母親からの贈り物
その日の晩……。
凡吉は自分の小屋に戻っていた。今日は色々あって疲れているのでゆっくり休もうと思っていたのだがどうやらそういうわけにはいかないようだった。彼の部屋を訪れた者がいたからである。
それは艶香蘭……凡吉の母上だった。
「入るわよ? 凡吉」
「えっ? 母上っ⁉」
「何をそんなに驚いているの? 入ってもいいかしら?」
突然の訪問に凡吉は狼狽した。今までこのようなことはなかったため、戸惑ってしまったのだ。
それでも断る理由もないため了承し、室内に招き入れることにする。
そして彼女は居間の畳に腰を下ろし、凡吉も向かい合う位置に座った。
……こうして改めて二人きりになると、やはり緊張してしまう部分があるようだ。今まであまりこうした機会がなかったせいかもしれないが、どうしても落ち着かない気持ちになってしまう。
そんな様子を見て取ってか母上の方から話しかけてくれた。おかげで少しだけ緊張が和らいだ気がした。そこで思い切って質問してみることにしたのである。
「あの……どうしてここへ?」
そう尋ねると、母上は少し困ったような表情を浮かべながら、話し始めてくれた。
「あなたと少し話をしようと思って……それと、今日の比武の勝利…その祝いの品をね…」
「…え…」
「ほら、これよ……」
そう言って、母上は風呂敷に包まれた桐箱を差し出す。
どうやら何か大事なものが入っているらしいことが窺える。一体何なのか興味を持ちつつ受け取り、結び目を解く。
蓋を開けると、中には女性物の着物一式と装具類が入っていた。しかもかなり高価そうなものばかりだ。
「これは……」
「見ればわかると思うけど、女性の着物一式よ。着付けを手伝いましょうか?」
「は……はい……」
「それじゃ…」
そして、母上は手早く凡吉に着物を着せていった。
凡吉は帯を結ばれたり髪飾りをつけられたりしていくうちに、どんどん身体が熱くなっていくのを感じていた。
(なんか……すごい格好になったなぁ……)
そう思った瞬間、ふと母上が持ち込んだであろう鏡を見て、さらに衝撃を受けることになる。
そこに映っていたのは可憐な少女だった。それが今の自分の姿だと認識するのにしばらく時間がかかったほどであった。
(これが本当に僕なのか? いや確かに顔立ちは同じなんだけど雰囲気が全然違うじゃないか……)
そんなことを考えていると、不意に肩を叩かれる感覚があった。振り返るとそこには歯上の姿があり、優しい笑みを浮かべていた。どうやら着替え終わったようだ。
「うふふ、似合っているわよ。可愛いわねぇ」
「ど……どうも……」
褒められて悪い気はしなかったものの、恥ずかしさの方が勝ってしまい、俯いてしまう凡吉。
その後しばらく沈黙が続いた後、再び口を開いたのはやはり母上の方であった。
今度は真面目な表情をしており、先程までの柔らかな雰囲気とは打って変わって、凛々しく引き締まった印象を受けた。
それだけ重要な話をするつもりなのだろうと考えて身構える凡吉に対し、彼女は静かに語り始めたのである。
「凡吉……改めて、今回の比武、よくやったわ。色々な意味でね」
「恐縮です」
「いいえ、謙遜することはないわ。正直なところ、あなたがここまでやれるとは思っていなかったもの」
そう言われて少し複雑な心境になるものの、事実なので反論できない部分もある。
「でもね……それ以上に心配なこともあるの」
「……どんなことでしょうか?」
「あなたのこれからについてよ」
……それは、ある程度凡吉も気にしていた。
しかし、心の中で『どうにかなる』と浅慮していた部分はある。
その浅慮を、母上は見抜いているような気がした。母上の厳しい視線が凡吉を見据える。
「今回のことであなたの実力は、もう隠すことは出来ないわ。今まで、目立たないようにしてきたみたいだけど……これからはそうはいかないわよ?」
「……」
「だからこそ聞きたいの。あなたはどうしたいのかしら?」
鋭い問いかけに、思わず息を飲む凡吉。
しかしすぐに答えは出てこなかった。というよりも考えたことがなかったと言うべきだろうか?
だが……今なら一つ、やり遂げたいことがある。
「お嬢様を……龍華鈴様を守りたいです」
それが、やっとのことで絞り出した凡吉の言葉だった。
「そう……」
「その為に、これからも強くなろうと思います」
「……」
「ですが……正直なところ……わからないのです……」
率直に答える凡吉に対して、母上の表情が少し曇る。
「……あなたはまだ若いわ。ゆっくり考える時間が必要でしょうね……ただ一つ言えることがあるとするなら……」
「なんでしょうか?」
「どんな道を選んだとしても、後悔しないようにしなさい。それが一番大切なことだと思うわ」
月並み……しかし、その言葉を発した存在はこの世界における強者で、凡吉の母親だ。だからこそ、その言葉がなによりもありがたかった。
「……ありがとうございます、母上。肝に銘じます」
「ふふ……いいのよ」
満足げな微笑みを浮かべる母の姿に、ホッと胸を撫で下ろす凡吉であった。




