Code10①
アイルは入口の目の前に置かれた野菜に目を丸くした。いつもの倍置いてある。こんなに、いただけないわと言うと今度来た坊主、かなり体が弱いらしいじゃないか、栄養のある物を作ってやってくれと、ニッと笑って去って行く。
――ありがたいわ。
――さて、何の料理なら食べられるかしら?
――栄養価が高い野菜。
人参、かぼちゃ、ほうれん草を手に取って、メニューを考える。どれも、新鮮な野菜ばっかりだった。
――そうね。
――ほうれん草のスープなら食べられるかもしれないわね。
――早速、取り掛かりましょう。
ほうれん草を水で軽く洗って、ミキサーにかけていく。牛乳を少し足して、滑らかにして食べやすくした。
舌触りもいいはずである。
――食べてくれるかな?
「カイル君、食べられそうかな?」
アイルが声をかけると、瞼が緩く開く。最初は警戒していて、食べてはくれなかった。水すら吐く日もあった。最近は一口、二口でも食べてくれている。来た当初よりも心を開いてくれている。
ちゃんと、指導も聞いてくれている。話に耳を傾けてくれる態度を見せる変化があった。
――出会った頃と比べて丸くなったね。
不意に過去を思い出す。
――僕に触るな。
最初は触れられなかった。
拒まれた。
景色さえも映さない。
深い闇を持った瞳は、ぼんやりと遠くを見つめているだけである。まるで、最初から死期を悟っているみたいで、歯がゆさしかなかった。
カーテンを開ける。
「おはよう、カイル君。体温は測ろうか。今日は久しぶりの雨だね」
外ではシトシトと雨が降っていた。やり取りを繰り返して、ここに来てから半年が経過していた。
「おはようございます。アイル先生」
返事をしてくれる朝が訪れたのである。初めて聞く少年らしさを、残したアルトボイスだった。
――この子はこんな声をしていたのね。
次の言葉を待つ。
「嫌われている――怖がられていると思ったら、声が出なくて……! 信じられなくて……! ずっと、声をかけてきてくれていたのに……! 返事ができなくて、ごめんなさい! ごめんなさい――先生。嫌いにならないで……!」
探りながら話している。
慎重さがった。
時に言葉は凶器になる。
人の心に突き刺さる。
人の痛みと言葉の重みを、理解しているからである。それで、衝突をしてしまった子供たちを見てきた。
――賢い子ね。
人一倍、繊細な性格が伝わってくる。だからこそ、何気ない会話を心がけてきた。
「私の大切な患者を嫌いになんてならないよ。勇気を出してくれてありがとう。カイル君」
分厚かった壁は取り払われたのである。あれから、毒気と刺々しさはなくなっていった。
今は柔らかい。
そして、気遣いができて温かい。
あの頃の面影は残っていない。
ケアハウスの小さな子どもたちも、カイルに懐いていた。夕方になると誰がカイルの隣で寝るのかと、じゃんけんで決めるぐらいだった。アイルはカイルがその様子を、穏やかな眼差しでみているのも知っている。
――挫けずに接してきて正解だったわ。
――カイル君。
――向き合ってくれてありがとう。
わずかでも、気力を取り戻してくれてよかった。この子の瞳は奇麗だと思った。
「いただきます」
「どう?」
「甘いです。おいしい」
「よかった。確か、原産は島国の日本だったかな? 今、フレイルで作れる作物を試してみているの」
「どんどん、国も変わっていきますね。変われないのは僕だけか」
焦らなくてもいいから、と食器を受け取る。なだめるために、ポンポンと背中を叩いた。
幼子をあやすみたいに。
こうしたスキンシップを、受け入れてくれる日も増えた。食事を含めてステップアップをしていっている。順調に進んでいる傾向でもある。夢うつつだった瞳が、ゆっくりと閉じていく。アイルはカイルの体をベッドに寝かせた。




