第8話 蝦夷制圧
<第八話>
地上と空中で、一方的な蹂躙が行われようとしている頃。
別働隊を率いて基地への潜入を開始したルティアラと飛鳥、そして怪物達はゆっくりとだが確実に歩を進めていた。
「とはいっても、絶対見つかるわけはないんだけどねー」
「ルティアラ様?」
「ああ、メタな発言だったわね。気にしないで」
一行は、影人の作り出す影世界に身を潜めていた。
どんなに精密なレーダーや暗視装置があったとしても、この潜入に気がつくことは不可能だ。
魔術的な防御策がない限りは。
もしくは地面ごと抉り飛ばすような範囲攻撃をしない限りは。
「機械文明といっても大したことないわね」
「このような手段が用いられることは想定しておりませんから」
苦笑する飛鳥。
全く未知のものに対して脆いのはいずこも同じであろうが、魔術、妖術の類は極めつけであろう。
超能力の存在すら科学的に解き明かされていないレベルであるからして。
「さぁ、そろそろですよ、ルティアラ様」
「分かったわ。では、皆殺しにするとしましょうか」
美しい、愛らしい容貌とはあまりにかけ離れた台詞が飛び出す。
美しいバラには棘があるとはよく言ったものだが、棘程度では済まないのが【白金の巫女姫】【戦巫女】ルティアラであった。
「さあ、影人だち。食事の時間よ。ただし、お残しは厳禁ね」
言葉は話さないが、おそらく喜んでいるのであろう。微かに体を震わせているようだ。
本来であれば生き物が出入りすることなど敵わない隙間から侵入する一行。
通路の証明が作り出す影の中を滑るように移動していく。
基地の職員を発見するたびに、影人たちがスルスルと近づいていき、喰らう。
突如足元に現れる影の中に引きずり込まれ、生きながら全身を喰われていく者達。口からあふれ出す絶叫も、影の中からでは届かない。
「お腹が空いているのかしらねぇ。たくさん食べなさいね」
にこにこと笑うルティアラ。
さすがに魔王国に殉ずる覚悟を決めた飛鳥ではあったが、明らかにこの世界とは相容れない異質さにゴクリと喉を鳴らした。
「飛鳥もお腹が空いたの?」
「いえ、滅相もありません」
静かに静かに遂行されていく潜入。
基地の中から消えていく人間達。
基地の人間が異変に気がつくのはもう少し後のことである。
一方その頃。
『ははは! 何だこの貧弱な存在は!』
ドラゴンの背に乗ったリッチ部隊が、皇国空軍を蹴散らしていた。
如何に最新鋭の戦闘機とはいえ、実弾兵器にしろ光学兵器にしろ、魔法障壁によって阻まれてしまえば攻め手がない。
ましてや、ドラゴンの飛行速度そのものが戦闘中の機体に匹敵するとなれば尚更だ。
「くそっくそっくそっ! 何だあのふざけた敵は!」
「当たれよ、この野郎!」
皇国のパイロット達がコクピットで口汚く相手を罵る。
それを嘲笑うかのように、ドラゴンがその顎を開く。
「ヤバい!」
「各自散開!!」
まるで熱線のごときブレスが放射状にはき出され、避けきれなかった戦闘機が、空中で爆発四散する。
ドラゴンの背で死霊が禍々しい杖を掲げ、呪文を詠唱する。
空中に生み出された超重力の塊が、戦闘機の挙動を乱し、正常な飛行を阻害する。
「何だ! コントロールが効かない!?」
「推力が上がらん!!」
まともに飛行できなくなった戦闘機を、ドラゴンのブレスが蹂躙する。
その時、基地から生み出された熱線が、一組のドラゴンとリッチを捉えた。
鎮守府に備えられた大口径レーザー砲の一撃であった。
その様子を見ていたパイロットが歓声を上げた。
「ざまあみろ!」
「アレを食らって無事なわけがねえ!!」
だが、その喜びも一瞬であった。
確かにドラゴンは焼け焦げて白煙を吹いていたが、その背に乗ったリッチは全くの無傷であったのだ。
『そのような物理攻撃が我に通じるものか!』
光線が物理攻撃かと言われるとどうかと思わないでもないが、少なくとも聖なる属性が乗っているようなことはあるまい。
リッチが何事か呪文を唱えると、たちまちドラゴンの傷が癒えていく。
まさにゲームだ。
一時の喜びのあとに訪れたのは絶望であった。
「バカな・・・」
「何だよ、それ・・・」
『愚かな人間共め! 報いを受けよ!』
ドラゴン部隊が勢いを増す。
絶望的な戦いがここでは行われていたのだった。
そして基地内では、ルティアラ率いる潜入部隊が静かな猛威を奮っていた。
人が消える。
文字通りの現象がそこかしこで起こるようになった。
何のことはない、ルティアラによってさらに召喚された影人達が、小グループに分かれ基地内を徘徊し、隙あらば人間達を捕食していたのだ。
