Code19
「パパ!」
「エリス! カイルさんは怪我をしていましてよ!」
カイルは走ってきたエリスを受け止めた。大丈夫だからと言って頭を撫でる。カイルのその手にパパの手は奇麗だねとすり寄ってくる。ほら、他の子と遊んでおいで、と言うとはぁい! と合流をしていく。
「やっぱり、お転婆な部分はサラさんによく似ていますね」
「あら? エリスの頑固な部分はカイルさんによく似ていますわ」
カイルはサラと顔を見合わせた。
――僕は君たちを失いたくない。
それから、カイルの顔から表情が抜けていった。父親から戦いに行く者の表情だった。
「サラさん」
「行くのですね」
「恐らく、フレイルは近日中にリージュに攻め込まれるでしょう。エリスとアイル先生、子どもたちを頼みます」
「無事に帰って来ると約束をしてくださいませ。そして、私たちの説教を覚悟しておいてください」
「サラさん」
怪我をしていない方の腕でサラを引き寄せる。唇を重ねた。まるで、必ず帰って来るといわんばかりのキスだった。
「帰って来るといった約束のキスなんてズルいですわ」
トントンとケアハウスの玄関を叩く音がした。騎士団が迎えに来たのだ。
ベッドから起き上がる。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
カイルは騎士団員と馬を走らせて、場内の練習場に入った。馬からおりると、おい、あいつが元暗殺者の! あんな華奢な奴が! とざわめく。カイルの瞳はいつも以上に鋭い。その瞳にピタっと、ざわめきが引いていった。
「お待ちしていました。カイル・コールエン。まずは、感覚を取り戻しましょう」
カイルが到着したところで、メフィスが入ってきた。射撃室内上に入ると銃を持った。
ズシリ、とした重みがある。
それは、今も昔も変わらない。
銃弾を入れて打つ。
反動で傷口が痺れる。
それでも、的は外さない。
五年も触れていなかったのに、感覚は忘れていなかった。昔みたいに銃を持つ怖さはなかった。人を殺すわけではない。今度はフレイルのために、力を発揮する。
故郷となったこの町のために。
温かく支えてくれる人たちのために。
カイルの腕を失礼します、とメフィスは掴んだ。強引に服を捲られる。触れられただけで、鈍い痛みが走った。
端正な顔が歪む。
ふさがれていない生々しい傷跡が残っている。まだ、赤みも引いていない。包帯を巻いていないのも、感覚が狂うのが嫌だったらしい。
「ここまで、ひどかったなんて! なぜ、言ってくれなかったのですか!」
カイルは声を荒げるメフィスを初めてみた。騎士団長としてではなく、一人の人間だと見て取れた。
「あなたがそんな声を出すなんて珍しいですね。誰かに感化されましたか?」
笑いで体が震える。カイルの腕に止血剤、化膿止め、痛み止めを打っていく。
「要請を受けてくれてありがとうございます。無礼をお許しください」
「あなたのためではありません。フレイルのためです」
薄暗い廊下を歩く。鍵で扉を開けて中に入った。
「どうぞ。これが『聖女の涙』になります」
宝石みたいだなと思った。
水色の光は本当の「涙」を連想させる。
ソッと手に取った。
「綺麗ですね。それと、しっくりきます」
ぽつり、と零す。
初めて触るのに懐かしさがあった。全身を包み込まれている温かさがあった。カイルの手の中で「『聖女の涙』」が歓喜するみたいに点滅をする。
「まさか、『聖女の涙』に触れられる人が出てくるなんて。基本、使う人を選ぶ気難しい魔法石です。今まで、何人も拒否されてきました。あなたは選ばれたのでしょう」
カイルは『聖女の涙』をセットした。それから、と落ち着いた声で作戦を話し始める。
「ライエル騎士団長。お願いがあります。霧の魔法石を使わせてください」
「反動がくる可能性があるのは、ご存じですよね? 騎士団長として怪我人には許可を出せません」
「僕は決着をつけるために、ロット・ウィーズリーとアリス・リージュを討ちとりたいのです。試してみる価値はあると思いませんか?」
「はぁ……ルージュ女医が言っていたみたいに頑固ですね。分かりました。ただし、戻ったらきちんと治療を受ける前提としてください」
「ええ。必ず」
カイルの提案にメフィスは溜息をついた。
「準備はできましたか?」
「はい」
「では行きましょう」
――アリス・リージュとロット・ウィーズリーの元に。
カイルは用意されている馬に乗る。その場は何事のなかったみたいに静まり返っていた。




