戦う為に
光剣の頭に付いている魔石には抗魔力を貯蓄する役割がある。これを外しても従来通り抗魔力を使う分には光剣自体機能をしてくれる。ただし余剰分を貯蓄する事で大技での消費を補っていた役割は機能しない、大技を放つ際は通常の抗魔力消費を自覚しなくてはいけない。それでもやりようはあるだけマシか。
そんな戦いへの気持ちとは裏腹に、光剣に隠されていた機能によって、自分が何者なのかを完全に無くしていた。
別に光剣者なんて名乗れなくったって構わない。だってその果てに妹を失って、家族も。けれど、それでもあの世界で救えた物があったと信じていた。そんな最後の希望さえ、今やまっさらになって。
「…葵君? 」
「うん? 」
「もうすぐ降りるよ 」
「悪い…寝てた 」
「今日は疲れたもんね、私も遊び相手しちゃって疲れたし 」
電車の窓から夕日が差し込んでくる。寝起きにはやけに眩しくて。
「私は良かったって思ってる 」
改札を抜け、階段を降りながら倉屋はそう言った。
「葵君が私より歳下で、想像してたよりずっとずっと辛い事をしてた事にも実感わかないんだけど 」
「そうだよな、そう簡単に信じられないよな 」
俺もそうだから。
「葵君が帰ってきてくれて私は嬉しかったし、その… 」
言葉を続けようとしているが、その先が上手く出てこないのだろう目線が落ち着いていない。
「俺はまだ帰って来たって実感、正直持ててないかな 」
こっちに戻って来て2ヶ月以上は過ぎた、それなのに自分の身の回りにはまだ魔族が居て、戦いがある。それだけならまだ良かった、俺自身の悲しみも痛みも、向こうの世界以上に今はのしかかっていた。
「俺にはここが元の世界だなんて断言出来ない。向こうの世界とやってる事に違いを見出せない 」
「葵君… 」
「倉屋も、本当は 」
言葉にするより、勝手に手が口を塞いだ。それを言えばお終いだと体が命令するより早く動いてくれた。
世界がボヤけて見えてしまう。今居るこの世界がどんなものなのかも上手く捉えられない。
俺は今、酷い事を言おうとした。最悪な表現。
「そっか…、まだ帰って来られてないんだね 」
「違う、俺は帰ってきたんだ。帰って来られた筈なんだ 」
ちゃんと見ようとして、真っ直ぐ前を向いて。今ある世界を認識しようとして、そこに映る世界と倉屋という少女の姿を捉えようして。
「違う… 」
もう分かったつもりだったのに、10年という月日がこの駅も町もそして、倉屋を変えてしまっている事に。
世界は、まだ滲んで色褪せている。
数日後、割った皿の数が二桁まで届いてしまい。マスターからホールをしてくれと懇願された直後くらいだった。
『お疲れ様です! えっと… 』
「葵で良いよ 」
髪の毛が跳ねる。久しぶりに翻訳魔術の出番という事でいつもより多く跳ねている気がする。
「ああ、やっぱりその髪の毛、魔術媒体だったんですね 」
「それを確認する為に魔族の言葉で話したのか? 」
「ま、重要な事ですから! 」
こうしてバーゼアの訪問は良いのだが、まだバイト中の身としては世間話程度しか出来ない。
「やっぱり。どうしたのバーゼア? 」
代わりに皿を洗っていたゼーラが出て来ると、二人で話を始める。
内容としては最近の媒体製作について。現在の状況として避難の為に媒体を多く作成して何時でも逃げられるようにとにかく大量に作っているらしい。
俺にも魔術のいろはが分かれば話に入れるのだが、自分の抗魔力で魔術なんて使えるわけもないので部外者も部外者。話に入る事は叶わない。
「それで、気になったんですけど 」
バーゼアは肩にかけたバックから光剣に付いてた石を取り出した。
「これ、調べてわかったんですけど。抗魔力で催眠魔術が行使されるって言ったじゃないですか? 」
「…そうらしいな 」
ゼーラも既に話は聞いてるから、俺の光剣がどういうものなのか知っている。勿論、良い顔をしない。
「それ、訂正しても良いっすか? 」
「訂正って何を? 」
「魔術の行使においてなんすけど。まぁいろいろ試したんですが結論から言うとっすね 」
バーゼアは新発見をしたような顔をして。
「これ、魔力を一切介さない魔術媒体なんすよ! 」
「はぁ…。はぁ? 」
魔力を介さない、魔術行使?
「なにそれ! そんな事出来るの?! 」
カウンター越しに興奮のままに叩いて、マスターに怒られ、首根っこ掴まれた猫みたいにキッチンに運ばれて行った。
その際に俺も注意を受けて話を切り上げようとしたものの。
「バーゼア! バイト! バイト終わりにまたその話聞かせて! 」
「あー、良いっすよー 」
バーゼアはこのまま俺に話すのを続行するっぽい。顔がキラキラ輝いてなんともまぁ。
「その話。俺でも理解出来んの? 」
「そんな難しい事じゃないですよ。それにとても重要な話ですので! 」
熱は増している。マスターが戻るまで聞くしか無さそうだ。
「この石もそうなんですけど、媒体としての機能はそのままに魔力ではなく使用者の感情をトリガーに発動しているみたいで 」
「感情をそのまま魔力に変換出来る物なのか? 」
翻訳魔術なら、その場合。俺がそれを聞いた瞬間の分からないという感情をそのまま髪の媒体を通して行使しているとの事だ。そして、その条件として抗魔力の存在が必要になっている。
「自分は無理だと思っていました。けど、この石もそうっすけど葵さんの翻訳魔術も見てそう思わざるを得ないと言いますか… 」
「なら… 」
どうして今の俺がその感情を起因とした魔術行使を行えるんだ。少し前の俺ならともかく、今はもうそんな感情を持ち得ていない。はず。
「この事については黙ってて欲しいんですけど 」
バーゼアは厨房から少し遠ざかるように俺を隅に追いやった。それだけで、誰に聞かれたくないのかは察することが出来た。
「抗魔力を使って、葵さんと同じ状況が再現できないか試したんです。それでゼーラに試してもらったんす 」
口ごもるバーゼアの表情に困惑がある、まだ未解明の事でもあるんだろうか。
「葵さんと同じ事が起きました。魔族に対する怒りというか、ゼーラ自身が魔族だと言う事も忘れたように暴れかけました 」
「え、なんで? 」
「わからないです。ゼーラはあんな雰囲気ですけど、正直自分はどこか掴みどころがない感じがして 」
確かに、阿久井さんの一件でも何か思うところがありそうだった。それにしてもゼーラの事に関して俺は何も知らない、彼女とはもう2ヵ月にもなるというのに俺は。
「あんまり、言わないでほしいんすけどね 」
「わかった 」
というか、一時期とはいえ光剣を預けてたのやばかったんじゃ。ゼーラは辛うじて柄を持たなかったという事なんだろう。
「自分にはこれ以上の事はわかりそうにありません 」
「いや、石の事がわかっただけでも十分だ。ありがとう 」
そう言い繕う。光剣の事を知らなくてはならないと思いながらも、知りえた事実は寧ろ俺から戦う意思を削ぐのには十分だった。
「あと、1週間くらいっすね 」
阿久井さんから言われた期日はそこまで迫っていた。何が起きるか分からない以上、光剣の事を知っておく必要がある。それなのに、俺は。
俺は、戦えるんだろうか。