ついさっきまで話をしていた同僚が、ほんの一瞬、目を離した隙に煙のように消えてしまう。まさにホラー。
監視カメラの映像を確認してみれば、文字通り「消えた」事しか分からない。
「どうなってるんだ・・・」
「これも敵の仕業か?」
「バカな。仮にそうだとしてもどうやってだ?」
もっとも恐ろしいことは「分からない事」だ。
基地内を恐怖が満たしていく。
「・・・魔王なんだよ」
誰かがぼそりと呟いた。
「なんだって?」
「本物の魔王なんだよ。人間を滅ぼしに来たんだ」
「バカ言うな。マンガやアニメの見過ぎだぞ」
「じゃあ、なんで人間が消えるんだよ。きっと、姿の見えないモンスターが基地を徘徊してるんだ!」
「黙れ! それ以上言うなら営巣行きだ!」
その瞬間だった。
すとんと穴にでも落ちたように、兵士の姿が床に飲み込まれた。
正確には床に落ちていた影の中に。
「え、あれ?」
首から上だけが床の上に出ている。
「落とし穴?」
「そんなわけがあるか!? なんだ、これは。一体何が起こっている!?」
その時だ。
首から上だけの男が、絶叫した。
聞くものを、それだけで絶望に引きずり込むような、そんな絶望の叫びを。
「やめっ、なっ、喰われっ、おいっ、やめろっ、たすけっ!」
切れ切れの言葉と叫び、そして口からあふれ出す鮮血。
誰もが動きを止めたその瞬間。
全員が影に沈んだ。
「なあっ!?」
その部屋、コントロールルームにいた全員が影人の影空間に引きずり込まれたのだ。
「ごきげんよう、皇国の皆様。私はルティアラ。魔王国宰相を務めております。お見知りおく必要はございませんわ。どうせすぐお別れですもの」
突如現れた金髪の美少女。
まるで場違いな明るい声が室内を満たす。
こんな場面で無ければ間違いなく目を奪われてしまうだろう美貌。
「飛鳥。あなたもご挨拶なさい」
「は、ルティアラ様。私は魔王国技術長官を拝命した小鳥遊飛鳥だ。この国に意趣返しが出来ることを喜んでいるよ」
ルティアラに促され、白衣の飛鳥が簡単な挨拶をする。
「小鳥遊飛鳥・・・。魔技理論の提唱者だったな」
「ほう、よくご存じだ。学会からも異端として追放されたような研究者を」
「だからだよ。この世界で異端扱いされるなど余程だからな」
「そうかも知れん。だが、そのおかげで私はこうして今ここにいる」
「おしゃべりはそこまでにしてね。飛鳥、基地機能の掌握を」
「畏まりました」
飛鳥は一礼すると、直ちにコントロールルームから基地機能の掌握を開始する。
技術ならば超一流。
だからこそ異端の思想などに辿り着いてしまった訳だが。
「さぁ、あなた達はもう用済み。全員餌になってしまうといいわ。影人達、食べていいわよ」
「は?」
そして響き渡る絶叫。
生きながらにして貪り食われる苦痛と絶望はいかほどのものか。
食い残された顔に張り付いた絶望がそれを表現しているようだった。
あっという間に、コントロールルームにいた兵達は頭部だけを残して喰い殺されてしまった。
「その頭部はどうされるのでしょう?」
「せっかくだから次に攻める奥州の鎮守府に送り付けて上げようと思って。次にこうなるのはお前達だってね」
艶やかに笑うルティアラ。
「うふふ。さぁ、影人達。最後のお仕事よ。基地の中を全て調べ尽くして、生き残りがいたら全部食べちゃってね」
ルティアラに告げられた命令に軽くその身を震わせると、影人達は自らの影に沈み、その姿を消していく。
その数は徐々に増えているようだった。
「屍鬼の出番無かったわね。じゃ、飛鳥も急いで作業済ませちゃってね?」
「勿論です、ルティアラ様」
飛鳥は電脳化された自らを蝦夷鎮守府のメインコンピュータとクラスタ化された電脳回路に接続し、凄まじい勢いで浸食していく。
巨大なメインホロスクリーンに表示されたアラートのバーが高速で赤色に染められていく。
「ふふ。自分色に相手を染めるというのは気持ちいいわよねぇ」
「私はそのような経験をしたことがありませんので・・・」
「別に色恋の話じゃないわよ、飛鳥。恋愛も支配も洗脳も詰まる所は同じ事でしょ?」
「・・・捉え方は様々かと」
与太話を続けながらも、飛鳥の浸食はスピードを緩めることがない。
遂にバーが完全に赤色に染まる。
「完了です、ルティアラ様」
「分かったわ。ルイン、聞こえる?」
「ああ、聞こえるとも」
「飛鳥の作業が終了したわ。時間稼ぎはお終いよ」
「了解だ。殲滅開始だな」
念話で連絡を終えると、ルティアラは飛鳥に笑顔を向ける。
