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英雄は帰る場所を求める  作者: 紅蒼べにあお
導に従っていく

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種と仕掛け

 その日は酷い筋肉痛で、特に左足に関してはまるで中から溶岩でも噴き出そうとしているように熱く、痛みを伴った。


 当然そんな状態でバイトに入れるわけがない。そしてマスターしかいなくなった。阿久井さんも休み、ゼーラもあの様子じゃ復帰は当分無理だろう。


 目の前には床に突っ伏したままの阿久井さんと居心地の悪そうなバーゼア。オミナはちゃぶ台の上に座ってるし、ゆっくり休ませて欲しい。


 「それじゃあ何か質問ある奴いるか 」


 「その体勢で喋る方がキツくないっすか 」


 「バーゼア、突っ込みを入れたら負けですよ 」


 ムスリカが珍しく気圧されている。確かに普段の阿久井さんを考えればこの姿は…。


 「じゃあまず大前提の話をしたい 」


 この前提を聞かなければ話の展開はありえない。ずっと引っかかっていた事だ。


 「あんたは、向こうの世界の人間なのか? 」


 「そこから 」


 そんなの当然だ。今まで見せられた魔力や阿久井さんの能力であるという未来視。どちらも聞き及ばないし見たこともない。未知の物で、俺や妹のように転移者だけの物なら納得は出来る。


 向こうの世界からだけと言うのなら俺たちより未来から来たという事も。


 「結論を言えば、違う。 」


 その一言に一同は安堵する。やはりと言うか、そうでなくては困ると。


 「そして、この世界の存在でもない 」


 場は凍る。


 「と言うか、お前ら向こうの世界とか定義してるけど呼び方面倒じゃねぇの? なぁそう思うよな?お前らも! 」


 誰に呼びかけているのか分からない、この場に居ない第三者への呼び掛け。


 間違いなくフザケているのだこの男。


 「だってそうだろ?! 葵! お前自分の技に名前とか付けねぇの?! どれがどうとかならねぇのかよ! 」


 「いや…別にそんな 」


 「でもっすよ。自分もなんか攻撃する時に複雑な事言いながら放つ奴と戦った事あるっす 」


 「誰かに説明するのに固有名詞なんてあって然るべきだろうが! 」


 場は冷え固まっており、ただ阿久井の言う事に流れていくばかり。


 「…確かに 」


 「オミナ様。止まって下さい 」


 「いや、こいつの言う通りよん! なんで私の魔術なんて剣舞魔術なんてかったいのよん! もっとふさわしい、美しい名前があったはずよん! 」


 「魔王様の命名した魔術名ですよ!? 」


 「魔王はその辺り固すぎたのよねん! 」


 オミナとムスリカが絵に描いたような喧嘩を始めてしまい。もう質問タイムなんて誰もが雰囲気と共に忘れつつある。


 「自分良いっすか? 」


 言ったれバーゼア。


 「どこから来たのかわかりませんが、阿久井さんは…何故この世界に来たんすかね? 」


 突然、阿久井さんは立ち上がる。その面には先程まで雰囲気を浮つかせていた男とは思えない。


 「その話をするのに、行くべき場所がある 」


 悲哀と躊躇い。僅かな郷愁が混じっている気がした。






 夕暮れ時、こうして歩くのにも一苦労だがそんなのは目の前を歩く男の背を見ればこんな痛みは無いような物だ。


 彼の背が赤いのは陽が当たっているからではない、先日の戦いでの傷が開いたらしい。昨日までは傷がある事も、そんな立ち振る舞いもここまで見せた事がないのに、どうして。


 「俺の能力…いや、魔力は特定の条件下で硬化する特性を持ってる 」


 俺の考えている事を見透かすように話始めた。


 「条件が単純な程その硬度は上がる。何も条件を付けなければ基本的に壊れない 」


 「魔力を遮るという条件でもっすか? 」


 「いや、当然だがそれも条件だ。強度は落ちる 」


 その答えは、オミナを捕らえていた者だと答えると同時に、俺が居た病院を囲っていたというあの魔力壁も阿久井さん自身が展開していたという事になる。


 「あたくしにそんな背を見せて、平気とはねん 」


 二人の空気の温度差に、明日は風邪でもひきそうだ。


 「条件はいろいろ細かいところに引っかかってくる。だが条件に上限はない、そして、展開する先も自由だ。こんな風に 」


 歩きながら挙げた手には傷があり、それも開いたものだろう。血が流れだしていたがそれは突然止まってしまう。


 「まさか、無理矢理塞いだのか?! 」


 「いえ、これは… 」


 「吐きそうねん 」


 「何したらそうなるんすか… 」


 わからない。俺の目には止血しただけにしか見えない、ただ傷を塞いだだけ、包帯を巻くのと何も変わらないのでは。


 「葵さんは感じないのでしょうが、阿久井の傷には夥しい魔力壁が展開されています。細かく、繊細で複雑に管や構成組織のような形を成しています。まるでそこに欠いた肉を嵌めるように 」


 「わからない、何か違うのか? 」


 「修復してるんですよ。自身と同じ組織を魔力壁がほぼ再現しています。 」


 「条件に上限はない。壁という絶対条件を守るのなら、どんな壁だって作れるのさ 」


  そう言いながら、阿久井の周囲に魔力壁が展開される。そこにはカフェで普段着ている制服の阿久井さんが映っていた。


 「まさか、三つ目が俺に投げた光剣が逸れたのは 」


 「少し、ズレた位置にお前が映るようにしていた、魔力探知だとほぼ同じ位置にいる様にあいつも感じたはずだ 」


 無茶苦茶だ。なんでもできると言っているのと何も変わらない、壁と定義するのだって要するに板のような形状であれば良いのならその際限はますます無いに等しい。


 こんな恐ろしい相手が、まだ敵か味方かもわからないなんて。この場において阿久井さんは信頼に値すると思っている者は一人としていないのはここまでの空気感で嫌でもわかる。


 俺たちはこのままこの男の背を追って良いのか。


 「俺のネタばらしはここまでだ。葵 」


 「え、なんだよ 」


 「まだ、見えているか? 」


 「見えて? 何を言ってる 」


 「視界には、もう映り込もうとしていないのか 」


 言われてその目を凝らしてみる。何の事かわからないが、どうしてこのタイミングなのだろうか。そうして、何が見えないのか徐々に理解し始めた。


 俺はムスリカにバーゼア、オミナ。魔族のみんなを見渡してみる、かつて感じていた罪悪感も義務感も。そして、どこで植え付けられたのかもわからない奥底の憎しみも。


 もうあの笑い声は聞こえない。俺には最後まであの幻覚がなんだったのかわからないままだったが、阿久井さんにはわかっていたのか?


 「大丈夫そうだな、それなら 」


 大きく息を吐いて、ここから話す事が重いものだと知らせる。


 「お前の母、撫子の事だ 」


 そう聞いて、動揺せずにはいられない。二つ目が話していた、あの機械たちの創造主。俺より少し前の時代に転移したと。俺の、母。


 言われて、今自分達が向かっている場所に気付いてしまった。何故なら、横には子供の頃によく遊んだ広場。


 どうして気にしなかったんだろう。見慣れた道に、一つ事が終わったと安堵していたのだろうか。


 まもなく、俺の家があった場所に戻る。

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