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天尊降臨 ~神々の子は諸天万界を旅する~  作者: ポンタ
第二章 丐幇の乞食・乞凡
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54/70

波紋

 覇雲派滅門事件の話は、既に皇帝の耳にも届いており、朝廷内でも不安と警戒感が高まっていた。

 天雲門とそれに連なる門派は、決して弱小勢力ではない。それがここ半月ほどで天雲門を残して人も資材も消失という、異常事態に見舞われていた。


「……っ!」


 玉座の間に控えている皇帝は、覇雲派の事件についての報告を聞き終えると、苛立たしげに傍らにある玉座の肘掛けを叩いた。その小さな動作に、場の空気が一層張り詰める。


「……一体、どうなっている?」


 皇帝は顔をしかめ、侍臣たちに向けて怒りと不満を露わにする。彼らにとっても、このような状況は非常に由々しき問題であった。

 飄雲派や覇雲派、さらには天雲門の門主である周青雲が逗留(とうりゅう)している北山城は、彼ら官吏が行政を担っている。

 そこでこのような騒ぎがあったとなれば、当然自分達の責任を問われることになる……官位の降格ならばむしろ良い方で、下手をすれば命が危うい。

 ただでさえ、朝廷内は普段から緊張と不穏な空気に包まれているのに、これ以上問題事が起きるのは耐えがたかった。何とか、対処しなければならない。


「お言葉ですが陛下、これを放置していては朝廷の権威に関わります」


 一人の侍臣が進み出て進言する。


「しかし……今回の一連の事件は、あまりにも不可解すぎる。まるで……」


 別の者が口を開きかけたところで、皇帝の冷たい視線が飛ぶ。


「まるで、何だ? 言ってみよ」

「……い、いえ、何も――」

「良いから申せ」


 皇帝の言葉に、侍臣は躊躇いながらも言葉を紡ぎだす。何か考えがあるのか、あるいはただの推測なのか、微妙な表情をしている。


「……まるで、天意のようだと……」

「ほう?」


 皇帝の目が細められる。確かに、今回の事件は不可解な点が多い。

 帝国中のほとんどの者達が『滅門』と口にしているが、実際は人と資材が消失したという事実だけがある。また、それに人や勢力が関わっている証拠も見当たらない。


(神隠し……)


皇 帝は自分のその考えを眉間(みけん)を抑えて制しようとする。


(何をバカな……)


 天雲門は確かに実力のある勢力で、朝廷にも逡巡(しゅんじゅん)の意を示していたが、巷(ちまた)では悪名を轟かせていたことは、皇帝も知っていた。おそらく、今回の事件はそれらに関連するものだろう。

 このまま捨て置くわけにはいかない……先ほどの官吏が言ったように、これらの事件が最初に起きた地が、朝廷が遣わした官吏達が治めている北山城で起きたことなのだから……。


「……あそこの近くには玉修門があったな? 精華門主はどうしている? 如姫は?」

「精華門主は胡城主と面会しているとのことです。如姫公主様は玉修門内におられるようで……」

「……ふむ」


 皇帝は玉座から立ち上がり、窓辺へと歩み寄る。そこから見える都の景色を見下ろしながら、彼は深く息を吸い込む。この事件に対する決断を迫られていることは明らかだった。


「天雲門の周門主は?」

「そちらも、胡城主と面会を……」

「ということは、三者会談か……」

「……そうなります」

「まあ……あそこに住む民にとっては、幸運なのかもしれないな……」

「どういう意味でございますか?」

「天雲門と傘下の門派は、これまで朕(ちん)に逡巡の意を示してきたが、民達には非道な行いをすることが多かった。その内容は魔道や邪道の門派と大差ない。

 それに比べて、玉修門は帝国建国時からの正道名門派なうえ、精華門主や如姫は私利私欲のために動く者たちではない。太上長老に至っては、天劫と共にやってきたという子供にかまけてばかりらしい。