「せっかく基地機能乗っ取ったんだから、色々してみたいわよね?」
「そのあたりは、ルティアラ様にお任せします」
「丸投げね。まぁいいわ。じゃあ、私の言った通りに実行してみて?」
「畏まりました」
ルティアラがまず行わせたのは、基地内外を監視する情報網のデータをモニタに全て出させることだった。蝦夷鎮守府用に打ち上げられた偵察衛星も同時に乗っ取っているため、基地外の情報もバッチリだ。
「よしよし、基地の中は影人君達が順調に制圧してるわね。全滅は時間の問題、と」
モニターの中では、基地に残っていた兵士や職員達が影人によって喰い殺されていく様が映っている。
「じゃ、嫌がらせして上げましょうか。飛鳥、兵器軍の支援回路を凍結。パイロットのフルマニュアルモードに強制変更」
「了解です」
飛鳥の操作により、コンピュータにより補助されていた兵器が完全なマニュアルモードに切り替わる。
訓練としてはやったことはあっても、実際の戦闘を完全マニュアルモードでやろうなど狂気の沙汰である。
とてもではないが、人間の反射速度、身体能力でできるものではない。
如何に優秀な皇国のパイロットとて例外ではなく、勝手に墜落して爆発炎上してしまうような機体もあった。
「あらあら、機械の手を借りないと戦えないようじゃお里が知れますわ」
モニタで慌てふためく兵士達の様子を見ながらルティアラが顔をしかめる。
「この世界もたいしたものじゃないのかも知れませんわね。まぁ、楽に世界征服が出来てそれはそれでいいのかも知れませんが」
「ルイン様はがっかりするでしょうね、あまりに骨がないと」
「そうね。それは私も同じだけど」
突然ルインから念話が繋がる。
「詰まらん。飽きた。全滅させる」
心底どうでもいいような声でルインがそう告げた。
「そういうと思ってました。やっちゃって下さい。次の標的が恐れ戦くような、効果的な演出をお願いしますよ?」
「ふん。それくらいはサービスでやってやるか」
念話が切れる。
「さて、どんな極大魔法を見せてくれるかしら。飛鳥もよく見ておいて。もし魔王と同レベルの現象を起こすことが出来る兵器や理論があるのならすぐに教えてね?」
「了解であります」
モニタには赤黒い闇を纏い、空中に浮かぶルインが映し出されている。
「聞け、皇国の民よ。我は魔王。この世界全てを奪う者。今から我の力の一欠片を見せてやろう。その目に焼き付けるがいい。貴様らを滅ぼす者の力をな!」
ルインが掲げる指先から魔力が迸る。
生み出されたものは、漆黒の揺らめく禍々しい球体だった。
「出でよ、【深淵にて全てを呑み込む闇】よ」
モニタに映し出される異常に飛鳥が反応する。
「マイクロブラックホール!? 凄まじい力!」
「へえ、科学の力とやらでアレを作ることが可能?」
「現状では不可能でしょう」
「へえ。もしかしたら可能になるかも知れないということね。それは楽しみだわ」
凄まじい超重力の塊が天に生まれ、全てを呑み込まんと胎動する。
皇国の兵士が、兵器が抵抗する術もなく空中に吸い上げられ、呑み込まれていく。
「あれだけの効果を及ぼしながら対象を選別するですと・・・」
「今更ルインの力にびびってるの?」
「素晴らしい!!」
「え?」
飛鳥の顔は好奇心と喜びに輝いていた。
「さすがは魔王! さすがはルイン様! 一生付いていきます!!!」
「うん、さすが変人・・・」
若干ルティアラは引き気味の顔で興奮する飛鳥を眺めていた。
超重力の塊が空から姿を消したとき、皇国の戦力は完全に失われていた。
「聞け、皇国とやら。たった今この時をもってこの地は我ら魔王国の領土だ。悔しければいつでも取り戻しに来るがいい。次は奥州だ。震えて待っていろ」
そこでいったん言葉を切るルイン。
「皇国の民にも告げよう。我は魔王、魔王ルインである。魔王であっても、支配者であることに変わりはない。故に我らの支配を受け入れ、我が国に忠誠を尽くすのであれば、国の民として命と安全を保証しよう」
「あら、早速切り崩しにかかるのね」
モニタを眺めていたルティアラが呟く。
「滅ぼすだけでは世界征服の意味がありませんからね」
「ですよね。まあ、おそらく皇国首脳部はこの不都合な記録は隠蔽するでしょうが」
「それはそれでもいいのよ。飛鳥、あなたなら流せるでしょう?」
「勿論です。お任せ下さい」
後日、皇国中の映像媒体にこのときの一方的な虐殺の様子が流されることになるのだが、それはまた別の話である。
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