張りますね」
「向上心が豊かなのは良い心がけです。さて、魔素が生き物の精神に反応を示し、その性質を変化させるという話を先ほどしましたね」
「やる気を出せば出すほどすごいことができるとか」
「そうです。そして、多くの人は神の実在を信じています。多くの人の思念が、神という同一の存在に向けられているわけです。そして、近年、神という存在は濃密な魔素によって構成されている、と竜の目により観測されました。ちなみに観測をしたのは、私です」
「ええっと……」
「つまり、神とは数多の人の無意識によって形作られた大規模な魔術の一種なのではないか? というのが、私の持論です」
「何だかえらく壮大な話ですね……。でも、それってありえなくもない、と思います」
「貴方は異界人だから、そう言えるのでしょうね」
私の拙い返事に、ラグは疲れたようにため息を吐いた。
しかし、己の研究を信じてくれる存在が嬉しかったのだろうか、その声色は言葉に反して案外優しげだった。
それに驚いて目を瞬かせると、ラグは照れ隠しをするかのように、やや早口で締めに入った。
「さて、私の話はこんなところです。もう良いでしょうか? 私は次はそのドラゴンを調べたいのですが」
「色々詳しく教えて頂けて本当に助かりました。サイアムは……ええっと、解剖とか、しないなら……?」
「少し触診させて頂くだけなので貴方が心配するようなことはしませんよ」
「どうか優しくお願いしますね……。グレゴリー、サイアムを渡してあげて」
「ん、ああ。こいつ、すげえ熟睡してるみたいなんだが……」
「すぴー」
長話をすると、サイアムは十中八九寝てしまうようだ。
まあ、知能が高いとはいえまだ子どもである。難しい話はあまりわからないのだろう。
そもそも人の言うことをどこまで理解できているかはサイアムのみぞ知る、だが。
「寝たままでも問題ありません。そこの台の上に置いて頂けますか?」
「おうよ」
示された病院の診察台のような場所に、グレゴリーがそっとサイアムを置いた。
脱力しているせいで、腹を晒したままのだらしのない格好で寝息をすぴすぴと立てている。
紙とペンを持ったラグは、サイアムを触りながら、メモやスケッチをとり始めた。
もうすっかり研究モードに没入したようで、ラグとサイアムの周囲には二人だけの世界が形成されているようだった。
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