街道での虐殺
(どうしよう……)
屈強な山賊達に囲まれるなか、小媛は玉修門の細剣を構えながら焦燥感に駆られていた。
先ほどまでお嬢様を守っていた凡吉は突然失神し、お嬢様は恐慌状態になってまともに動けない……今、この窮地を脱することが出来るのは自分だけだと、ハッキリ認識している。
しかし、小媛は実戦経験に乏しく、剣技もからっきしだ。
彼女は武林の高手達のように剣を振るって悪人共を駆逐するといった、大それた夢など持っていない。
ただ、自分が仕えるお嬢様を護りたい……そんなささやかな願いを抱いているに過ぎないのだ。
(私は……私は……っ)
小媛は、恐怖に震えながらも細剣を構える。その切っ先は、小刻みに震えていた。
「おぅおぅ、嬢ちゃん。震えてるぜ?」
そんな小媛の姿を見て、山賊の一人が下卑た笑い声を上げた。
「怖いなら大人しくしてな。悪いようにはしないからよ」
「そうそう。俺達が用があるのはそこのお嬢様だけさ」
「まぁ、ちょっとばかり味見させてもらうかもしれねぇけどな」
他の山賊達もゲラゲラと笑いながら小媛を取り囲む。彼らの濁った目は、値踏みするように小媛の体を舐め回すように見ていた。
(ひぃぃぃっ! 気持ち悪いぃぃぃっ!!)
小媛は内心で悲鳴を上げた。こんな男達に好き勝手されるくらいなら、いっそこの場で舌を噛み切って死んでしまいたい……本気でそう思った。
――その時だった。
「うぎゃああああああっ!!?」
耳をつんざくような凄まじい悲鳴が、辺りに響き渡った。
何事かと全員が視線を向けると、そこには信じられない光景があった。
「あ……ああっ!? な、なんだこれはぁぁぁぁっ!?」
さきほど小媛に品のない言葉を投げかけてきた山賊の一人が、自身の股間を押さえながら、白目を剥いてのたうち回っていたのだ。彼の股間からは、まるで噴水のように鮮血が噴き出している。
「こ、小僧! 小僧ぉぉぉっ!!」
別の山賊が叫んだ。その視線の先には、いつの間にか気絶していたはずの凡吉が立っていた。
凡吉は、呆然としている小媛の背後から、普段持ち歩いている包丁を投げて山賊の股間に命中させた後、さらに別の包丁を取り出してのたうち回る山賊に躊躇なくとどめを刺した。
「なっ……貴様っ!?」
「こ、小僧!」
山賊達が色めき立つ。凡吉はゆっくりと顔を上げるが、いつもと変わらない、まったくの無表情だった。だがその瞳には……どこか狂気すら感じさせる冷徹な光が宿っている。
「き、貴様――」
その言葉を最後に、別の山賊は首と胴体が離れ離れになった。
動揺する山賊達の間を、凡吉は縫うように通り抜けて切りつけていく。その姿を見て、小媛はあることを思い出した。
(あの動き……もしかして天羽剣法?)
天羽剣法――玉修門においてもっとも基礎的な剣法であり、玉修門を建立した開祖が会得していた剣法である。
残念ながら、世間では実戦性に欠けると認識されて『お嬢様剣法』と陰で言われていた。実際、小媛も少しそう思っていた。
だが――。
(お嬢様剣法なんかじゃない……これじゃあ、まるで……)
人を殺すためだけに創られた剣法……小媛はそう思った。
凡吉の動きには、一切の無駄がない。最小限の動きで山賊の急所を的確に捉え、一撃で絶命させている。それはまるで、人の形をした死神のようであり、その挙動は踊るように滑らかだった。包丁という簡素な武器を使いながらも、その刃筋は寸分の狂いもなく山賊たちの喉笛や心臓を穿っていく。
「ば、化け物め!」
「囲め! 囲んで数で押せ!」
山賊の頭領と思しき巨漢が怒号を飛ばす。取り巻きの男達が一斉に凡吉へと襲いかかるが――遅すぎた。
「……」
凡吉は左足を軸にして旋回する。遠心力を乗せた包丁の一閃が、半円を描いて近づいてきた山賊三人の腹を切り裂いた。返り血が雨のように降り注ぐ中、凡吉の表情は変わらない……無表情で、次の獲物を見据えていた。
(すごい……でも……)
小媛は言葉を失っていた。目の前で繰り広げられる一方的な虐殺。それは圧倒的な強さだったが、同時に底知れぬ恐ろしさを感じさせた。
「ひぃぃぃっ! もう勘弁してくれぇっ!」
ついに恐慌したのか、生き残った山賊達が蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。だが凡吉は容赦しない。逃げる背中に向かって無慈悲に包丁を投擲する。一本、また一本と背中に突き刺さり、山賊達は次々と地面に倒れ伏していく。
「うわああああっ! だずげでくれえええっ!」
やがて残されたのは山賊の頭領のみとなった。彼は腰を抜かして地面にへたり込み、哀れな声で命乞いをしている。
「た、助けてくれ! 金ならいくらでも払う! 女だって好きなだけ用意する! だから頼む! 見逃してくれぇ!」
「…………」
凡吉は無言のまま歩み寄る。そして傍らに落ちていた剣を拾って――
「ごぶふっ!?」
躊躇なく頭領の口に深々と突き立てた。そのまま顎の骨ごと下に引き裂く。頭領は声にならない絶望の呻きを漏らしながら絶命した。
※
普段はのどかな街道に、不気味な静寂が訪れる……街道には十数名もの山賊の亡骸が転がり、鮮血が赤黒く大地を染めていた。
「…………」
凡吉は血溜まりの中に佇んでいる。全身を返り血で染め上げた少年の姿は、まさに修羅そのものだった。
「……凡吉」
小媛が掠れた声で呼びかける。凡吉はゆっくりと振り返った。その顔には相変わらず表情がない。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
凡吉は、いつもと同じ調子で小媛に語り掛けた。まるで、先ほどまでの惨劇などなかったかのように。その異常なまでの平静さが、かえって小媛の恐怖を掻き立てる。
「だ、大丈夫……だけど……」
小媛はゴクリと息を呑んだ。凡吉は一体何者なのだろう? なぜこのような殺戮を平然と行えるのか? 恐怖と疑問が入り混じった複雑な感情が胸の中で渦巻いていた。




