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英雄は帰る場所を求める  作者: 紅蒼べにあお
導に従っていく

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遅れてやってくる

 ゼーラに意識はもうない。膝をつくより顔がその地に着く。もう僅かしかない抗魔力を身体強化に回して、彼女の元に向かう。


 体の至る所が焼けて、腕はもう繋がっているのが奇跡なほどボロボロになっている。掠れる呼吸は禄に吸い切れていないのに、出ていく音だけがやたら大きい。もう死んでいないがおかしいほどに。


 それなのに、攻撃は止まない。激しさは尚健在で、三つ目はこちらに歩を進めていた。とにかく目の前の魔族を倒す事以外を考えていない。ゼーラを抱えて、俺はひたすら走りだす。とにかく攻撃を躱す、もう防げるほど抗魔力は残されていない。光剣を持ったままでは彼女を抱えていられない。


 もう何も出来ない。彼女を守る事に思考を回しているが、それすら達成させられないと諦めが勝っていた。


 その時恐ろしい考えが浮かんだ。まだ、10分経っていないのか。


 そんな事考えちゃいけない、そんな無責任な事を思って良いはずがない。結界はまだ維持されている。バーゼアは俺を信じてまだ維持をしているのに、中に居る俺がそんな事を考えて良いはずがない。


 けれど、状況は最悪。俺にはもうこれ以上何も出来ない。なら、ここから逃げ出して何が悪いというのだ。そう、ゼーラだってムスリカ達の元に行って欲しいから。だから彼女をここに置いて行けば少なくとも。


 「葵… 」


 「喋るな。このままお前を連れて結界から! 」


 「ダメ…置いていって 」


 そんな事出来るわけない、そう言い返したかった。けれど、状況はそんな甘くない事も事実で。俺もそれが正しいって思ってしまっていた。


 「葵…お願い、ムスリカさん…助けてあげて 」


 「わかってる!わかってるよ! お前はどうするんだよ! 」


 ここに残ればどうなるかなんて、今のゼーラが一番わかっている。なのになんでそんな事を今言えるんだ。お前の事を守ろうとしているのはムスリカだって同じだろうが。


 「わかんない。けど、ムスリカさんは大切だから 」


 「そうだ、魔王の言いつけ通り魔族を守らなきゃならないんだから 」


 「違う 」


 再び赤い熱線が飛んでくる、脚部に当てて自壊を狙えないかと思ったがそれを反射してきた。よけ切れず、左足に当たってしまいそのまま転んでしまう。


 なんとかゼーラを庇いながら転んだが。もうこれ以上逃げ続けられない。


 「ムスリカさんを助けて欲しい 」


 「そうだな、じゃないと魔族のみんなが 」


 「だから違うの 」


 そこで初めて俺は、ゼーラを見た。彼女の顔を見れた。


 おかしな話だ。今までも彼女の顔をずっと見てきたはずなのに、この瞬間の彼女の表情を鮮明に、現像されるようにありありと、視界の赤すら通して。


 「ムスリカさんを、助けてあげて。あの人が一番誰かに助けて欲しいのに、私には何も出来ない。けど葵は違う、貴方ならムスリカさんを助けてあげられる 」


 「なんだよそれ 」


 「わかんない。なんでだろう。ずっとムスリカさんが苦労してるのを見ていたからかな。けど、最近ようやくそう思えるようになったって言うか 」


 魔族に感情なんてない。それは俺がそう思い込まされていたから、実際にはもっと感情があっていろんな事を思う人間とそう変わりはない存在だと。それでも、ここ2か月で触れてきたどの感情とも、ゼーラの思いは違っていた。


 「ムスリカさんを助けてあげて 」


 何が違う。どう違う。俺はいつまで、彼女たちを魔族だからと、隔てていたのだろう。ゼーラにとって今守るべきは。


 妹に魔族を託された、だから守らなきゃいけない。


 守らなきゃいけない。それは目の前のゼーラだって一緒で、その為ならなんだって出来る。それが贖罪になると思っていたから。


 「ごめん、やっぱ無理だ 」


 けど、今まで何を守ってきた。何を守れてきた。それがもうわからないのに、偉そうに何を守るって言うんだ。


 辺りを見回して、光剣がどこにあるか探す。幸いにも近くまで飛ばされていたのか、地面に刺さっていた。馬鹿な真似だとわかっているが、それを抗魔力で掴んで引き寄せた。


 すかさず、ポケットから取り出した石を俺は光剣に着けた。


 意識は透き通っていた。後ろにゼーラがいるという事をしっかり感じながらも意識も視界も何もかも見えている。


 光剣を通した抗魔力がより広く、強く輝きだす。


 俺は今まで何も出来なかった。何も守れてこれなかった。だから、だから。


 降り注ぐ端末の攻撃を全て防ぐ、避けるという選択肢は絶対に出来ない。ここから一歩も下がりはしない。目の前で誰かが死ぬなんて、そんなの見たくはない。これが正解なわけがない。より多くを守れるかもしれない。その為にはこの命すら惜しくはない。


 それでもまだこの命は必要で、まだここに居なきゃいけない。薄れていた、今の俺がしたい事。それがこんなバカげた事をさせていた。


 「これ以上、誰も傷つけさせない…! 」


 それは死への覚悟。


 「こんなところで、死ぬわけにはいかない! 」


 それは生への渇望。


 本来ならあり得ない、相反するそんな感情を全力で振りかざしていた。


 三つ目がこちらを見ている。あいつの視線を今まで避ける事ばかり考えていたが。その熱線を真正面から防ぐ。光剣が赤熱し、融解しようとより赤くなる。溶ける。防げるわけがない。それでもなおここから引かない、寧ろ次に飛んでくる攻撃をどう防ぐかを考えているほどに、もう諦めてはいなかった。


 限界ギリギリ、もうこれ以上は。そんな事を一切合切振り払う、今この瞬間とその次を。赤くなる世界、赤に包まれる。何かが焼き切れつつあって。何も見えなくなっていく。





 遠くから雷が響く。それはこちらに近づくほどに大きく、より大きく雷鳴を轟かせて。


 上空で何かに直撃した。


 熱線は止み、周囲に何かが落ちる音がして、近くにより大きな物が着地する音がした。瞬きで血を目から追い出して、少し開けた世界へと目を向ける。


 そこには古びたローブを身にまとい、包帯が肌と言わないばかりに巻かれて、至るところが赤く滲んでいた。そして振り返ったその顔には、見慣れた傷が刻まれている。


 「足止めさえしてくれればって言ったんだがな 」


 阿久井さんが、そこに立っていた。

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