一話
元々、私は理数系にも、文系にも当てはまらない人間だ。国語は苦手だったが、唯一漢字を覚えるのは得意だったし、英語は苦手ではない。
数学はまだ得意な方だが、小学生の時に「理科」と表した科目は生物や地学は得意だったが、物理や科学は微妙だ。物理や科学の分野、国語ほど苦手ではないが、意識的に何処か苦手意識がある。
現代社会、地理は平均的。歴史と世界史は好きだ。そんな私は、周りから見れば世間から言えば理系女子と言う表現に当てはまるのだろうが、文系科目も嫌いな訳ではないので自分では理系女子だと思っていない。
さて、この世界に召喚されてから一週間が経ち、毎日が忙しい日々である。
まだ高校生である私は勿論、薬剤の知識は残念ながら持ち合わせてなく、一から覚えなきゃならない。
幸い、暗記系はわりと得意な方だったから良かったけど。日々、怪我人が出る中、一人前の薬師として活躍するためには早く薬の調合方法、薬草の名前、現代で言えば看護師と同等の医療知識を身につけなければならいけない。私は、他の薬師候補生と違って、勇者候補生と言う顔も持つばかりに、一応は戦闘技術も学ばなければならなかった。
……いや、私の中での勘が、戦闘技術も学べと警告しているような気がして、率先として望んで戦闘技術も学んではいるんだけれど。
何故だろうか? 何かが学び足りないような気がしてならないんだ。それは私の中でとても重要なものなような気がするの……。
「どうした、アサヒ」
私の魔法、戦闘関係の師匠、ラグトさんは考えごとをしていた私のことを無表情で見る。
王様は確かに信頼出来ない。だけど、ラグトさんだけは唯一この世界の住人で信頼出来た。
だけど、本心は言えない。
……人はいつ、心変わりするか他人にはわからないことだからだ。今はそう感じることが出来ても、いつそれが変わるかもわからない。
だから、私は師匠であるラグトさんには必要以上の相談事は控えるようにしてる。
……私の味方は、東雲くんだけだ。
……あの人だけは例えもし裏切られる結末が待ち受けていようとも、私は信じる。
「いえ、なんでもないです師匠」
「薬師の勉強もして、勇者としての努力を続けるのは大変なことだ。あまり無理はするな」
ラグトさんの優しい言葉に、ズキンッと心が痛む。気遣ってくれているのに、内心では疑ってしまっていること申し訳ないと思った。
だけど、私は心を鬼にする。
ラグトさんの上司はあの王様だ。
……警戒しておいて損はない。
私は、何故か王様がとても怖い。
「……この王城には書庫がある」
王様がとても怖いと、そう考えてきた時、ラグトさんは唐突にそう言ってきた。
私は思わず間抜けな声で、「ふへぇ?」と返事をしてしまったが、ラグトさんはそれを気にもせずに淡々とした口調で……、
「そこには誰も来ない。アサヒは、必要以上の人との関わりを拒んでいるようだから、あまり人の行かない書庫に行くと良い」
その言葉に、なんて不器用な優しさなのだと私は心がじんわりとした温かさに包まれた。
……だから、だからこそ。この言葉だけは嘘じゃないと、私は信じたかった。
「ありがとうございます、師匠。もし、また疲れた時そうしたいと思います」
笑顔でお礼を言うことが出来た。
※※※※※※※※※※※※※※※※※
戦闘関係の指導を終え、薬師としての勉強をするために師匠に教えてもらった書庫で勉強しようと広い王城の廊下を移動している時、あの王様の長男である第一王子と仲良さげに話している有川桜さんの姿を見てしまった。
私は意外で、驚きのあまり思わず少しの間だけ目を見開いた後、隠れる必要など何処にもありもしないのに二人の視界に入らない所へと身を忍ばせてしまった。
何故だろうか、見てはいけないような光景を見てしまったような気がするのは。
二人が去った後もしばらく、まるで地面と足がくっついてしまったかのように動けなかった。
……東雲くんに肩を、軽く叩かれるまでは全く私の足は動かすことが出来なかったのである。
