嵐の前の静けさ
「門主……いかがなさいますか?」
中原帝国の帝都――その一角に建つ、道場と屋敷を兼ねた建物の最上階で、筋骨隆々な老人を前に、もう一人の老人が脂汗を流しながら問いかけた。
相手は天雲門の門主、周青雲である。
稀代の英雄、一騎当千の豪傑と称されてきた彼は今、自分が傘下に収めている勢力二つを滅ばされ、挙句の果てには支部を構えていた城への立ち入りを禁止されていた。そうなった理由は、彼も分からない。
これまでの人生、それなりにうまくやってきたはずだが、恨みを買った覚えは腐るほどある。しかし、そのことごとくを力でねじ伏せてきた。いつの間にか、帝国の中でもそれなりに名の知れた門派になっていた。
しかし、今は市中に出れば天罰が下っただの天雲門はもうおしまいだなど、これまで自分達にゴマをすってきた連中がほくそ笑みながらそう言っているのが聞こえてくる。
以前ながら力づくで解決できたが、勢力が弱り、これまでの行いもあって積極的に助力してくれる存在も見つからない状態では、下手に手を出すわけにはいかなかった。それがさらに周青雲の苛立ちを助長する。
「……下手人はまだ見つからんのか?」
「……はい、残念ながら…」
「役立たずどもめ……」
門主は舌打ちしながら悪態をつくと、椅子に座り直し考え込む。
「……ふむ。やはり、情報については専門家に頼るべきか」
そう考えた彼は、目の前に立つ天雲門の大長老、王寿山に対して命令した。
「丐幇と下汚門に対して、飄雲派と覇雲派の事件について調べさせろ。金に糸目は付けん」
「ですが、奴らは高く見積もってきそうな気がしますが……」
「構わん。このまま尻尾を巻いて逃げ帰るわけにはいかん」
「承知しました」
王寿山は拱手して返答すると、すぐに部屋を出ていった。
そうして、周青雲は忌々しげに虚空を睨む。
(一体何者だ。飄雲派と覇雲派を滅ぼし、その財産まで奪った奴は……それに、帝都にある門派や他の組織の監視をすり抜けていることも気に食わん……おのれ、どこまでも私を愚弄しおって。必ず見つけ出し、落とし前を付けてくれるっ‼)
そこで周門主はハッとした。
(そもそも、こんなことを一人で出来るはずはあるまい。だが、小さな勢力でも無理だ。となれば……やはり大門派が……?)
だが、そうなると思い当たる節がない……考えられる可能性としては、どこかの人物か勢力の後ろ盾になっている勢力が、天雲門に復讐しているという可能性だが……。
(……クソッ‼)
いっこうに答えが出ないことに、周門主のイラ立ちはつのるばかりだった。
※
「凡吉、知ってる? 今度、北東山古跡の入場権をかけて、比武会があるんですって」
「はぁ……」
――数日後。
快晴の空の下、玉修門の外門堂広場では凡吉、龍華鈴、陳小媛の姿があった。
凡吉は午前中に使用人としての仕事を終えての休憩時間、二人も午前の修練が終わった後の休憩時間だったため、自然とこの三人で集まることになった。
「しかも、優勝者には入場権とは別に修練に役立つ品も送られるんだって」
「……ほぉ?」
「ねぇ、どう? 出場しましょうよ!」
その提案を聞いて凡吉は眉をひそめた。なぜなら、そんな面倒なことに関わりたくないと思っ
(そもそも、使用人は比武会に出場することが出来るのだろうか?)
という疑問がありつつ、それを口にする前に――。
「あ、ここにいたんだ」
「あら、ハル。あんたも休憩?」
「えぇ、そうよ」
そこにやって来たのは、華鈴と小媛の同じ外門弟子のダエンオロン・グンジ・ハルアヤンガ――通称、ハルがいた。彼女は中原帝国の出身ではなく、戦元帝国の皇室に連なる者である。
「何を話してたの?」
「北東山古跡の比武会のこと」
「あー、それ私も聞いたわ」
ハルは少し悩んだ顔をすると、凡吉の方へ向き直る。
「そっか、それで凡吉を誘ってたのね」
ニコリと微笑んだ彼女に、凡吉は思わず身構えた。何か嫌な予感しかしない。
ハルは両手を合わせると、まるでいいこと思いついたと言わんばかりに声高々に言った。
「それじゃあ、凡吉が比武会に出場できないか、堂主様に聞いてみましょ」
「そうね、そうしましょ」
(……)
自分の意志は関係ないんだな、と思う凡吉であった。
※
数分後――。
(……意外だったなぁ)
凡吉は心の中でそう思った。
外門堂主である王曼玲を訪ねた結果、彼女から得た回答は『出なさい』だった。それ以外にも、
『あなたにはいい経験になるでしょうし、あなたの実力を知る良い機会よ』
とのこと。さらには、
『この件に関しては私も一肌脱ぐわ。比武会に出場したならば、優勝を目指して頑張りなさい』
とも言われたので、凡吉としても断れる雰囲気ではなかった。
とにかく、こうして凡吉は北東山古跡の入場権を賭けた比武会に参加することになったのだ。無論、華鈴や小媛、ハルも出場するようだ。まぁ、これはこれで面白いと思った彼は、とりあえずこの流れに乗っておくことにした。
(まぁ、なるようになるか……)
そう思いつつ、凡吉は三人娘と一緒に比武会の開催日時と場所を外門堂の広報板で確認する。
場所は玉修門は外門堂広場。開催日時はなんと三日後、つまり明後日の午前十時頃から開始されるということで、当日受付も可能と表記されている。
「意外と早いのね。古跡が開くのはまだ少し時間があるでしょ?」
華鈴が誰に言うでもなくそう言うと、ハルも同調する。
「確かに……なんでかしら?」
「おそらく、古跡での修練に向けた準備期間を設けたいんだと思います。
最近は何かと騒動がありましたから、古跡内で何が起きてもおかしくありません」
小媛がそう言ったことに、凡吉も内心で同意する。
何事においても、準備するにはある程度の時間を要するのは世の常だからだ。
騒動とは、言わずもがな山賊の件と、飄雲派と覇雲派の滅門の件だろう。今もまだ、それらの事件は調査中のままらしい……出来れば、山賊の件以外は永久に不明のままであってほしい。
まぁ、いずれにせよ今は比武会の開催に向けて、修練に励もうと思うのだった。




