三回戦
「何だとっ⁉」
天雲門から、驚きの声が響く。
二回も立て続けに、彼らの弟子が玉修門の『俗家弟子の町娘』に負かされた……信じたくない光景なのだろう。
「中堅を出すのだ! 急げっ!」
王大長老は、黄鷹と陣明を治療させながら中堅を催促する。第三の挑戦者が現れた――名前は、陸宗源である。
彼は長い棍棒を携えた屈強な男だった。その容貌からは先ほどの二人よりもさらに強い力強さを感じさせる。どうやら今度は正面からの力比べになりそうだと思われるような雰囲気を持っているように思われた。
(だけど……)
それとは別に、凡吉はあることが気になっていた。
陸宗源が比武台に上がる時、王寿山と何やら話し込んでいた……ここで凡吉が勝てば、玉修門の勝利が確定する……それだけに、天雲門はより激しく、狡猾で、残忍な手口を使ってくるだろう。
傘下門派の連中がどんなことをしていたかを知っている凡吉は、自然にその考えに至った。
事実、比武台に陸宗源は自信ありげな表情と妙な気運……それを目の当たりにして、その考えが的を射ていると確信しつつある。
(何を仕掛けてくるかは分からないけど、とにかく用心しないと……)
そう思ってから改めて気持ちを引き締めるように意識を切り替えていくことにした。そうすることで少しでも有利になるのではないかという淡い期待を持ちつつ準備に取り掛かった。
「……あの者、妙な気運ね」
艶香蘭は、凡吉の対戦相手を見てそう呟く。
「さきほど、王大長老と何やら話していたのも気になります。
この一戦で凡吉が勝てば、当門派の勝利……天雲門はどんなことをしても、この一戦に勝とうとするでしょう」
龍如姫の言葉に、門主も太上長老も頷く。
「もし凡吉の身に何かあれば、止めましょう…この比武は生死決ではないのですから」
門主の楊精華の言葉に、二人は頷いた。
「はじめっ!」
曼玲堂主の言葉を皮切りに、試合開始となった――瞬間、陸宗源は猛然と突進してきた。
手に持つ鉄製の棍棒を振り上げて、猛然と迫ってくる様子には凄まじい迫力があり、一瞬怯みそうになってしまうほどだった。
しかし、そこを堪えて、凡吉は黒杖を構えて待ち構えることにした。
やがて互いの武器同士が接触する距離になったところで思い切って打ち払おうとした――ところがここで予想外の事態が発生した。
なんと、敵の方からあっさりと退いてしまい、拍子抜けしてしまったのだ。
まさか撤退するとは考えていなかったため一瞬判断が遅れてしまい、その隙を見逃すまいと一気に詰め寄ってきた相手に対して慌てて防御体勢に入る。
辛うじて間に合ったので大事には至らず、そのまま両者は牽制と致命的な一撃を交互に繰り返す膠着状態に陥った。
どうやら、相手は戦い慣れているようだ……年もだいぶ上のようだし……。
(なら……これで……)
凡吉は、黒杖を順手に持ち替え、陸宗源を追い詰めていく――しかし……。
「っ⁉」
不意に、凡吉の頭上から幾重もの鎖が降ってくる……間一髪避けたが、鎖の先端についた錘は地面に深々と突き刺さった。
「おっ! 避けたか! けど次はどうかな⁉」
陸宗源の持つ鉄製の棍棒の先端から、伸び縮みする鎖が出てくる……なるほど、これが彼の隠し手か……凡吉は身をひるがえし、陸宗源が繰り出す連続攻撃を紙一重でかわしていく。
彼の攻撃は大振りだが、当たれば確実に致命傷となる威力を持っていた。だからこそ、避けることはできるが攻め込むタイミングを見つけられないでいた。
(このままじゃ埒が明かない……)
凡吉は心の中で葛藤していた。
早く反撃しなければ、相手のペースに乗せられてしまう――そう考えている最中も、相手は攻撃の手を緩めない。
「どうした、玉修門の小娘ぇ⁉ そんなもんかぁ⁉」
陸宗源は、挑発するような態度を見せながら攻撃を繰り出し続ける。凡吉も必死になって防御しながら反撃の機会を伺い続け――隙を見つけた。
(そこっ!)