「言ったでしょ、守るって」
私の肩を叩いた後、直ぐに言ったその言葉は意味深で。今も、これからもその言葉は謎のまま、東雲くんは話をそらしてしまった。
「ところで、何処に行こうとしていたの? 哀川さんは。僕はね、さっきまで弓の特訓して終わったから、次は魔法訓練をするから場所移動中」
にこりと優しげに笑う東雲くん。
……その笑顔は私にとって、とてもとても眩しいものだと感じてしまった。
思わず呆然とする私。
「哀川さん?」と、不思議そうな声で私を呼ぶ東雲くんの声に我に返り、
「私は書庫で勉強しようと思って」
若干、声が裏返りながらもそう答えることが出来て内心、凄く安心してしまった。
そんな私の心情など知らずに、
「書庫なんてあるんだね~」
と、不思議な発言をしていた。
だけど、あえてその東雲くんの発言には触れないことにして、私も自分の話題から話をそらす。
「そうみたいだね。
ところでさ、さっき有川さんが第一王子と仲良さげに話しているみたいだけど……、東雲くんはなんか知ってる?」
そう聞いた途端、にこりと東雲くんにまた笑われてしまった。自分の話題から話をそらしたいってこと、バレバレだと言うことだろうか。
そう考えると、誰かと会話をすることに不慣れなこともバレバレなんだろうかと芋づる式に不安が思いついていき、若干恥ずかしさを感じているせいか、体温の低い自分の体温が少しだけ上がったような感覚に陥ったような気がした。
そう考え込んでいた時、東雲くんが次口にした言葉にまた、私の体温が上がらせられることになった。
……その一言とは、
「哀川さんもコイバナ興味あるんだね、また哀川さんのことを知れて僕凄く嬉しいよ」
優しげな声で言われた一言。
私の心に甘く、淡く響いた。
そんな私の内心なんて気づきもせずに、のんきにまたにこにこと東雲くんは笑っていて。
「……ばか」
私は小さな声で呟いて、東雲くんの頬をつねってあげた。……あまり痛くならないように。
……ばかって言ったのに。
東雲くんはまた笑っていて。
なんか……、悔しいと思った。
「ばかでごめんね? 哀川さん。
有川さんのことだよね、哀川さんは第一王子のことを好きみたい。意外だなあ、有川さんって真面目な子だから第一王子みたいな人に惚れるなんて意外だったなー。まあ、人とは変われるからね、イメージだけで好みを考えるのは良くないよね。
あ、だけど第一王子には婚約者がいるみたいだよ? だから、有川さんは一方通行な恋だって言ってたよ、片想いなんだって。直接的に応援するつもりはないけど、恋叶うとは良いなと思うよ? 有川さんとも友達だしねー、でも……。
もし、その恋心が悪い方向に繋がるなら邪魔する覚悟も、有川さんに嫌われる覚悟も出来てるよ」
そう言った東雲くんの目は、私を見ているようで見ていないような気がした。
そう言っていた東雲くんには、私には見えない未来の可能性が見えているのかもしれない。
「なら、その時は東雲くんと一緒に私も有川さんに嫌われてあげる。守られてばかりじゃ、私の気が済まないからね。そのくらいさせて?」
その後、私は笑って見せた。
すると、東雲くんはさっきから見せていた笑顔とは違う感情が含まれた笑顔を見せていた。
私には、東雲くんに向けられたその感情の正体が全く見当がつかず、戸惑った。
そして同時に、その笑顔を見たその時心臓が少しだけ、速くなったよくな気がした。
「ほっ、ほら魔法の訓練の時間が少なくなるよ! それに東雲くん、これ以上師匠を待たせたら東雲くんが怒られちゃうだろうし!」
その時私はとても焦っていた。
……一瞬、一瞬だけ私が今まで感じたことのない感情を見つけてしまったから。
……そして、その感情の名前を、何を当てはめたら正解なのか疎い私にはわからなかったから。
これは憧れなのか、それとも……?
「それもそうだねー」
その同意した声で、私は我に返る。
……いつかわかること、だよね?
