二人の男
翌日の朝――凡吉はいつも通りの時間に起床し、使用人としての仕事に励んだ。だが、その日はいつもと違った。
昼過ぎの休憩時間。凡吉達は外がいつもと違うざわめきにあふれていることに気付き、窓越しに外門堂広場を覗いた。
「あっ!」
王清が驚愕する。本来この場所に居る筈がないはずの人間――北山城城主である胡栄真と、天雲門門主の周青雲がそれぞれ護衛を連れ立って外門堂広場を横切っていったのだ。
玉修門は男子禁制……それを堂々と破った二人の姿に、王清は驚愕の表情を浮かべていたが、やがて冷静に部下達に指示を出す。
「……どうやらお客さんみたいだね。皆、急いでお茶と茶菓子の準備だ」
『はいっ!』
そう言って食堂が慌ただしくなるなか、凡吉だけは無表情で立ち尽くしている……しかし、その心中は穏やかではなかった。
(まさか、僕がやったことがバレた…? それとも、単に事情聴取――いや、それなら天雲門の門主が随行しているのはおかしい…)
「凡吉。悪いけど、お客さん達の給仕を頼むよ。男の客人はなるべく男にしてほしいのさ」
「あ、はい……」
凡吉が考え込んでいると、いつの間にか準備が終わっていたのか、お茶と茶菓子が載せられた盆が二枚、厨房側の長机に用意されていた。
凡吉がその二つの盆を持って食堂を出ようとすると、王清が扉を開けながら言う。
「気を付けるんだよ、凡吉。なんだか嫌な予感がするからね」
「……分かりました」
……言葉とは裏腹に、凡吉はこれを好機と考えていた。
給仕とは、貴い身分の者達にとって、いるようでいない存在……彼らが向かって行ったのは本殿…つまり、門主や長老達と会談するつもりだ。
その場に給仕として同席すれば、噂話とは比べ物にならないほど貴重な情報が得られるはず。凡吉はそう考えて、食堂を後にした。
※
食堂を出て本堂に入ると、予想通り胡栄真と周青雲の二人は、玉修門・門主たる楊精華と長老達を相手に会談している様子だった。
凡吉は本堂内に男達の護衛と玉修門の護法達がいることを把握したうえで、二人の客人にお茶と茶菓子を置く。
本堂内には緊張した空気が流れていた……が、称号効果を使用しているせいもあってか、誰も凡吉の事など見えていないかのようだった。凡吉はお茶と茶菓子を運び終えると、盗み聞きできる距離を保つ。
そして、客人の前に茶と菓子を置き終わったところで、門主の楊精華が口を開いた。
「それで、本日はどのようなご用件でしょう?」
『……』
世間話もそこそこに、精華門主はそう問いかけた。その問いに、二人の男はしばらくの間、無言であった……先に口を開いたのは、胡城主だった。
「門主殿。私達は、飄雲派の件について話し合うために参りました」
「……」
胡城主の言葉を聞いた瞬間、凡吉の背筋が粟立った。
(やっぱり……そうか……)
凡吉は盗み聞きをしながらそう思案する。飄雲派を滅んだことは、既に周知の事実となっているのだ。
精華門主は胡城主に対して、静かに問いかけた。
「詳しく聞かせて頂けますか?」
「……門主もすでにご存知かと思いますが、昨夜未明…飄雲派の弟子達が失踪しました。北山城だけではなく、他の城に設けられた支部もです。
また、掌門人である天翔鵬も、護衛と共に行方不明になっています」
「……そうですか……」
「そこで、私達官吏と天雲門は共に調査を行い、いくつかの興味深い話を聞きました」
そこで一度言葉を区切り、胡城主は傍らに控えている護衛の男達に目配せをする。すると、一人の護衛が書類を胡城主に手渡す。
それを見た周青雲が続いて口を開いた。
「我々が調べたところによると、どうやら飄雲派は最近、玉修門と揉め事を抱えていたようじゃ」
「……」
青雲のその言葉に、精華門主は沈黙している。二人は彼女の反応を確認した後、青雲がさらに続けた。
「そこでわしらは、飄雲派の失踪事件に、玉修門が何らかの形で関わっているのではないかと疑っておる……」
「ふむ……」
周青雲の言葉を聞いて、精華門主は深くため息をつく。彼女は少し考え込んだ後、再び胡城主の方を向いて答えた。