「ぐあっ⁉」
凡吉の黒杖が、宗源の分厚い胸板を打ち、その巨体を後退させる。彼の胸の皮膚は真っ赤になっていた。
「――クソッ!」
捨て台詞を吐き、宗源はズボンのポケットから丹薬を取り出し、それを飲んだ――次の瞬間、彼の目がギラリと光り、凡吉を見据える。まるで獣のように荒い息遣いで凡吉を見据える。
その気力は禍々しく、その肉体はステロイドを過剰摂取したように経脈が浮き出ていた。
(――さっき話していたのは、これ⁉)
凡吉は額から脂汗をかきながら、黒杖を構える……おそらく、相手が今飲んだ丹薬は普通の丹薬ではない……種類は分からないが、おそらく服用した人間を強化するものだろう……なんらかの代償を支払って…。
「狂化丹かっ⁉」
曼玲堂主が誰に言うでもなく、そう叫ぶ。
狂化丹……それは、服用者の体力や気力などを飛躍的に向上させる副作用の強い秘薬である。
飲んだ者は、短期間で体内の経脈を活性化させることによって爆発的な力を発揮することが出来るようになり、一時的に超人的な力を使うことができるようになると言われているものの、効能が切れると経脈が損傷、または破裂し、最悪死に至るという劇薬。
「はあああああああっ!」
獣のような咆哮をあげ、狂化丹を飲んだ陸宗源は凡吉に向かって走り出した。
そのスピードは先ほどの比ではなく、一瞬にして距離を詰めると猛烈な勢いで連続攻撃を仕掛けてきた。その威力たるや凄まじく、黒杖で受け止めるだけで精一杯だ。
しかし、なんとか凌ぎ続けた甲斐があってか、相手は徐々に動きが鈍り始めた。
ようやく反撃の兆しが見え始めたところで、思い切ってカウンターを仕掛けることにする。ここで決着をつけなければならないと思ったからだ。
凡吉は黒杖の柄を右手で握り……剣を抜いた。白刃が陽光に照らされてキラリと光り、見る者を一瞬、恍惚とさせる。
「白刃っ⁉」
「仕込み杖ね……どこで拾ってきたのかしら?」
母上の言葉をよそに、凡吉はそのまま天羽剣法の『紫羽』の構えをとり、相手の攻撃を待った。
「ああっ……‼」
陸宗源が全力で鉄の棍棒を振り下ろしたところを、天羽剣法の武功である『蓮羽迎門』で迎え撃つ。
棍棒は細剣にいなされ、細剣はそのまま宗源の右肩に突き刺さる。続いて、彼の左腰、右腿、左腿に次々と白刃が刺さる。
まるで舞を舞うように流麗に、彼の肉体を穿っていく……その間も彼の狂化した膂力で振るわれた棍棒はことごとく空を切るが、とどまる気配はない……おそらく、自我を失っているのだろう。痛みさえ、今の彼を止める理由にはならなかった。
そして――宗源の力任せの攻撃に、凡吉は勝機を見出した。
「紫羽・奥義――飛燕穿羽っ‼」
その武功は、宗源が振り下ろした鉄棒を地面に叩きつけ、鉄棒を握りしめていた彼の右手を切断した。
不幸なことに、そのタイミングで宗源が服用した狂化丹の効果が切れ、全身の経脈が千切れ、激痛が彼を襲った。
「――あぁぁあぁああっっっ!!!」
絶叫した後、地面に崩れ落ちた。凡吉は息を整え、曼玲堂主を見る……勝利を確認するために。
彼女が、驚いたような表情をして凡吉を見ていたが、一応勝利の宣言をしてくれた。
「勝者――凡吉」
「――ば、馬鹿なっ⁉」
天雲門から驚きの声が上がる。
三連敗……それも、相手は、自分達が散々侮蔑していた玉修門――それも、町娘に女装した使用人……これが本当の意味で彼らにとってショックな出来事だったに違いないだろう。
曼玲堂主は王寿山に冷徹な瞳で言った。
「既にこの比武の勝敗は決しています。これ以上無益な争いは不要でしょう」
「い、いいや! まだだっ! 副将と大将が出場していないっ! 比武を続行せよ!」
「勝敗は既に決しています」
「貴様ぁっ⁉」
「――王寿山大長老……今ここでこれ以上騒ぎを起こすのは賢明な判断とは言えませんよ?」
曼玲堂主のその一言に、さすがの王寿山も言葉を詰まらせた。
それほどまでに彼女は普段とは違う威圧感を放っていたため逆らう事ができなかったのだ。
剣を鞘に納め、比武台を降りた凡吉を迎える玉修門の門主達――曼玲堂主以外、誰もが複雑な表情をしている。
この勝利で、玉修門はその名声を上げるだろう……しかし、その代わりに――この比武で勝った凡吉は、間違いなく注目の的になる。
天雲門がどのような手段に出るかは分からないが、何らかの方法で凡吉を排除しようとしてくる可能性があるだろう。
そうなれば彼一人では対処できないかもしれない……そう考えると不安を感じずにはいられなかったのだ。
「よくやったわ、凡吉……」
その時、まず声をかけたのは玉修門の門主である楊精華だった。
優しい笑みを浮かべながらそう言う彼女の表情を見て、他の二人も次々と称賛の言葉を述べ始める。
「ええ、見事な働きでした……」
龍如姫が続く。
「正直、勝てるとは思っていなかったけど……よくやったわ」
最後に、凡吉の母上である太上長老の艶香蘭が素直な感想を述べる。その言葉に対して、凡吉もまた謙虚に応じていた。
それを見た三人は、嬉しさ半分心配半分といった感情のバランスを保ちながら、安堵するとともに次なる目標に向けて意気込む姿を見せたのであった。
(……とにかく、これで玉修門は北東山古跡への入場権を守ったわけだ……)
だが、安心は出来ない……ここからまた、その入場権を賭けて、玉修門内で比武会が開かれるのだ。
今回のように、凡吉が天雲門の門徒を破ったことを知り、自信喪失する門徒もいるだろうが、その反対に、天雲門を破った凡吉を討ち取れば、箔が付くと思う門徒もいるかもしれない。
それに、凡吉は元々玉修門で腫れ物扱いされていた……この比武会で、少しは評価が変わってくれれば嬉しいが……。




