決意
胡城主が退出した後、精華門主は深いため息をついた。
「まったく……あの男、本当に厄介な連中を連れて来たものだわ……」
「ええ。しかも今回の一連の騒動はただ事ではありません。おそらく、この騒動の裏には、大きな陰謀が隠されているかと……」
如姫大長老は、姪の事を心底心配しているようだった。
「……そのようですね」
精華門主も如姫大長老の言葉に同意しながら、静かに立ち上がった。
「これから、我々はさらに情報を集めなければなりません。
まずは、華鈴公主襲撃の件について、執法堂と暗堂に引き続き捜査を継続させましょう。それから、飄雲派失踪事件についても、暗堂を使って調査を進める必要があります」
「異議ありません」
如姫大長老のその言葉に続くように、他の長老も同じ言葉を発する。
「では、解散」
精華門主はそう宣言して、長老達や給仕として控えていた凡吉も含め全員が退席していった。
しかし、本堂から出ようとする凡吉に、精華門主が声をかける。
「凡吉っ!? いつからそこにいたのっ!?」
「……お客様にお茶をお出しした時からです……」
凡吉は無表情でそう言うと、その場にいる全員が沈黙する。どうやら、称号の効果を停止したことで、存在を認知されたようだ。
凡吉の両手には、湯呑みと小皿が載せられた盆がある。
「そ、そうなのね……凡吉、折り入って話があるのだけど……」
「……なんでしょうか?」
凡吉が恐る恐る聞くと、精華門主は近くにいる如姫大長老や他の長老達に本堂を出ていくよう命じた。本堂の外に出た長老達は困惑したように顔を見合わせた。
そのやり取りを凡吉が眺めていると、精華門主が彼に近くの席に座るように言って、自分もその隣に腰かけて口を開く。
「凡吉……あなた、さっきの会談を聞いていたのよね?」
「ええ……聞いていました……」
その答えを聞いて、精華門主はため息をつきながら言う。
「じゃあ、率直に言うわ……今後、覇雲派に関する情報を集めて欲しいの」
「……情報収集ですか?」
「ええ。先ほどの会談でも触れた通り、我々は飄雲派失踪事件には関われないけれど、華鈴公主襲撃の件については別問題だわ。
だから、その調査の過程で天雲門や覇雲派に関する情報を集めてほしいのよ。
調査の過程で執法堂や暗堂の人員と関わることになるかもしれないけれど……この令牌を持っていれば、彼女達もあなたを無下にすることはないわ」
そう言って、精華門主は凡吉に小さな金属製の令牌を手渡す。それは玉修門の紋章が彫られたものだった。
「分かりました……」
「よろしくね。ただ、あまり無理はしないようにしなさいよ」
「……善処します」
凡吉はそう答え、本堂を後にした。彼の表情は相変わらず無表情だったが、内心では動揺が広がっていた。
自分が飄雲派を滅ぼしたことが、こんな形で波紋を広げていくとは思わなかった。これから先、どうなるのか全く予測できない。
それでも、凡吉は行動せざるを得なかった。彼は食堂に戻ると、いつも通りの業務をこなしながら、心の中で決意を固めた。
―何が起きても、お嬢様を守るために全力を尽くす―
それが、今の彼にできることだった。すでに神の如き力を手にしているにも関わらず、心の中にあるのは天下ではなく一人の少女だったのだ。
飄雲派は滅んだ。だが、彼らが消えたことで、新たな勢力が動き出そうとしている。
――覇雲派。天雲門に属する最後の門派だ。そして、その背後には周青雲率いる天雲門がある。
凡吉は、自分が起こした行動が、思いもよらない展開を呼び寄せたことを自覚していた。
静かに暮らしたいと願っていた凡吉だったが、どうやらそれは難しいようだ。それでも、彼は迷わない。
全ては、お嬢様のために――。




