準備は大事
1週間ぶりの我が部屋。俺が寝込んでいる間に壁もしっかり埋まっていてなお良し。
元々部屋には物をそこまで置いてなかったから、工事が入るなら何時でもOKと答えていて良かった。
左腕の感覚はまだしっかりしないものの動かしていれば何れ戻るとのことでリハビリをするよう念を押されたが、言われずともそのつもりだ。
残り2週間、阿久井の言っていた日まで体を復調させる必要がある。
病院の件もある以上、何が来るのか、何が起こるのかわからない。未来を見れるという阿久井のみぞ知る。それを確認するのも兼ねて戻ってきたばかりだが今日の午後からもうバイトを入れてある。全部話せないと言っていたが、対策とかも練りたいしいろいろ問いたださなければ。
「2週間休み?! 」
店長がコクコク頷いて、溜息を吐いた。
「なんか旅行に行くとかで海外に居るらしいですよ 」
ゼーラが床をモップで拭きながら答えてくれた。ちなみに欠勤扱いで休んでいるらしい、有給はもう使い切っている。
「いろいろ聞きたい事あったんだが… 」
「本当に信じてるんですね 」
ゼーラは病院の様子からも阿久井に対しての不信感を持ってしまった。顔も合わせたくとの事で休みと知って喜んですらいる。
「怪しいのはわかるけどなんでそこまで 」
「私達の事を知ってて、無視して、こそこそしてたのに? だったら、何をしてたんですか? 」
店長は厨房で仕込みの確認をしている。あまり話題として聞かれたくはないから都合が良い。
「本当に阿久井が向こうの世界から来たって言うのなら俺は協力しなかった事の方が自然だと思う 」
「なんで!? 」
「長い間、人間と魔族は争い合っていたんだぞ。良い感情なんて持てるわけがない 」
「そ、それは…」
「わかってる。俺が言えた義理じゃない事も、こっちの世界に来た魔族達が穏健だって事も。けど、阿久井にそんなの関係ないだろ。人間であるっていうのなら魔族を憎んでてもおかしくはない 」
俺がそうだったのだから。
「じゃあどうして私をここに斡旋したりしたの 」
「それは… 」
その返答に対してだけは俺も分からない。もし憎んでいるのなら、ゼーラのような魔族をこんな場所に招いたのか。働き口を紹介したのか理解が出来ない。
「ほら、やっぱり信じられない 」
「そうかも知れないけど 」
それ以上何か言っても、彼女の不信感を煽るだけで無駄だと悟ってそれ以上話題に出すべきではないと。
「そうだ、預けてた光剣は? 」
「私の部屋に置いてますよ 」
「ならどっか時間がある時、確かめたい事があるんだ。それまで持っててくれないか? 」
「私としては直ぐにでもお返ししたいんだけど 」
「なんで? 」
「なんか部屋に置いておくだけでも寒気がするっていうか。魔族だからでしょうか? 」
「それは分からないが…わかった。明日にでも返してもらって良いか? それと 」
「それと? 」
「頼みたい事がある 」
それは昼過ぎくらい、セミはまだ鳴き続けている。潮風が海面を優しく揺らして、波音を穏やかに奏でる。この公園はあいも変わらず砂浜に夏を届けている。
「うむ!来たわねん! 」
「なんでそんなエンジョイな姿なんだよ 」
「この時期のこの場所ならこれって聞いたのよん! 」
「いや確かに? 違うとまでは言わないが… 」
オミナは水着姿にスラっとした体躯が逆に直視し辛い。感性はまだ高校生なのだから勘弁してほしい。
「オミナ様…なんでこんな暑いのに外なんすか… 」
「あんたはもっと外出るべきなのよん 」
後ろからパラソルを持って手持ち式の扇風機を首から下げた魔族が、ダラシなく立っていた。
「あんた、あたくしを置いてその体たらくは何よん 」
軽く小突いたつもりなんだろうけど、脇腹を押さえて呻く。
「えっと、彼は? 」
「こいつはねん、葵が指名した結界魔術の行使者よん 」
名前はバーゼア。大柄だがその顔には小心者と書かれたような魔族の男。だと言うのに、結界魔術に関しては第一人者らしく、妹にも指導をした事があるらしい。
「そんな凄い奴なのにどうして後方に? 」
「自分、臆病者でして…。戦うとかそういうのはちょっと 」
体格によらない性格だが、顔付きはなるほどと魔族にしては血気が無い。
「でも、今はもう泳げませんよ? 」
そう。この公園での遊泳期間は8月末まで、既に9月に入った今は泳げない。
現在市役所勤め、現役公務員の倉屋さんからのご忠告だ。本日はわざわざ有給を取ってお越しくださっている。
「なんで倉屋が来てんの? 」
「なんか…楽しそうだったから? 」
本来ここには昨日話したゼーラが来なくてはいけないのだが、彼女は本日もシフトが入っている。
そこでオミナが今日来れるのかを確認、そのまま呼んでもらったわけなんだが。なんか倉屋も来ているという混沌。
「泳ぎに関しては問題ないわん!その為のバーゼアよ! 」
「はぁ…? 」
「言ったでしょ? バーゼアは結界魔術を使える。つまり! 」
腕を振り上げると、それを合図にバーゼアがため息を吐きながら呪文を呟くと、真上から透明で揺らめくベールのような物が下りてくる。
「この結界内なら周りからは何も見えないわん!そして!ここなら! 」
泳ぎ放題って事か。短絡的だとは思いつつも、バーゼアを連れてくるという意味と一面が砂浜で何も、誰もいないという状況かつ、オミナが望んだフィールドがこここそが、オミナ自身が何よりも本領を発揮できる場所だと言うのなら。
「泳ぐ前には体を解すようにと、ムスリカも言ってたわねん 」
「俺としては結構緊張感がすごいんだけどな 」
「そう? それにしては案外力抜けてるようだけど? 」
「慣れてるとしか言えないかな 」
戦う事には慣れている、それは例え『魔族七将』たる彼女を前にしても変わる事はない。
だからこの緊張は戦いに対するものなんかじゃない。
俺は背負っていたバットケースを開けて、中に入っている光剣を見る。
よく似た形、見慣れた柄、輝く頭の石。俺が持っていた光剣ではないものの、それがとても手にも、体にも馴染む一振りなのは間違いない。
しかし今はそんな物を、同じ物を振り回していたという事実を恐れて。それが本当だとしたら自分の中で大事な物が壊れてしまう気がして。それでも確かめたい、俺の見ていた景色がどんな物だったのかを。
もう一度、俺は光剣をその手に取る。




