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英雄は帰る場所を求める  作者: 紅蒼べにあお
導に従っていく

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三つ目が降りる

 その日はいつも通りの昼前で、気温もようやく下がりつつあって日陰にいれば外に居られる暑さになっていた。


 宣告された3週間はあっという間に過ぎて、病院で告げられた日から数えれば今日には何かが向こうの世界から来る。


 魔族のみんなも今日は県外に各々逃げており、万が一何か合っても転移魔術も使用出来る様に媒体も渡してある。何かあっても良いように。


 ただし、例外者もいる。


 「暑いっすね… 」


 「俺が居た頃もう少し涼しかった気がするんだがな 」


 一人バーゼアは俺のサポートとして残っている。名指しで指名をしたのだから当然なのだが、本当に残るとは思っていなかった。


 「今日はさっさと終わらせて早いところ帰りたいな 」


 「同感っす… 」


 暑さで気が抜けている感じもするが、その表情は強張っており、俺も似た面をしているに違いない。


 「本当に来るんでしょうか? 」


 わからない。阿久井の言葉とそれまでの行動を考えれば信用は出来るが、阿久井自身が信用を損なう行動をしてきたのも事実だ。


 何か裏があるのか、それとも本当なのか。


 「或いは明日かもしれないし、俺たちはただ何かが起きてから行動出来ないのがな 」


 少しの沈黙。お互いにこのまま1日が過ぎれば良いと思いながらも予断を許さない状況が会話の合間をやけに長く感じさせる。それでも気まずさがないだけ良かった。


 「自分は正直、ここに来るのは昨日までビビってました 」


 「そんなのこっちに来てる魔族はみんなそうだろ 」


 「いえ、自分は元々戦線に居たんですよ、こっちの世界に来た魔族で自分だけが戦う場所を知ってます 」


 勿論オミナはそこに含まれないのだが。性格こそ戦いに向いてないだけで、体格や見た目は初めて見る奴はそのままの印象を受ける筈だ。


 「最初はちゃんと戦えてたんです。人間と戦う事に躊躇いはありませんでしたし 」


 こんな話を聞けば直ぐにでも光剣を抜いていたのだろう。もっとも今はこうしてそう考える事にすら負い目を感じてしまうわけだが。


 「一人で人間の部隊と戦う事になってしまって、自分はそこで当時の英雄と戦う事になってしまって。そこでまぁいろいろあったわけです 」


 「…意外と強いんだな 」


 「いえ、自分じゃなかったら負ける事も捕まるようなヘマもしなかったと思います 」


 どうしてバーゼア一人だけが戦う事になったのか疑問にも思ったが、それでも口ぶりに反して俺はバーゼア自身への認識を改めた。


 魔族一体に対して、国の兵が十人以上かかれば倒せると言われていた。無論一般人はその限りじゃない。


 それを基準にすれば部隊の数を相手取ったというのは強力な魔族として知れ渡ってもおかしくないし、その英雄が誰なのかは知らないがそれでも生きているというのは運が良いだけで片付けられない。


 「それがトラウマになって以降は前線から退いたんすよ 」


 「その英雄ってのが俺じゃなくて良かったよ 」


 「葵さんが戦う頃にはもう自分はお城勤めでしたよ 」


 「けど、その話を聞いて安心したよ。俺に何かあってもバーゼアが居れば大丈夫そうだな 」


 「え? 自分がですか? 」


 「これから何かあったら、バーゼアだけでも魔族の皆に情報を伝える分には生き抜けるって事だろ? 」


 本人は謙遜してはいるが、実際俺になにかあった時にその状況や結末を伝えられるのはバーゼアだけだ。そのバーゼアにある程度の力があるのなら安心も増すというもの。


 「何かって…そんな事無いように今日に向けて装備だっていろいろ作って来たんですから滅多な事言わないで下さいよ 」


 「自分が戦いたくないから? 」


 「それは…否定しませんが 」


 抗魔力を貯蓄出来る腕輪に、短距離で念話出来る媒体としてイヤリングも付けて貰っている。念話のイヤリングに関しては抗魔力で出来るようにしている、ついこの間知った技術だというのに、やはり魔術に関しては魔族の方が精通しているのだろう。それでもこれだけしっかりした物を準備するにはこの1週間寝れない日もあっただろう。


