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豪奢な男

 翌日――凡吉はいつも通りに起床した後、朝食を摂ってから使用人の仕事を済ませ、比武会に向けて体を慣らしておくために内門堂で修練に励んでいた。

 比武会は素手のみのため、主に徒手空拳の型や招式を繰り返し発する。

 その様子を内門堂の師範代達は自分の直弟子や他の内門弟子の様子を見ながら感心していると、事件が起きた。


「た、大変です!」


 内門堂に駆け込んできたのは、見知った外門弟子だった。

 彼女は息切れしながら事の詳細を伝える。そして、その内容に凡吉は思わず驚愕する。


(天雲門が来た……?)


 その言葉に、凡吉は修練する手を止めずに会話を盗み聞きする。

 どうやら、天雲門の連中がいきなり山門におしかけてきたらしい。その対応に王曼玲を始めとした外門堂の実力者が出払っているようだ。現在、その者達と天雲門の連中が山門付近で対峙しているとのこと。あまり事を荒立てたくないので、内門堂から人を呼ぶことはせず、今いる面子でどうにか対処しようとしているらしい。


「分かったわ。私は堂主を呼んでくる。他の皆は応援に行って! 凡吉っ! あなたもよっ!」

「はい」


 師範代に言われなくても、そうするつもりだった。

 今、玉修門は比武会の事で忙しい。この件で弟子達の手を煩わせるくらいなら、玉修門で唯一の使用人である自分が対処すべきだろう……対処出来ればの話だが……。

 外門堂を走り抜けた凡吉は、そのまま山門へ向かった。すでにそこには騒ぎを聞きつけてやって来た弟子達が大勢集まっており、師範代らが彼らに山門付近から離れるように声掛けをしている。


(……)


 凡吉が見るに、すでに山門は突破され、外門堂の門まで天雲門の連中は迫ってきていた。だが、そこで彼らは玉修門の人々に足止めされているらしい。

 大勢の弟子達の中には、華鈴達三人の姿があった。彼女達は普段通りの態度のまま、天雲門の人間達に向かって罵声を浴びせていた。他にも同じような者達が幾人もいる。

 凡吉は華鈴達の近くに行き、三人に声をかける。


「お嬢様」

「あ、凡吉っ!」

「何があったんですか?」

「あの連中、いきなりやってきて北東山古跡の入場権を寄越せって言ってきたのよ!」


 興奮冷めやらぬといった調子の華鈴の代わりに、小媛が補足説明をしてくれた。


「古跡の入場権というのは、通常何かしらの材質で出来た玉牌の事を言うの。北東山古跡の場合は、石材で出来た玉牌よ」

「玉修門には何個あるんです?」

「確か……三つじゃなかったかしら? 古跡に入ろうとする門派の中では、少ない方よ」

「玉牌って、どうやったら手に入るんですか?」

「それは――」


 その答えは、天雲門の連中と対峙している外門堂の堂主・王曼玲の言葉によって阻まれた。


「すでに当門派は、朝廷より三つ、玉牌を賜っております。

 それを奪うような行為はすなわち、朝廷への反逆とみなされる可能性がありますが?」

「そんなことはどうだっていい!!」


 その問いに応えたのは、天雲門の人間で唯一、豪奢な服を着た男だった。

 彼の周辺には、他の門派でいうところの内門弟子クラスの弟子や護衛らしき連中が控えていることから、かなり偉い立場なのだろう。随分と強引な真似をしてくるな、と凡吉は心の中で思った。


「我らに玉牌を差し出せ。さもなくば、今ここで痛い目を見るぞ?」

「それは脅しですか?」


 堂主の問いに対して、男は嘲笑で返した。


「なんと取られようと構わん。我々は貴様らに忠告しているのだ。ここで素直に渡すのなら、貴様達に危害を加えないだけありがたいと思うべきだ」

「……」


 曼玲堂主は男の言い分に沈黙した。天雲門の連中はそれを敗北と受け取ったようだが、当の本人は真逆の対応を示す。


「……ふざけたことを抜かすな」


 堂主・王曼玲は静かに、しかしはっきりとした声音で言い放ち、剣を抜く。


「玉修門は朝廷より与えられた三枚の玉牌を、正当な手段で保持している。それを奪おうというのなら――貴様らを逆賊として成敗する」


 彼女の背後に並ぶ外門堂の精鋭たちが、一斉に剣を抜いた。天雲門側にも、同様に武器を構える気配が広がる。

 外門弟子達や俗家弟子の中にも、剣に手をかけ、あるいは身構える者がいる。戦えない者達は、他の弟子達によって宿坊の方へ避難させられた。

 両陣営が武器を構え、殺気と緊張が外門付近に満ちていく。


(……うん)


 天雲門の連中は確かに強い。だが、こちらも負けていない。

 そもそも、人数的には玉修門の方が有利なのだ。特に堂主や護法の実力は確かなので、短期決戦ならば問題ないだろう。ただし、長期戦になると天雲門がどんどん増援を呼び、包囲網を形成していくのが予想される。そうなった場合、こちらが不利になるのは必至だろう。まずは数の差を利用して、早々に天雲門の頭を落とすべきだと考えた。

 だが……ふと気配を感じて振り返ると、内門堂の方からも増援が押し寄せる。その中には、内門堂・堂主の徐(じょ)天璃(てんり)の姿もあった。


 しかし、それを見ても天雲門の連中は引く気はないようだ。特に豪奢な服を着ている男は。よほど自信があるのか、あるいはブラフか……凡吉は男に対し、神通経を使用した。


(ここで玉修門の入場権を獲得すれば、門主の覚えもめでたくなるだろう…絶対に退けんっ!)


……どうやら、ブラフのようだ。

 しかし、それをして目の前の男が弱者だと決めつけるのは性急だろう。彼自身が天雲門でかなり高位の地位にあり、他の強者を使い捨てにするタイプかもしれない。だとしたら厄介だ。

 だが、戦闘になればこちらにも勝算はある。天雲門は朝廷への敵意を示したようなものだし、玉修門としては彼らを殺害する大義名分もある。

 徐堂主はすでに王堂主と話し合い、徐堂主率いる内門堂が男が率いる精鋭達を、外門堂が天雲門の弟子達を叩くことで一致したようだ。これを聞いた男はますます焦燥感を抱いている。

 天雲門と玉修門の対立は決定的となり、ついに両者は動き出した。

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