 どうにか彼女達に、うまく事を収めてくれることを期待しよう……だが……」


 皇帝は窓辺を離れ、再び侍臣たちの方へ向かう。


「……だが、この件は放置できない。少なくとも、飄雲派と覇雲派に何があったのか、徹底的に調査せよ!」

『御意!』


 皇帝の厳しい決断に、侍臣たちも一斉に膝をつく。その光景を背に、皇帝は一つの懸念を抱えていた。


(……それに、我が孫娘である華鈴の命を狙った下手人達の雇い主も、気になるからな……)


              ※


 同時刻の、北山城城主の執務室……そこには、この北山城を治める官吏の城主・胡栄真と玉修門門主の楊精華、天雲門の門主である周青雲の姿があった。

 三人の間に流れる空気は非常に張り詰めており、特に精華門主と周門主はいつ殺し合いを始めてもおかしくない気迫を放っている。

 その板挟みになってしまっている胡城主は、茶を一杯飲んで言った。


「……二人とも落ち着いて話をしませんか?」


 この言葉には、胡城主自身の切なる願いが込められていた。緊張が続く中で、少しでも平和的な解決策を見出したいという思いが伝わってくる。

 彼は二人を冷静にさせようとしているが、二人の間にはもはや埋められない深い溝があり、もはや解決の糸口さえ掴めないように思える。

 果たして、この状況がどのように進展していくのか……二人の反応と行動次第で物語は大きく動き出す予感が漂っていた。

 楊精華と周青雲の睨み合いは、北山城の執務室を緊張の渦に巻き込んでいた。

 精華門主の周囲には、白玉のような淡い輝きを帯びた霊気の層が広がり、まるで彼女自身が生きている結界のように空間全体を覆っている。

 その霊気はただの防護の力ではなく、見る者の心まで侵食するかのように美しくも冷たい圧力を持っている。

 一方、周青雲の周囲には群青色の霊気が渦を巻き、その奥には暗雲が重たく垂れ込めるような不吉な雰囲気が漂っていた。

 霊気そのものが禍々しい波動を放ち、見る者の胸を締め付けるかのようだ。


「貴様が……!」


 先に声を荒げたのは、天雲門門主の周青雲だった。

 彼は握りしめた拳を震わせながら、目の前に座る精華門主を睨みつける。その眼には、憎悪と苦悩が入り混じった激情が宿っていた。


「貴様が、全ての元凶だ!」


 周青雲の声は怒りに震え、今にも飛び掛かりそうなほどの迫力を伴っていた。

 しかし、その激情に対して楊精華は微動だにせず、ただ冷たい視線で相手を見据えている。


「ほう……」


 楊精華の声は低く、だが確固たる力強さを持っていた。

 彼女の周囲に広がる霊気はさらに濃くなり、白玉のような光が部屋全体を包み込む。

 その光に触れた瞬間、周青雲は動きを止めざるを得なかった。

