覚醒
「ちょっと凡吉!」
その日……十二歳になった凡吉が山門の掃除をしていた時に、後ろから甲高い声が浴びせられた。
振り向くと、そこに立っていたのは玉修門の外門弟子である龍華鈴とその侍従かつ同じく外門弟子の陳小媛だった。
――『アンタは今日からあたしの子分よっ!』
それが、龍華鈴が凡吉に向けて最初に放った言葉だった。
初対面でいきなりどうかと凡吉も思ったが、彼も彼で『かしこまりました、お嬢様』と答えてしまった。何故なのかは今でも分からない。
だが、少なくともその時の龍華鈴の顔には歓喜が溢れていた。
それからというもの、凡吉は龍華鈴にお使いやらなにやらをやらされる羽目になった……玉修門の使用人としての仕事の合間を縫って。
それでも、今の生活を凡吉は気に入っていた。彼女達のおかげで、退屈だけはしていない。
「……吉っ! 凡吉ってばっ!」
「……はい…」
「アンタまたぼーっとしてたわねっ!? もうっ、何度言えばわかるのよ!」
「申し訳ありません……」
「全く、これだから男は……」
ぷりぷりと怒る龍華鈴ことお嬢様。彼女は凡吉より年上の十三歳だが、少し華奢な体格をしていてそれが可愛さに拍車をかけていた。
「ま、いいわ。ついてきなさい」
そう言って、山門から降りて街道をスタスタと歩いていく華鈴と小媛……見ると、小媛の右手の人差し指には自由に物品の出し入れが出来る貯蔵指環がはめられ、背中には背負子を背負っていた。
「あの、まだ掃除が――」
「そんなのは後よっ! さっさと付いてきなさいっ!」
歩みを止めることなく華鈴はそう言う……仕方ないので、凡吉は箒を山門の横の岩に立てかけて彼女達に付いて行った。
※
(まさか買い出しだったとは……)
帰り道……凡吉は大量の荷物を背負いながらそう思った。
あの後、龍華鈴達に付き添っていると、一行は玉修門から一番近い距離にある北東城という街に来ていた。
玉修門は、基本的に俗世にはなるべく関わらないようにしているが、そこは人間……どうしても、日々の生活の暮らしというものがある。
その暮らしを送るための物資――例えば食材などは、この北東城で調達することが多かった。
華鈴がチリ紙を手にあれこれと指図し、小媛がテキパキと会計と荷造りをしているなか、凡吉は相変わらず意識はハッキリと、しかし見た目はボーッとしていた。
「――よかったですね。お嬢様。初めての買い出しとしては最高の結果です」
「へへ、そうでしょ?」
小媛におだてられ、分かりやすくデレる華鈴……そんな二人を見ながら、凡吉は相変わらずボーッと帰り道の街道を歩いていた。だが――。
「キャッ!?」
「なっ⁉」
のんびりした雰囲気は一転、六人の無礼な男達――山賊達によってかき消された。
「動くなぁ!! 持ってるもん全部出し――お、女もいるじゃねぇかっ!」
分かりやすく下卑た態度を見せる――おそらく山賊の頭――男は、幅広な鉄刀を小刻みに遊ばせながら言った。しかし、それに負けじと小媛は細剣を抜いて吠える。
「私達は玉修門の門弟にして、こちらのお方は中原帝国第二皇子殿下のご息女、龍華鈴様にあらせられますっ!! 無礼な真似はおやめなさいっ!!」
……こんなこと言っては失礼かもしれないが、小媛さんもやはり有力な勢力に連なる名家出身というだけあって、どこか甘さがある……凡吉はそう思った。
「…ふ……ふふ、ふはははっ!! だったら何だってんだ!? 身ぐるみ剥いで攫っちまえば関係ねぇだろうが!?」
だから、それが後々とんでもない問題になるという話なのだが……そんなことが理解できていれば、山賊などやっていないだろう、と凡吉。
その時だ……彼はふと、主人である龍華鈴の様子が気になった。
彼女の性格からして、せっかくの良い気分を山賊達に邪魔されて、凄まじい罵詈雑言の嵐を浴びせるのかと思ったが……そうではなかった。
「……」
彼女は……龍華鈴は、震えていた。怖いのだ。この者達が。この愚か者達が。
その時、凡吉の心の奥深くで、何かがはじけたような感覚がした――同時に今まで満足に動かせなかった体が思うように動く。
「お!? なんだ、チビ? 俺らとやろうってのか?」
山賊の頭が、凡吉にそう聞いてきた……主人の前に立つ、この使用人に……。
『意識覚醒。諸天万界への旅を始めます』
※
同時刻――天上世界にて、騒動が起きていた。その騒動の中心になっている鏡の中には、凡吉の姿が映されていた。
「あの子が……覚醒した?」
「おそらく……」
鏡に映る現世の凡吉の顔をなでながら、その女神は涙を流した――同時に、背後に気配を感じて振り向く。
「あなたっ!」
「お久しぶりです、姉上……あの日以来ですね?」
明らかにこちらを挑発している態度に、女神は思わず殺気を放ったが、すぐに落ち着いて鏡に目を映す。
「あの子が……目覚めた……」
「ですが、状況はよくありません」
周囲にいる山賊を見て、付き添っていた女神が言う。
「問題ないでしょう。我々の子なら」
「あの子は私の子よっ!」
「ええ。同時に『我々』の子です」
妹の女神が放つ言葉の真意を理解した姉の女神は、口惜しさを噛み締めがらも鏡から目を離せずにいる。
「ま、祝いましょう……我が子の旅路を……」
そう言う妹女神の目には、なぜか涙が溜まっていた。




