Code15
フレイルに来てから五年の歳月が流れていた。
幸せな日々だった。
「彼」が復活するその時までは――。
「カイル先生!」
カイルは書類整理をしていた手を止めた。ポスン、と飛びついてきた女の子の体を受け止める。今日は顔色が落ち着いているねと、よかったと話しかける。
皆は? と聞くとリビングでカードゲームをやっているよ、先生も行こうと腕を引っ張る。突然、地面がずぅん、と揺れたのをカイルは感じた。
こちらに、向かっている。
一歩一歩確実に。
危険だと元暗殺者の本能が訴えている。
「先生、何? 地面が揺れているよね?」
――嫌な予感がする。
女の子の腕を引っ張って、皆がいるリビングに急ぐ。急いで! と集合をかけた。その間にもジリジリとにじり寄ってくる気配に、不気味さがあるとカイルは思った。
背中に冷や汗をかいていく。それでも、表情には出さない努力をした。
子どもたちが怯えてしまうからだ。
「先生、何の匂い?」
「魔物!? 何で、フレイルに!」
カイルたちの前に現れたのは魔物だった。子どもたちを守るために、抱きしめる。抱きしめている腕に、襲いかかってきた。鋭い牙が腕に食い込んでいく。
腕を振って魔物を引き離す。
血が流れた。
血だまりが集まって人影になっていく。
『久しぶりだな。カイル・コールエン』
「ロット・ウィーズリー……! お前、生きて……!」
ブラウンの瞳が大きく見開かれる。
『随分、見ないうちに丸腰になったなぁ? カイル? 俺はリージュに魂を売ったよ。お前を倒すために! 復讐をしてやる』
闇の国――リージュである。唯一、魔物を所持している王国である。自らの魂と交換に、魔物と契約をするのである。そして、人の心を操れる能力もある。カイルも噂で知っていた。フレイルに魔物が来た理由が分かった。
ロットが誘導したのだ。
「ロット!」
名前を呼ぶとすでに、ロットの幻はなくなっていた。今はロットを追うべきではない。魔物をどうするか、考えなければならない。子どもがいる中で、武器を持つわけにはいかない。
戦える状況ではなかった。
「先生!」
「大丈夫。大丈夫だから」
不安にさせないために微笑む。いつも通りの笑顔を心掛けた。カイルの耳にバサリと、旗が翻る音がした。狼をモチーフにした旗が目に入る。
フレイル王国王家騎士団『銀の狼』である。通称・シルバー・ウルフと呼ばれていた。カイルたちがいる原っぱに構え! 撃て! と凛とした号令がした。
銃声が鼓膜を震わせる。
続いて湧き出た水が魔物を押し流していく。断末魔を上げながら、魔物が押し流されていった。カイルは対魔物用の銃団と魔法石だと耳にはしていた。
「先生! ごめんなさい! 僕たちを庇って……!」
泣かないで、無事でよかったと、落ち着かせる。
「遅くなってしまって申し訳ありません」
「メフィス・ライエル騎士団長」
カイルは直接会うのは初めてだった。オレンジ色の瞳は、何を考えているのか分からない。
それが、第一印象だった。
医療班の治療をカイルは拒んだ。アイル以外に治療をしてもらうつもりはない。それでも、強制的に腕を掴まれると、腕に包帯をまかれていった。
「さて、ここからは密談なのですが。あなたの力を借りたい。カイル・コールエン」
言い方を強調しているな、と思った。つまり、元暗殺者としての力を借りたいと言っているのだ。ブラウンの瞳が、メフィスを睨みつける。強気な眼差しだった。怪我を負っているのに、弱気な様子すら見せない。
「僕を調べたのですか?」
「まさか、あなたがあの有名な暗殺者だったなんて驚きました。魔物を殺すのなら、人を殺すよりも随分マシだと思いませんか?」
「お引き取りください」
静かに言い放った。
「そうだ。これを渡しておきます。奥様に」
魔法石でも炎、水、シールド、姿を消せるカモフラージュ、風などの種類がある。あとは、霧の魔法石もあるのだが、一番濃度が高く騎士団が管理をしていた。騎士団のみが所有している魔法石は、異彩を放っていた。
「魔法石を渡して恩を売るつもりですか?」
「今のあなたに家族を守る力はありますか? 我々としては戦える人物を手に入れたいだけです。ご了承ください」
カイルはメフィスの背中を見送る。見送ってからしゃがみ込む。抵抗できないまま、全身から力が抜けていく。
「カイルさん!」
残っていた若い騎士団員が体を支える。
「カイル!」
「先生!」
子どもたちと住民たちの声がする。カイルは何とか意識を保とうと抗うのだった。