 まるで見えない鎖に縛られたかのように、彼の体はぴくりとも動かない。周囲を覆う霊気が、彼の暴走する気迫を静かに抑え込み、物理的な力以上の威圧感を与えていた。


「落ち着きなさい。これ以上の無駄な争いは意味がない」


 楊精華はただ冷静に、そして冷酷に相手を見据えている。

 だが、その様子が周青雲の心をさらに掻き立てる原因となっていた。


「無駄だと⁉ 貴様が何を言うか!」


 周青雲は歯を食いしばりながら叫んだ。


「貴様が……いや、玉修門の女狐どもが企んだ策謀のせいで、俺の同胞たちは死んだのだぞ!」


 その言葉には、悲しみと怒りが滲んでいた。

 飄雲派と覇雲派の滅門。それは単なる偶然や不幸ではなく、陰で動いている何かの仕業だと信じている周青雲にとって、玉修門への疑念と敵意は当然の帰結だった。


「策謀などない」


 楊精華は即座に否定し、その瞳には一片の揺らぎもない。


「私はただ、貴殿や胡城主にはっきりと言いに来ただけだ。我々は天雲門の傘下門派の滅門には、一切関わっていないと」


 普段、凡吉や玉修門の人々に見せる温厚な性格は鳴りを潜め、今はその冷徹・冷酷な態度に、周青雲は怒りを抑えきれず、再び拳を握りしめる。


「それを信じろというのかっ⁉」


 だが、楊精華は淡々とした表情を崩さなかった。彼女の霊気は揺るがず、その場を支配し続ける。


「信じるかどうかはあなたの自由。しかし、今のあなたに必要なのは復讐ではなく、現実を見据えることだ」


 その言葉は突き刺さるように鋭く、周青雲の胸を抉った。

 だが、彼はそれでも感情を抑えられずにいた。


「ふざけるな……!」


 その瞬間、執務室の扉が控えめに叩かれた。周青雲が苛立ちを露わにして答えると、戸の隙間から若い文官が姿を見せた。


「……申し上げます」


 その声にはどこか焦りが混じっており、周青雲と楊精華の注意が自然と彼に向けられる。


「本日、朝廷より使者が参りました」


 文官は恭しく頭を下げながら続けた。


「皇帝陛下の勅令により、天雲門および傘下の勢力は、北山城から退去し、立ち入りを禁止することになりました」

「何っ⁉」


 文官の言葉に、執務室内に緊張が走った。

 楊精華は静かに眉を寄せ、周青雲は驚愕の色を隠せない様子で目を見開いた。

 一方、胡城主は呆然としながら文官を見つめ、思わず口を開いた。


「……ちょ、勅令……間違いないのか?」


 胡城主の声には、明らかな動揺と不信感が表れていた。北山城を預かる者として、突然の命令に困惑しているのは明らかだった。


「なぜだ⁉」


 周青雲は怒りと困惑を抑えきれず、声を荒げた。

 彼にとって、この命令は余りにも理不尽であり、到底受け入れられるものではなかった。朝廷の意向が何を意味するのか、この場にいる誰も理解できていない。その不透明さが、周青雲の焦燥をさらに煽っていた。