そう思うことにすることを、考えごとに耽っていた状態から我に返った瞬間に思いつき、それ考えることを放棄したのだった。
「じゃあね、哀川さん」
東雲くんの後ろ姿を手を振りながら見送った後、そう言えば三日振りに話すことが出来たなあ、と少しだけ嬉しくなったのだった。
「……私も頑張ろっと」
東雲くんを、彼らを生かすために。
※※※※※※※※※※※※※※※※
弓をひく時に出来た手の傷が痛む。
私の使える魔法と相性が良いからと言われ、始めたものの、上手く弓を射ることが出来ない。
……東雲くんにコツ聞けば良かったって今更思い出して後悔してももう遅い。
……今度会えたら教わろう。
いつ、会えるかはわからないが。
さて、場所は移り書庫。
迷うことなく、書庫につけて一安心した後、医療や薬師についての書籍をあるだけ机に運び、ペンダコが出来るくらい勉強をした。
薬師もまた、人の命を預かる仕事。
……真剣に取り組まなくては。
だから、たくさん学び、たくさんのことを経験しよう。患者ごとに正しい薬を渡せるように。
私はそんな意気込みで机に向かう。
……時間を忘れるくらいに。
気がついたら眠っていた。
自分の手には筆記用具が握られたままの状態で、寝落ちした⁉︎ と慌てて上半身を起き上がらせれば、パサリッと音を立てて何が落ちた。
……誰かがかけてくれたんだろう。
音を立てて落ちたのは毛布だった。
私が書庫にいると知ってるのは恐らく、東雲くんとラグトさんだけだと思う。
だから、どちらかが眠っている私を見つけて、風邪を引かないように毛布をかけてくれたんだろう。
……なんて、そう考え込んでいればガチャリとここのドアノブが回される音が聞こえてきた。
その方向へ視線を向ければ、そこには相変わらずにこにこと笑顔を浮かべた東雲くんの姿があった。
「あ、起きた? もう、だめだろ?」
と、起きたことに対して確認した後に東雲くんは、困ったような表情をして私の近くまで寄って来て、コツンと額に拳を当てられた。
……え、なんでだろう?
私にはだめだろ? と、東雲くんに言わせるくらい困らせることをした記憶がない。
内心、きょとんとしていれば、その感情が表情にも出ていたらしく、きょとんとしてもだめだよ! とまた怒らせてしまった。
……そもそも東雲くんのことを怒らせたり、困らせたりしている理由がさっぱりわからない。
そんな内心を珍しく読み取ったのか、東雲くんは私の肩を掴んで、焦った声で言ってきた。
「一ヶ月! 一ヶ月ぶっ通しで書庫で勉強してたの! どんなに話かけても反応なくて心配したんだよ! それなのに、哀川さんは僕が心配していた理由がわからなかったみたいだし、確かに守るとは言ったけど、あまり心配かけさせないで! 心配しすぎて胃に穴が開くかと思ったんだよ?」
珍しく、笑顔以外の表情を見せてくれる東雲くんに、私は内心で呟いてたはずの言葉を思わず、疑問も抱かず口にしてしまった。
「笑顔以外の東雲くんの表情、私あまり見たことがなかったから、なんか新鮮な感じがする。そっかぁ、東雲くんも怒るのかあ……」
そう言えば、私は東雲くんのこと、まだ何にも知らなかったなあ。
知らないのに何故か、彼の「守る」と言う言葉を私はすんなりと受け入れることが出来たのは、幼い時から勘の良さに優れていて、その勘は大体当たってきたからこそその時の勘を、私は信じたのだ。
「あのねぇ、哀川さん⁉︎
その言葉は嬉しいけどね、僕は怒ってるの分かってんのかな? ……今はあまり嬉しくさせる言葉、言わないで欲しいんだけど」
照れているのか、困ったような表情を浮かべながら顔を赤くさせていて、それを隠すかのように口元を手で覆っていた。
何故、嬉しいことなのに、今は言わないで欲しいんだけどと頼むのは良くわからない。
……私は女心もわからないし、男心も良くわかっていないようなそんな人間なのだ。
そんなことを思っていれば、
「もう、あまり無理して徹夜して欲しくないから、怒り慣れないのに頑張って怒ってんのに、やっとかき集めた怒りを打ち消すような言葉、今は言わないでよ……」
そんな爆弾発言を落とされて。
私は、異世界に来てやっと会話を交わしたお互いに名前くらいしか知らない人なのに、こんなにも心配してくれるのが嬉しかった。
「……心配してくれてありがとう、東雲くん。次からは気をつけるようにするね?」
「……哀川さんがわかってくれたなら別に、僕はそれで構わないんだけどね?」
また顔を赤くさせる東雲くん。
何故、東雲くんが顔を赤くさせるほどに照れていたのか、私にはわからなかった。
だけど、ぽかぽかと心が温かくなっていくのを感じたような気がした。
私にはこの気持ち、なんて言葉にして良いのか、わからないけど悪い感情ではないことはわかるから、その感情の正体を無理には探らないことにした。