見習いから新人へ
一方その頃、凡吉は玉修門と北山城の間にある森林地帯に身を潜めていた。玉修門から追手がこないか心配したが、杞憂だったらしい。
(でも……)
これで、自分のやるべきことが決まってしまった。
咄嗟の事とはいえ、死体や武器を回収してしまった……あの場には、如姫大長老がいた。彼女なら、自分の存在に気付いていてもおかしくはない。
功法や称号・神祇の効果によって姿を見られていないことは幸いだったが、あの光景を見た以上、大長老や玉修門の人々は自分が犯人だと疑うだろう。いや、あるいはもうそのように判断して行動しているかもしれない。
仮に姿を見られていたとしても、『乞凡』の身なりをしていたので、『凡吉』があの虐殺を実行したとは思っていないはずだ。
そして……一度丐幇の一員として情報収集する必要があった。
――凡吉はそのまま北山城の丐幇の拠点に戻った。そこは、いくらか賑わっていた。
「お、乞凡。お前も戻ったか」
そう声をかけてきたのは、乞炎だった。
ニカッと爽快な笑顔を見せる彼は、年は三十代前半、無精ひげに日焼けして適度に鍛えられている肉体から想像して、おそらく乞食以外にも肉体労働などに従事しているのだろう。
凡吉がうなずいて挨拶を返すと、乞炎が嬉々として言った。
「お前、聞いたか? 中央通りで覇雲派と玉修門の弟子達がやりあったらしいぜ」
「……」
凡吉は無言で首を横に振る。しかし、乞炎は特に気分を害する様子もなく続けた。
「その結果、覇雲派が全滅だってよ。ただ、それは玉修門の女達がやったんじゃなくて、名うての殺手が一人でやったらしい」
「殺手?」
……本当は自分がやったことだが、凡吉はとぼけた様子で言った。
「ああ。覇雲派の連中はその殺手に手も足も出なかったらしい」
「らしいってことは、乞炎さんも誰かから聞いたんですか?」
「ああ、乞芳の婆さんにな。婆さんは中央通りにいたらしくて、その場面を見たんだってよ」
「……」
……最悪の事態だ。
凡吉は内心慌てて、視線を乞炎からそらす。乞炎は怪訝な顔をして凡吉の顔を見た。
「どうした、お前?」
凡吉が視線を戻すと、乞炎が目を細めた。
「いえ……別に…」
「ふ~ん…まぁいいや。お前、今日はもう上がりか?」
「ええ、そうですね……」
凡吉は考える……もしあのお婆さんが、万が一にでも自分の姿を見ていたら……いや、全力で自身の存在を隠していたから、問題はない。
だが……やはり不安だった。凡吉の足は自然と出入り口に向かう。
「すいません。やっぱり外出します」
「おい、待てよ。どこに行くんだ?」
ちょっとそこまで……そう言いかけた時、出入り口から乞丐と乞芳が現れた。乞丐がこちらを見る。
「おお、乞凡、ちょうどいいところにおったな」
「どうも……」
凡吉は思わず乞芳の方を見てしまった。目が合う。乞芳は驚いたような表情をしてこちらを見ていたが、すぐにニヤリと笑って近づいて来た。
「あんた……もしかして覇雲派と玉修門の争いを見てたのかい?」
「いえ…今、乞炎さんに教えてもらって…乞芳さんがその場を見てたって……」
「ああ、見たよ。いや、見えなかったって言った方がいいね…」
「え? どういうことっすか?」
乞炎が聞くと、乞芳が答える。
「なんと、揉め事を起こしているところに乞凡が出て行って、覇雲派の連中に恵んでもらおうとしたんだよ」
「はっ⁉」
「まぁ、玉修門の人達が避難させてたけどね。
凡吉、いくらなんでも、ああいう時に乞食するのは頂けないよ?」
「…はい、すいません……」
「お、おいおい、お前、何考えてんだ? 大丈夫だったのか?」
乞炎が心配そうな顔をする。凡吉は困った。
「は、はぁ……」
「まぁ、いいじゃないのさ。
それより気になるのは、覇雲派を皆殺しにした殺手の方だよ」
「その殺手の事じゃが、本当に姿は見ていないのか?」
「しつこいねぇ…見えなかったんだよ。まったくね」
「うむぅ……」
……よかった。どうやら乞芳にも正体はバレていないようだった。
「長い間丐幇で乞食をやってきたけど、あんな殺手は見たことはもちろん、聞いたこともないね」
「そんなに凄かったんですか?」
凡吉は聞いてみる。乞芳は大きくうなずく。
「ああ……少なくともあたしは、あれほど一方的な虐殺は見たことないね」
「そんなにですか……」
凡吉は苦笑した。自分がやったこととはいえ、そこまで言われると恐縮してしまう。
「それほどの高手となると、他の支部とも情報を共有した方がいいじゃろうな。
それに、この支部の皆にも伝えなければ」
乞丐がそう言うと、乞芳も黙って頷く。
そして、乞丐は凡吉に近づいて右手に巻かれた紐を解き、より長い帯紐を凡吉の腰に回し、結び目を二つ作った。
「わしら丐幇は、結び目の数で序列が分かるようになっておる。お前の結び目は二つ……見習いを卒業して新人の乞食となったのじゃ」
嬉しいような、悲しいような……本来は感激して礼を言うべき場面なのだろうが、凡吉は黙りこくったまま、何も言えずにいる。
「礼はよい。ただ、気を付けておくれ」
だが、乞丐と乞芳は凡吉が感激のあまり礼も言えないのだと勘違いしている様子で、乞炎も自分の事のように喜んでいる……凡吉は三人に後ろめたい気持ちになりながらも、黙って頭を下げて丐幇の拠点を後にした。




