天雲門とのいざこざ
「っ‼ 行けっ!」
ついに痺れを切らしたのか、豪奢な格好の男は剣を抜いて号令を出した。途端に、天雲門の連中が武器を手に襲い掛かってくる。
凡吉は持って来ていた包丁を構え、華鈴達三人を守る態勢に入った。ちなみに彼女達はと言うと……
「フン、この私が直々に相手してやるのよ。光栄に思いなさい?」
「お嬢様、危険ですっ!」
「ウラァァッ‼」
それぞれ違った調子で戦闘準備に入っている。特にハルはすでに戦意旺盛であり、凡吉は内心で溜め息を吐く。守る身にもなってほしい……勝手に自分でそう思っているだけだが。
幸いにも、凡吉には『守護者』の称号効果がある。注意すれば問題はないはずだ。だが、それでも油断は禁物だと自分に言い聞かせ、まず一人を相手取ることにする。
「グフっ」
最初の敵を倒すのに、さほど時間はかからなかった。相手の動きを読み、一撃で仕留める――それが凡吉の戦闘スタイルだった。この世界に来てからというもの、山賊、飄雲派、覇雲派の連中を殺害する時から一貫している。
その威力は、これまでに授かってきた様々な力によってより強化されている。
(……あっちは大丈夫そうだな…)
天璃堂主率いる内門弟子達と天雲門の豪奢な男が率いる者達の戦いを見て、凡吉はそう思った。
その近くでは、王堂主と外門堂の精鋭たちが天雲門の弟子を次々と制圧していた。玉修門の外門弟子達はその光景に圧倒されつつも、自分たちの役割を果たすべく奮闘する。
双方の外門弟子同士の戦闘も多く見られるようになり、外門周辺は乱戦模様となった。しかし、徐々に玉修門側の優勢が明らかになっていく。
(次っ!)
凡吉は華鈴達の安全を確保しつつ、周囲の天雲門の連中を排除する。彼女達も必死に戦っているが、当然ながら相手の強さには違いがあり、全てが簡単に終わるわけではない。
それでも凡吉は冷静さを保ち、周囲の状況を見極めながら行動する。華鈴や小媛、ハルの動きに注意を払い、必要があれば即座に助けに入れるよう備える。
戦場の喧騒が耳を塞ぐ中、徐堂主たちの戦闘も激しさを増している。男の周囲には天雲門の精鋭たちが集まり、防衛線を張っていた。
しかし、徐堂主の指揮下にある内門堂の弟子たちは徐々に敵を削り取っており、戦局は確実に玉修門有利に傾いていた。
(そこっ!)
凡吉は華鈴と小媛を狙う敵の攻撃を弾き返し、背後から奇襲を仕掛ける。その瞬間、彼は相手の動きを読んでいた。次の瞬間、敵は動揺して隙を晒し、凡吉はその隙を逃さずに急所を突いた。長年使いこまれた包丁は刃が薄くなっていたが、それでも人間の肉を切り裂き、突き刺すには十分な威力を発揮できた。
……もうそろそろ壊れそうだったが、流石にこの状況で使わずにいるわけにもいかなかった。
(あと少し……っ⁉)
そこで、突然別の敵が背後から斬りかかってきた。凡吉は咄嗟に振り返り、包丁で防御しようとしたが――相手の刃が彼の包丁を押し込むように迫ってくる。
「ぐ……っ!」
相手の力に押されてバランスを崩しかける。だが、その瞬間、彼の背後から華鈴が叫んだ。
「凡吉っ!」
彼女の声が響いた瞬間、凡吉は咄嗟に右脚で相手の腹を蹴り上げた。驚異的な身体能力で繰り出されたその一撃は、相手の体を吹き飛ばし、一瞬の隙を作った。しかし、相手はすぐに体勢を立て直し、再び凡吉に向かって攻撃を仕掛けてきた。
「ウグっ」
しかし、ここでハルが横から飛び込み、凡吉を庇うようにして攻撃を受け止めた。ハルの驚異的な身体能力によってその攻撃は弾かれ、相手は狼狽えて隙を晒した――それを見逃さず、凡吉は包丁で斬りかかる。
その一撃で敵は倒れ、その周辺にいた敵も全て片付けることができた。王堂主もすでに天雲門の軍勢を排除し、内門堂からも増援が次々と到着している。その光景を見て男は表情を歪ませると、持っていた宝珠を掲げた。すると、男の姿と周囲の者達の姿が消えていく。どうやら、転移術を発動させる宝具のようだ。
「チィっ! 撤退だっ‼」
完全に転移する前に、男はそう叫ぶ。どうやら転移術は限定的なもので、本人以外を含めるにはそれなりの制限があるらしい。徐堂主も彼の様子を見て追撃を諦め、他の天雲門の連中の殲滅に努めるよう指示する。
その後しばらくして、この場での戦いは終わりを迎えたのだった。
※
その後、天雲門は朝廷に今回の件を直訴した。
