異世界の不思議物質
「アナグマがドラゴンとか超やばくね?」
「う、ううむ? 俺にはいまいちようわからんのだが……」
「……」
周囲の反応も三者三様である。共通しているのは、誰もが困惑した様子だということ。
意外と簡易な検査で告げられた珍妙な診断結果に、何かの間違いではないのかと確認してみた。
「えーっと、でも私、アナグマですよ」
「種族的な話ではなくて、構成魔素の濃度の話です」
「構成魔素……。そう言えば魔素の多さとかで色々判断してるようですけど、そもそも魔素ってどういうものなんでしょうか?」
「そうですね……。貴方にはその辺の話を理解して頂いた方がよろしいでしょう。おそらく、あなたの自意識と、あなたの身体的な感覚、およびに能力の限界値に関わっているかと」
「それってつまり?」
「貴方がやろうと思えば、現時点よりも飛躍的に能力を向上させることができるかもしれません。潜在的には魔素を視認することも、あらゆる魔術を行使することも、もしかしたら空を飛べたりもできるかもしれない、という話ですね」
「ええ?」
ちょっとそれはいきなり超人になりすぎではないだろうか?
今の運動神経がとても優れているだけの状態との、あまりの差に、私はすんなりとその仮説を信じられそうもなかった。
私の怪訝な声に、ラグは眉間に少し皺をよせて難しい顔をした。
「あまり信じていないようですね」
「まあ、いきなりそんなことを言われても……。魔術が使えるって言われても、魔術の仕組みなんて全然知りませんし」
「異界には魔術も魔素も存在しないらしいですね」
「そうです」
「そして科学技術が非常に発達していると。科学的に証明できない事象はあまり信じない風潮もあるそうですね」
「ええっと、何だかかなり詳しいですね?」
「異界人から直接、根掘り葉掘り色々と聞いたもので」
「私の他にも会ったことあるんですか?」
「御存じないのですか? こちらにいらっしゃる異界人のこと」
「ええっと、そういえば知識の神様がこの町に他の異界人がいるって言っていたような……。その人、今どこにいらっしゃるんでしょうか?」
あの食えないフクロウ顔の神様は、寂しければ訪ねてみるのもよかろうなんてのたまっていたが、詳しい情報は何も教えて貰えなかったのだった。
この広い町からたった一人を見つけ出すのは困難だったのと、ここ数日忙しかったせいですっかりと頭の中から消え去ってしまっていた。
その人物と会ったことのあるラグから何か聞けるかもしれないと、すかさず尋ねてみた。
しかし、私の方からちらと視線を逸らして出てきた言葉は明確な拒否だった。
「私からお教えできることは何もありませんね」
「そ、そうですか……。知識の神様も教えてくれませんでしたし、居場所がばれたらまずいとか、そんな事情があったりするんでしょうか」
「……まあ、そのうち会えるんじゃないでしょうか? それほど悲観的にならなくとも良いと思いますよ」
「はあ」
教えないと言ったと思えば、意味深なことを言ったりして、あまり振り回すようなことは言わないで欲しい。
少し微妙になった場の空気を入れ替えるためか、シンが話題の軌道修正を図った。
「異界人の話じゃなくて、魔素の話をするんじゃなかったのか?」
「ああ、そうでした」
これから聞くことは、私という存在の根幹にかかわってくるかもしれない。
異界人についての話でしょんぼりと丸まっていた背筋を伸ばし、佇まいを正してちゃんと聞く態勢になった。
「魔素とは、この世をめぐっている、通常は視認することができない物質です。量に差はあれど、あらゆる生き物の構成物質にも含まれています。人間、霊命種。動物や魔物や植物にも」
「私はその量が多いんですね」
「ええ。通常、人間より霊命種の方が魔素を纏う総量は多い。それは、変性を行うためです」
「変性に魔素が関わっているんですか?」
「魔素は、生体や術式を通すことによりあらゆる性質変化や反応を起こすことができる、ある意味万能の物質です。真性体から人性体へ変化する時、大きく体の性質や構成は変化します。それらの問題を補完するために、魔素を用いているのです」
「あれ、じゃあ私って実は既に魔素を普通に扱えてるんですか?」
