Code10②
物事が動いたのは、その日の夕方だった。アイル先生いる? 開けてとの呼びかけに、医学書を読んでいた手を止めた。眼鏡を外して玄関に向かう。扉を開けると、ホカホカのお粥を持った住民が立っていた。
「これなら、彼が食べられるかな? と思って」
「これも、日本のご飯ね。栄養価が高いから助かるわ」
かたり、と小さな音がした。アイルが後ろを振り向くと、カイルが壁に手をつきながら、こちらに向かってきている。アイル先生、お待たせしました、時間がかかりすぎてしまって、ごめんなさいと口が動いたなと思った。
希望が。
希望が見えた気がした。
医師としてやってきて本当によかった。諦めなくて正解だった。この子は必ず立ち上がってきてくれる。這い上がってくれる。医療従事者としての確信があった。
カイルが流れ着いて三年の月日がたっていた。長くもあり短くもある。
思いが実った。
――あの子が。
――人に怯え住民の前に出ようとしなかったあの子が。
――出て来てくれるなんて。
――今日ぐらい嬉しい日はないわ。
当然、迷いもあったはずである。どれだけ、悩んだのだろう。どんな思いで覚悟を決めたのだろう。
――ダメ。
――我慢できない。
言葉にならない。
目頭が熱くなる。
瞳に涙が浮かぶ。
頬を流れていく。
ごしごしと涙を拭くと、何事もなかったみたいに体を支える。
「寝てなくて大丈夫?」
睡眠は足りている? と瞳を覗き込む。
「朝よりも気分は良好です。それに、三年分のお礼も言えてなかったですし、交流会も出られなかったですから」
アイルと住民は当たり前の行動をしているだけよ、と朗らかに笑う。
「ありがとうございます」
「そうそう。今年も夏祭りがあるのよ」
『フレイル王国 夏祭りのお知らせ』
アイルとカイルにチラシを見せる。アイルはジッと見ているカイルにあら? と思った。意外にも興味をもったみたいだった。行ってみたいの? と聞くと頷く。微熱があるでしょう? まずは、体調を整えましょう、今日はもう休もうと促す。体を預けた歩く姿はアイルに信頼をおいていた。
部屋まで連れて行く。アイルが戻ると住民も涙ぐんでいた。
「強い子ね」
「ええ。私の自慢の家族だからね」
きっと、きっと。
望む未来が待っている。
見守って来た親代わりとして信じている。
だから、これからも共に――。
やっていけたら。
戦っていけたら。
――頑張ろうね、カイル君。
再び涙ぐむアイルと住民を、夕日が影を作っていた。