『玉修門に天雲門の使者が訪ねた際、玉修門の者達が一方的に襲い掛かり、使者を含む弟子達に怪我を負わせた』
とのこと。もちろん、これらは事実無根のものである。被害も過小評価されている。
あの後、玉修門の護法や執法が検分した結果、玉修門が殺害した天雲門の弟子は総勢52名だった。天雲門の直訴には、その者達の事は記されていなかった。
さらに、天雲門は飄雲派と覇雲派の滅門に玉修門が関わっていると嘘の証言まで行う始末。
当然、朝廷側も話は聞くが信じているわけではなく、いわゆる『善処する』という旨の返事だけで特に何もしなかった。結果として、天雲門が悪評を広めただけで終わったのだった。
その情報を知った周青雲は激怒したが、それでも何も出来なかった。
「貴様……」
「お、お許しください、門主っ!」
帝都内にある天雲門の本部にて、青雲は豪奢な服装をした男を叱責した。男は土下座のまま、脂汗を流している。
その男――周青雲の甥である青年、周雷迅であり、天雲門の小門主でもある。小門主とは、次期門主となる大役である。
しかし、その大役を任された人物は、それに相応しくない小人であった。
周雷迅は、天雲門が未曾有の危機を迎えているなか、次期門主としての立場を確立するために、古跡の入場権である玉牌を手に入れることを考えた。
それを手っ取り早く実現する手段が、玉修門の襲撃である。
彼の中では、玉修門はお嬢様ばかりの弱小門派――だったのだが、現実は甘くなかった。
彼は門派の上層部に無断で精鋭達や弟子達を連れて行き、玉修門に攻め入った挙句に玉牌を奪取できなかった。
それどころか、天雲門の大半の外門弟子や内門弟子、それどころか護衛の供奉数名も、玉修門との戦闘で死亡したのだ。
「お前は、玉修門を衰退している弱小門派だと思っているだろう?」
「は、はい……違うのですか?」
「たわけっ‼」
「ヒィィっ!」
周青雲が机を叩いて恫喝すると、周雷迅は恐怖で顔を歪ませた。
「そもそも、古跡の入場権である玉牌を朝廷から三つも与えられている時点で、その門派の価値が分かるだろうがっ! そんなことも分からんのか⁉」
「で、ですが―」
「黙れっ!」
もはや取り返しがつかない失敗を犯した甥に、周青雲は苛立ちを隠せなかった。
本来ならば、このような粗暴な真似をするべきではない。しかし、天雲門の連中も焦っていた……飄雲派と覇雲派の滅門で大量の人材と金銭、資材を喪失したせいで、内部から不平不満が上がってきていたのだ。
(このままでは……)
飄雲派と覇雲派の滅門により、天雲門の信頼は大きく揺らいでいる。もしこのまま改善がなければ、やがて自壊していくのが目に見えていた。
そのため、周青雲は少しでも早く新たな門派や弟子を傘下に収めなければいけない。
(だが、それが台無しになった……)
周青雲は額に手を当てながら苦悩する。玉修門との衝突は間違いなく、天雲門にとって致命的となるだろう。朝廷からの支援も見込めなくなる可能性が高い。
今更、玉修門に謝罪に行ったところで信じてもらえるはずもない……それどころか、さらに悪化する可能性も高い。もはや八方塞がりの状況だった。
(どうすれば……)
その時、突然扉をノックする音が聞こえる。周青雲はその音に反応し、頭を上げた。
「入れ」
そう言うと、天雲門の大長老である王寿山が入ってきた。王寿山は拱手した後、報告する。
「門主、ただいま戻りました」
「うむ。朝廷はなんと?」
「その……」
王寿山は言葉に詰まった後、ゆっくりと口を開いた。
「……今回のことについては、最大限善処する…と……」
その返答を聞いた周青雲は、思わず目を閉じた。
(やはりか……)
予想通りの結果に、周青雲は内心でため息をつく。朝廷も、どちらか一方を支持するという形は避けたいのだろう。
もはや天雲門が窮地に陥っていることは明白だった。玉修門との抗争は、想像以上に深刻なものとなりそうだ。
「門主……」
周青雲は再度考え込んだ。
(さて、どうしたものか……)
このままでは天雲門が瓦解してしまう。それだけは何としても避けなければならない。
しかし、その方法が見つからなかった……。
「門主……玉牌の件でしたら、私に一つ、妙案がございます」
「……何?」
「実は……」
王寿山は、内緒話をするかのように周青雲の耳元へ顔を近づけた。




