やるべきこと、やりたいこと
玉修門と天雲門の比武――それも、北東山古跡の入場権を掛けた比武が行われる台の上で、凡吉は先ほどまでとは違って、冷静な思考にふけっていた。
凡吉が女装したのには、もちろん理由がある。
それは、玉修門の名声の上昇……それが、凡吉にとってはこの比武を受けるに値する理由だった。
天雲門から比武の申し合わせがあった時、断ることも出来ただろうが、その行為は間接的に玉修門の名声を傷つける。
たった一人の例外――黒いアヒル――玉修門における自分の立場を、凡吉はよく理解していた。
そのため、『玉修門の使用人・凡吉』という男性と共に、この場限定で玉修門の俗家弟子である町娘――それも、晴れの日に出かける町娘に扮した。
理由は至極簡単。人材の募集にある。
玉修門は、元は中原帝国の帝都に門を構えていたが、様々な理由で今の常磐山脈の麓に落ち着いた。
建国の功臣である李天羽という女性が創立した、帝国建国以来の歴史がある正道名門派……その特色は様々だが、もし挙げるとするならば、徹底した男子禁制にある。
太上長老から奉公人に至るまで、玉修門は全員女性で構成されている。これは、正道や魔道、邪道に属する無数の門派の中でも、かなり珍しい部類だった。
門派の規則は時代と共に変わっていくのが常だったが、玉修門のこの規則だけは、創立以来変更されていない。理由は、開祖の言葉にある。
『これからは、女性も世に出る時です』
中原帝国を興した初代皇帝との会話の中で、開祖である李天羽が放った言葉の一つである。
それまで、女性達の存在は家財と同等に扱われていた。東亜大陸のどの国、どの民族にも共通している価値観だった。
それを、建国の功臣のたった一言で変えてしまった……そのことは、世の女性達にとっても、玉修門にとっても、喜ばしいことだった。
ところが……現実はそう甘くない。
もちろん、時代と共に改善されていったが、未だに男尊女卑の気風はある…それでいて、今はそれなりに太平の世である。女性達も、進んで名を上げるようなことは、ごく一部の人達を除いては望まなかった。
それでも、玉修門は帝国建国以来のこの規則を変えなかった……それゆえに有能な人材を輩出したとも考えられるが、同時に、それゆえに衰退していっているのも、また事実である。
そんな玉修門に突如現れた、自分という存在……天劫と共にやってきたと門派から説明しても、信じる人は限られ、母上である太上長老に対して良くない話をする者も多かった。
この比武が…その天命を、因果を、玉修門の未来を変える、最初の波紋程度にはなるだろう……凡吉はそう考えて、改めて深呼吸する。
(一意専心…結果は一つ…)
そう心の中で繰り返しながら、対戦相手を待つ凡吉……その時、彼の眼前に『諸天万界』の蒼い画面が現れた。
道『北東山古跡の入場権を賭けた比武で、天雲門に勝利する』
心臓が高鳴り、胸の奥で不安と興奮が入り混じるのを感じた。
凡吉が知る限り、『諸天万界』から『道』が示されたのは、これが初めてだった。
道……これまで、『隠された道』を始めとした様々な出来事に遭遇し、達成し、奨励品であるパックを受け取ってきた。そのおかげで、今の自分がある。
となると……これを達成した時、自分はより強くなれるだろう。少なくとも、お嬢様をお守りするくらいには。
そう考えると、凡吉の中に闘志が湧き上がってくる。
「曼玲堂主。こちらの方は?」
天雲門の大長老である王寿山が尋ねた。
「凡吉です」
「はいっ⁉」
「これから行われる試合についてですが――」
審判を務める曼玲堂主は、天雲門の喧騒を無視して比武の規則説明を始める。
参加者は合計五人。対戦形式は一対一。最後まで比武を執り行い、勝ち点が多い門派を勝者とする。
この規則では、玉修門が三対二で勝てれば御の字であろう。曼玲堂主の駆け引きの結果である。相手が天雲門である以上、完全勝利は難しいと踏んでいるようだ。後は、比武を行う弟子達に掛かっている。
しかし、それでもまずは第一戦。ここで勝利を掴めなければ話にならない。
天雲門側からは早速挑発的な声が飛んでくる。その内容は凡吉に対する軽蔑と嘲笑であり、明らかに女性軽視の思想が窺い知れる。
「おいおい、本当にあのガキみたいな奴が俺達の相手なのかよ?」
「玉修門ってのは見栄張りだからな。こんな弱そうな奴しか用意できねぇんだろうぜ」
「まあいいさ。雑魚なら楽勝だろ」
その中で、先鋒を務めるという人物が前に出てきた。名前は黄鷹。筋骨隆々とした体格を持ち、鋭い眼光と残忍な笑みを浮かべている大男である。
「さてさて、今日はどんなクソ雑魚野郎とやらせてもらえるんだ?」
黄鷹は余裕綽々(しゃくしゃく)といった様子で言った。
「よお、そこの嬢ちゃん。お前が俺の相手か? 可愛い顔してるじゃねぇか」
黄鷹は嘲笑混じりに言った。
「ちょっとは楽しませてくれよ? その華奢な身体つきを見る限り期待薄だけどな!」
黄鷹は嘲笑を続けた。
「どうせすぐ終わっちまうだろうが、せいぜい足掻いてくれよ!」
……どうやら、天雲門の弟子達には対戦相手の詳細は知らされていないらしい。
自分の比武相手が男性で、ましてや弟子ではなく使用人であることなど、目の前の男はまったく理解していないようだった。そして、同時にこれは好機かもしれないと凡吉は考えた。油断している相手ほど倒しやすいものはない。
「黄鷹よ。見下す態度は分かるが、少し言い過ぎではないか」
王大長老が下卑た笑みを浮かべながら言うと、黄鷹も同じ笑みを浮かべて答える。
その言葉には明らかに侮蔑の感情が含まれており、玉修門への軽視が感じられた。
「いやいや、大長老。こう見えても俺は天雲門の選抜を受けた腕っこきですよ? 相手が誰であろうと問題ありませんよ。それより早く始めましょうぜ」
黄鷹は自信満々に言った。
「それにしても、やっぱり女ってのは駄目ですねぇ。いくら弟子とはいえ、大したことない連中ばかりなんじゃないですか?」
黄鷹は鼻で笑った。
「まあいいさ。どんな相手だろうと叩き潰すだけだ!」
黄鷹は大声で叫んだ。天雲門からは更なる嘲笑や冷笑が飛び交う。一方で玉修門側からは静かな緊張感が漂う。特に曼玲堂主や門主達は眉間にシワを寄せて険しい表情を見せる。
「ではこれより、両門代表による比武を行います」
審判役を務める曼玲堂主が厳粛な口調で宣言する。
「双方準備は良いですね? それでは――始め!」