 もっとも、彼のここでの仕事は結界魔術の行使であり、人々が行き交う場所から来るであろう存在を隔絶する為にいる。それさえこなしてくれれば良い。


 近くに居はするが直接戦う事は無いのなら命のやり取りなんてしないのだから。


 「結界内には誰も入れないようにするのは結構疲れますけどね 」


 「誰も入れないなら危険は及ばないんだから頑張ってくれよ 」


 陽はまもなく真上に昇ろうしている。それに伴って暑さも増して、頬を汗が伝っていった。


 そして、首筋に冷たい物が触れて。思わず飛び上がってしまった。


 「大丈夫そうだね 」


 「倉屋…お前 」


 「お疲れ様っす 」


 本当は倉屋にも逃げて欲しいところではあったのだが、場所が市役所というのもあり俺たちの様子見も兼ねて通常通り出勤している。


 何より休みの申請が日程上難しかったらしく、休み辛かったと。公務員って大変なんだなやっぱ。


 「今日は早番で先にお昼休憩貰っちゃった 」


 「お昼なら先にご飯食いなよ 」


 「葵さん… 」


 バーゼアの小さな声が耳に届いて、返事を返すより。彼の視線がこちらに向かずに見上げている事につられて空を見た。


 空中に陣が光っている。それは記憶にある限りで一番大きな、いや大きいじゃない。

 

 これはどこまでの範囲まで魔術陣が広がっているんだ。大小より、そのただただ広く視界の端よりずっと大きく浮かび上がるそれは、立て掛けていた光剣に手を掛けさせた。


 そして、正午を知らせる時報と共に。一瞬のうちにやって来た。


 大きく、大きく。ただ強大な物体が、覆い被さるその全てを潰すのだと告げるように降り始めた。周囲の建物や市役所の屋根にその足とも体とも取れない部位がぶつかりそうになり。  


 とっさに、そうとっさに。馬鹿げた判断だ。


 全身に抗魔力、両手からはさらに抗魔力を精一杯展開する。建物一つに触れさせるわけにはいかない。抗魔力を貯蓄していた腕輪が一気に錆びていく、体の内部の隅々が岩より鉄よりも重く、それを支えきれない地面に足が食い込み、膝を付けばそこが凹み出す。


 「っ! バーゼアっ!! 」


 言葉にするよりも既に魔術を行使していた。彼の目には恐怖が溢れ、彼の手についていた抗魔力の腕輪が既に錆び始めていた。


 大きな光に包まれてそれも一瞬のうちに見えなくなってしまう。





 衝撃波と凄まじい抗魔力と魔力の混じった圧に吹き飛ばされながら、なんとか立ち上がる。右手に着けていた腕輪はもう錆びて朽ちている。


 しばらくして衝撃波は止んだもののその圧は未だに吹きすさぶ。既に結界内にいるのだろうが、その雰囲気は以前の風景をそのまま映したものではなく、どこかわからない岩盤の上に居させられていた。


 見上げると、既に見慣れた装甲、よく見た光のラインが見える。ただ、それらしいのが見られるというだけで、ほんとうに同じ物なのか確信が持てない。


 俺はまだその体のの一部しか認識できていないのだから。


 抗魔力と魔力の圧が止み、頭の中で声がし始める。


 (葵、さん… )


 イヤリングの念話が聞こえる。今までは強大な抗魔力による阻害で通じていなかったのだろう。


 (葵さん…無事で、すか… )


 (こっちはなんとか、お前は大丈夫なのか )


 砂埃が消えはじめようやく頭部であろう箇所が目視できるようになる。ただ見上げなければ見れないのは変わりないが。


 (正直あまり大丈夫じゃないっすね )


 念話越しだからその息遣いは感じられない。しかし、その言葉遣いは先ほどまで会話していたよりずっと弱い。


 (葵さん、結界には閉じ込める事は出来ました。ですが… )


 (そう長くは保てない? )


 (はい、保てて…保てて15分くらいかなと… )


 その時、何故か直観的に。念話のせいなのだろうか、言葉遣いに心情が乗りやすいのだろうか。


 (本当にか? 本当にそんなに保てるのか? )


 確信があったわけじゃない。多分この問い事態が強がりなのもばれているのだろう、もっと長く保てないのかと。本当はもっと短いのではないかと返ってこないでほしいという弱気も。それでも聞かなくてはならないのだ。


 (…すいません。命張らなきゃ10分です )


 (ありがとうな )


 もう、それ以上は聞かなかった。こうして念話しているだけでも抗魔力を消費して、カウントダウンも始まっているしそれを加速させてしまう。


 ようやく機械と目があった。目を合わせようとしてはいたが、これは目を合わせきれないようだ。


 三つ目。それと三つの頭、一番威圧感を感じていた大きな物体は足であり、これも三本ある。まるで殺戮マシンのような形状をしつつも、面白味のない真っ白な体躯をしている。俺を方を向いているであろう顔側、胴体にあたる半円状の部位から大きな腕が展開された。


 自ずと光剣を抜き、鞘を放り投げる。手に持っていたら邪魔というのもあるが、一つの予感をしていたから。


 俺は、生きてこいつを倒せるのだろうか。

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