「ええ、そうですね」
つまり、霊命種が皆行う変性という行為は、ある意味魔術の一種ということだろうか。
気付かぬうちに、私も既に立派に魔術を使っていたということになる。
確かに動物から人間に変身するなんて、極めてファンタジーな光景ではある。が、なんとなくでできてしまったため、霊命種は皆できるものだからできる、くらいにしか考えていなかった。
「魔素を性質変化させる手段は色々とありますが、最も強く反応を示すのは生体を通した場合です。それは生き物が発するとある信号による作用だと私は考えています」
「とある信号?」
「やや曖昧な表現になりますが、わかりやすく言えば意志、やる気、精神力……あたりでしょうか?」
「何だか意外とふわっとしてますね」
「あまり観測する技術が発達していないもので。極論になりますが、魔素の扱いに優れているなら、思い込めば大概のことはできるということです」
「何だかすごい話ですね」
「他人事のように言いますが、つまりそれは貴方のことですよ」
「わ、私がですか……」
ラグの持論によると、私は魔素が豊富にあって、しかも魔素の扱いに優れているので色々とすごいことができるらしい。
とは言っても、具体的に魔素の反応がいか様なバリエーションがあるのか分からないので、火を吹いたりできるのかな、ぐらいしか思いつかない。
「貴方は異界人気分がどうも抜けきっていないようですね。貴方は貴方が元いた場所の常識に囚われすぎています」
「まあ、あちらに住んでいた年数の方が多いですしね」
「貴方は異界の常識に基づいて、自身ができることとできないことを区切り、それが枷になっているのではないでしょうか?」
「そんなつもりは無いんですけど……」
「先ほども言いましたが、魔素は精神により影響される物質です。おそらく、貴方は無意識に魔術行使をし、あるいは無意識に体に制限をかけている状態になっています」
「結構ややこしい話なんですね」
「貴方の話を聞くに、必要に迫られた時にその制限は自然と緩和されているようですね。頭に血が上ったり、命の危機に瀕したり、何らかの刺激がきっかけになるようです」
「確かに、言われてみれば心当たりは無くも無いです」
思い起こしてみれば、チンピラ三人衆に絡まれた時は、火事場の馬鹿力のような感じで、急激に身体能力が引き上げられた。
それ以後、特に以前の状態に戻ることも無く、怪力をそれなりに使いこなせるようになっている。
これは、私の中で無意識にかけられていたリミッターのようなものが解除されたということか。
「要は、私がやる気を出せばすごいことができるって話なんですね」
「先ほどからそう言っているでしょう。ですが、私も貴方のような逸材は見たことがないので、一体どれほどのことが出来るかは未知数です。先ほど上げた例は全て私の推測なので、実際に貴方が空を飛べるかどうかはやってみないとわかりません」
「うーん。前例が無さ過ぎて、手探りって感じですか」
「はい。とにかく、頑張ってみてください」
「結局行きつくのは根性論なんですね……」
「魔素の扱いとは、そういうものなので。私としては不本意ですが」
とりあえず、私ができると思わなければ、できることもできなくなってしまう、ということだ。
何事もポジティブに取り組めば、私の無意識にかけられた常識という名のリミッターも解除されていくのだろう。
ドラゴン並みと言われたので、実際どこまで何ができるか考えると空恐ろしい感じもするが。
「うーん。まあ、色々試してみることにします」
「室内では建物崩壊の危険性があるので、ここで試すのはやめてください」
「えっ、そんなにすごいことする気はないんですけど……」
「万が一、もあるでしょう。貴方、何か壊して責任は取れるんですか?」
「い、いえ。軽率なことを言ってすみませんでした」
絶対にここで試すなよ、と念を押すように凄まれて、たじたじとしつつなんとか返事をした。
どうもこの人は、研究所や、研究器具を破損させられることを何よりも嫌うようである。
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