「皇帝陛下の勅令にございます」


 文官は恭しく頭を下げながら答えたが、その表情には微かな動揺が見て取れた。


「詳細につきましては明かされておりません」


 その答えに、周青雲は怒りをさらに募らせ、楊精華は沈黙の中で何かを考え込むように目を伏せた。一方、胡城主は文官に向かい、低い声で尋ねた。


「他に、陛下からお言葉は?」

「ございません」

「むぅ……」


 胡城主は唇を噛みしめ、どうしようもない無力感に襲われる。文官も困惑した表情を浮かべ、肩をすくめるしかなかった。

 ただ、周青雲は激しい憤りを感じ、声を荒げて抗議した。


「胡城主っ! この仕打ちはあんまりですっ! 飄雲派も覇雲派も、我々天雲門も、朝廷に逡巡の意を示してきたはずっ! なぜこのようなことが――」

「周門主」


 楊精華は冷徹さが滲み出る声色で言った。


「聞き忘れそうになっていたのですが、数日前、当門派に覇雲派と天雲門の者達300人余りが押し寄せてきました。

 それ率いていた者の名は天雲門第二長老の張英豪というそうですが、周門主は何か聞いておりませんか?」

「い、いや、わしは何も……」

「そうですか。なら仕方ありませんね。

 事後報告になりますが、その者達は謎の刺客によって全滅させられました。お悔やみ申し上げる」

「う、うむ……」

「他に、何か聞いておくべきことがありますか?」

「いや、今はいい……」

「そうですか。では、これにて失礼させていただきます」


 楊精華は周青雲の顔を見ながら、静かに立ち上がった。


「胡城主、また近いうちに参ります」

「……承知しました」

「では」


 楊精華は踵を返し、執務室を後にした。

 彼女の背中が扉の向こうに消えると、室内には重苦しい沈黙が流れ、誰も言葉を発することができなかった。

 その場に残された周青雲は、悔しさと怒りに震えながら、拳を握りしめるしかなかった。

 そして、この一連の出来事が、今後の展開にどのような影響を及ぼすのか、まだ誰も予測できていなかった。

 城内が夕焼けに染まり始める頃、楊精華は自らの霊気を纏いながら足早に歩みを進めていた。

 その姿は、静かなる決意を湛えており、足音ひとつ立てずに回廊を抜けていく。彼女の後ろには、忠実な弟子であり側近の林華が付き従っていた。

 林華はいつもの冷静さを保ちつつも、その瞳には師の緊張と焦燥が映っているのを感じ取り、どこか張り詰めた表情を浮かべていた。


「門主様」林華が小声で呼びかける。

「玉修門に戻られますか?」


 その問いかけに、楊精華はわずかに足を緩めずにはいられなかった。だが、すぐに前を向き直り、言葉を絞り出す。その口調には迷いがない……ように聞こえるが、内心では様々な思索が渦巻いているのが分かる。


「ええ……」


 楊精華の声は短く、しかし固い響きを帯びていた。


「急いで戻る必要があるわ。長老達に会談の内容を伝えないと」

「了解しました」


 林華は即座に応じると、師の決断を受け入れたことを示すように軽く頷いた。

 城内の灯りが次々と灯される中、二人は静かに城門を抜け、厩舎に預けていた馬にまたがり、城外へと踏み出す。城壁の向こうからは、遠くで響く市井のざわめきや馬の蹄の音が聞こえてくる。

 その喧噪を背に、楊精華は夜風の中を歩きながら、これから待ち受けるであろう試練への備えを胸に刻み込んでいた。


「それにしても……」林華が再び言葉を投げかける。

「今日は色々あり過ぎましたね」


 その声には、やや疲労が滲んでいた。師と共に歩む中で、この一日の出来事の重さを改めて噛みしめているようだった。


「ええ……そうね」楊精華は静かに同意した。

「それに、いったい誰が天雲門を狙っているのか……それが分からないのが、不気味だわ」

「それは私も同感です」


 林華の声には同意と不安が混じっていた。二人の影が馬の背に揺られながら、城門を抜けると、すぐ目の前に広がる石畳の道が月明かりに照らされていた。玉修門への一本道だ。その道の先に待ち受けるのは、平穏か、それとも新たな混乱か。

 どちらにせよ、今の彼女にとって必要なのは、一刻も早く仲間のもとに戻り、次の一手を打つ準備を整えることだった。馬の歩みを進めながら、彼女はその思いを強く胸に刻んだ。


「本当に……色々あり過ぎて、頭が痛くなるわ」楊精華は小さく呟いた。

「飄雲派、覇雲派の滅門。皇帝陛下からの勅令……さらには天雲門に対する冷遇。全てが、まるで計画されているかのように……」


 その言葉には、疲労だけでなく、見えない敵に対する警戒が滲んでいる。林華も同様に、静かに同意した。


「師匠のおっしゃる通りです」


 彼女の声には慎重さが伺える。


「これらの出来事が偶然とは思えません。もしかしたら……何者かが背後にいて、全てを操っている可能性が高いです」

「だとしたら、その人物が誰なのか……あるいは、その目的は何か……」


 楊精華はしばらく黙り込み、思考を巡らせる。霊気が一瞬、彼女の身体を包み込むように揺らぎ、やがて収束した。


「どちらにせよ、情報が必要よ。玉修門に戻ったらすぐに、長老達を集めて対策を話し合わなくては」

「お任せください、師匠。私も可能な限りの情報を集めておきます」

「助かるわ、林華。頼りにしているわよ」


 楊精華の言葉に、林華は微笑みを浮かべながら小さく頷いた。そのやりとりが終わる頃には、二人の目の前に玉修門の立派な朱色の山門が姿を現していた。

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