雷と白刃
『玉修門が襲撃を受けている』
伝令役の弟子からその言葉を聞いた瞬間、凡吉は持てる限りの力を尽くして北山城から玉修門へと急いだ。彼の頭の中には、華鈴を始め、様々な見知った顔が思い浮かぶ。
やがて玉修門の山門が遠目に確認できると、凡吉は『乞凡』の姿のまま、『短刀・裏切』だけを『貯蔵塔』から取り出し、黒漆塗りに金装飾が光る鞘から抜き放った白刃が太陽に照らされて鈍く光った。
※
一方、玉修門の山道ではまさに一触即発の事態となっていた。
覇雲派と天雲門の襲撃を知らされた如姫大長老は、そこへ到着する。
「何事っ⁉」
彼女が声を出すと、喧騒はいったん静まり、相手側の人波から一人の老人が姿を見せる。
「初めまして。わしは天雲門の第二長老、張英豪と申します。
これはこれは、盛大なお迎え、まことに痛み入ります。ところで、あなたは?」
「……玉修門の大長老・龍如姫です……」
「ああ、あなたが……お話は色々と伺っておりますぞ。武芸の才能に優れた傑物だとか……」
「ふん……くだらない世辞は止めなさい」
如姫大長老はそう言いつつも、内心では焦燥感に駆られていた。
覇雲派がいずれこちらに難癖をつけに来ることは予想していたが、まさか天雲門の長老までやってくるとは……。
(周青雲は何が目的かしら?)
如姫大長老は目の前に立つ張英豪という男の出方を窺いながら考えを巡らせる。
見たところ、覇雲派の弟子は200人……天雲門は100人といったところだ……。
その軍勢を背後に従え、張英豪はニコニコしながら言った。
「いや……ここに来た理由はただ一つ……調査ですよ」
その言葉を聞いた瞬間、如姫大長老はすぐに理解した。どうやらこの張英豪という男は、かなりの曲者らしい。
おそらく、玉修門に立ち入って色々とあることないことでっち上げるつもりなのだろう。それも、飄雲派の失踪事件の調査を利用して。
見れば、覇雲派の中にも長老格と思わしき人物達がいる……どうやら、彼らは本気のようだ。そこで如姫大長老は張英豪に向き直った。
「残念ですが、玉修門は男子禁制。お引き取り願えるかしら?」
「いやはや、ご冗談を……玉修門にはただ一人、男の使用人がいるのは周知の事実ですぞ?」
張英豪の言葉に、如姫大長老は顔色一つ変えずに答える。
「彼は特殊な例外です。そのことを持ち出して当門派に立ち入れるとは思わないで頂きたい」
「ほう……面白い。では、是非ともその『例外』を御目にかかってみたいものですなぁ?
まぁ、いずれにせよ、我々はあくまで調査に参ったのです。どうか入山を認めて頂きたい」
「さきほど、それは出来ぬと申し上げましたが?」
「それは困りましたな……」
張英豪の顔から笑顔が消える。代わりに不愉快そうな顔をして言った。
「では、話し合いは平行線ということになります。こうなった場合は、武を以って門主からの任を遂行するしかありません」
「ふん……結局はそのつもりでしたか」
「ええ。それを実行できる実力が、我々にはありますから」
「ほう……それは面白い。では、試してみますか?」
「望むところっ!」
張英豪はそう言うなり、再びニコニコ顔になる。そして、背後の弟子達に向けて大声で命令した。
「聞いたな! これより玉修門に立ち入り検査を実施するっ!」
『応っ‼』
張英豪の号令一下、覇雲派と天雲門の弟子達が一斉に武器を抜き放ち、山道を駆け上がってくる――如姫大長老はその様子を見て小さく溜息をつくと、傍にいた弟子達に向けて声高に命令した。
「迎えよっ!」
その言葉を合図に、玉修門の弟子達が一斉に飛び出して行く。その数、およそ30名ほど。
それを皮切りに両者は激突し、瞬く間に乱戦となった。
「女子供など何するものぞっ!」
『オォーッ‼』
覇雲派や天雲門の弟子達は、圧倒的な人数差を利用して攻撃を繰り出す。
玉修門の弟子達が苦しめられようとするその瞬間――街道に落雷が落ちた。
いや、正確には雷の功法で攻撃された。咄嗟の事態にその場にいる全員がそちらに目を向ける。見ると、覇雲派と天雲門のほとんどの人員が黒こげの死体となって横たわっていた。
「な、なんだ、これはっ⁉」
英豪は驚愕し、周囲を見回す――すると、視界の端に閃光が走った。
「逃げろーっ‼――」
英豪が叫ぶ甲斐もなく、再び雷が落ちて覇雲派と天雲門の連合を打ち砕いた。
石礫から身を守り、煙を払って英豪が目にしたものは、自分が属する門派の者達の死体の山だった。
300人ほどいた弟子や長老達は、今は何も言わぬ骸となって地面に横たわっている。
英豪は、全身の毛穴が開くような感覚に襲われる――これまで培ってきた経験が英豪の脳裏にしきり警告を発している。
撤退――英豪の脳裏にその言葉が浮かんだ瞬間に、彼の首元から血しぶきが溢れ出した。
「ぐぶっ!?」
鮮血が舞い散り、英豪は思わず呻き声を上げる。
――下手人である乞凡こと凡吉は、その光景にも一切の反応を見せず、英豪の喉笛を切り裂いた。一瞬、英豪の身体が痙攣し、やがて山門の階段に崩れ落ちる。
「……」
乞凡は何も感じていないような表情で、その様子を見届けると、全滅した覇雲派や天雲門の者達の武器や死体を貯蔵塔に収納し、玉修門の者達に振り返ることなく、その場から離れた。
(なんだ……)
一連の事態を見守っていた如姫大長老は、その光景に圧倒されていた。
目に見えない、強大な存在……それが、目の前で虐殺を繰り広げた後、覇雲派と天雲門の者達を消してしまった。
(まさか……)
如姫大長老の脳裏に、ある考えが浮かぶ。
(あの存在が、飄雲派を滅門させた犯人?)
さきほどの死体や武器の消失という現象を見て、彼女はそう考えた。
少なくとも、あの殺手が天雲門とそれに連なる門派を狙っていることは、自分達が無事なことから窺い知れる。
(なんとも……厄介な事になってきたわね)
如姫大長老はそう思いながらも、動揺する玉修門の門徒達に言い聞かせた。
「ひとまず、俗家弟子と参拝者の皆さんを各所に送り届けて頂戴。私は門主と話をするわ」
『はいっ!』
大長老の指示に従い、玉修門の者達は行動を開始する。その様子を尻目に、如姫大長老は足早に山門を後にして玉修門の本堂にある門主執務室に向かうと、扉を開けて中へと入っていく。
その部屋には、精華門主が事務作業をしていた。大長老に気づくと、彼女は作業を中断してゆっくりと立ち上がる。
「…問題は片付きましたか?」
「……はい。ただ……」
その後、如姫大長老は事の顛末を報告した。話を聞き終えた精華門主は、瞑目しながら静かに言った。
「……困ったことになりましたね……」
「はい……」
二人の間に重苦しい沈黙が漂う。やがて、精華門主が口を開いた。
「天雲門と覇雲派の襲撃はともかく……天雲門を襲っている存在については、こちらから何か介入することもないでしょう。
とりあえず、玉修門で警備を強化しましょう。それと、私は北山城に赴いて胡城主に会います。おそらく、天雲門はこの件を皮切りに当門派を糾弾してくるでしょうから」
「わかりました」
こうして、二人はそれぞれの役割を果たすべく行動を開始する。