「なるほど……周門主のご懸念はごもっともですね。
確かに、飄雲派の失踪事件については私たちも把握しております。
しかし、それをして当門派が関わっているとはどういうことでしょう?」
「……あくまで推測の域です。門主」
胡城主が怯んだ様子で答えると、精華門主は追撃するように話を続ける。
「でしたら、私達も調査に協力いたします。北山城を中心とした地域を統括していた飄雲派の方々が行方不明となれば、我々としても看過出来ませんから」
「……ご協力、感謝いたします…」
胡城主は渋々といった様子で頷くと、今度は周青雲の方へ向き直る。
青雲の方は、誰に憚ることなく、精華門主を睨みつけていた。明らかに敵対心を向けてきている。
(……天雲門の門主――周青雲……)
凡吉は記憶を辿って、周青雲という男について思い返した。
飄雲派が所属していた天雲門――その門主は、武林百高手という、いわば強者ランキングのようなものに名を連ねている人物で、年齢は80歳をゆうに超えているのにも関わらず、衰えるどころか日々の修練によってさらに強くなり続けているという男だ。
彼は天雲門を一代で築いた豪傑であり、今でも門主として君臨している。性格は傲岸不遜・傍若無人であり、他門派や他勢力に対しても常に強気の姿勢を崩さない男でもある。
彼が天雲門を創立するに至った経緯には諸説あるが、ほとんどに共通していることは彼が山奥で修行中に『天雲訣』という功法を会得したという話である。
それによって彼は生まれ育った村に戻り、暴れまわっていた強盗団を討伐、さらには彼を虐げたかつての村民達を殺害し周囲の人間達を黙らせた……という話もある。
そんな男が、自分が暮らしてきた家の家長にあたる精華門主を睨みつけたまま動かない……だが、しばらくしてようやく口を開いた。
「……胡殿。今一度、確認させて頂きたい。飄雲派の失踪事件に関して、玉修門が関わっている可能性はないのか?」
「……正直に申し上げまして、現時点では判断できません。ただ、我々官吏としては、できる限り早期解決を目指したいと考えております」
「……承知した。では、我々も協力しよう」
「ありがとうございます」
「ただし、条件がある」
「……聞きましょう」
「今回の捜査において、玉修門は一切干渉しない事――これが最低条件じゃ」
「……分かりました」
その協定は、玉修門の女性達をないがしろにしたまま決定された。
胡城主が了承の意を示すと、周青雲は満足そうに頷いた。そして、今度は精華門主の方へ視線を向ける。
「さて、門主殿。貴方も今回の事件について何か知っていることがあるはずじゃろう?」
「……なぜ、そう思うのですか?」
「簡単なことじゃ。飄雲派の失踪事件が発生する前後で、そちらの弟子達と飄雲派の弟子達が揉め事を起こしていたと聞いておる」
「ええ、それは私も聞いています……よりによって、揉めた相手は華鈴公主だとか」
その言葉に、青雲はピクッとこめかみを動かす……どうやら、精華門主はお嬢様の名前を使って話を有利に進めようとしているらしい。案の定、青雲は苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「それで? 何か知らないか?」
「特には……」
「ふん、白々しい……」
精華門主の回答に、青雲は呆れたようにため息をつく。そして、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「よろしい、では我々は独自に捜査を開始させてもらうとしよう」
「……ご自由に。どうせ当門派は今回の事件に関われませんから」
「言われるまでもない」
青雲は精華門主に対して憎悪を向けたまま、部屋を出て行く。護衛達も後に続いた。
しかし、北山城の城主である胡栄真だけは、護衛達と共に残っている。それを見た精華門主は彼に向かって尋ねた。
「胡城主? まだ何か?」
「はい……実は、個人的に門主様にお伝えしたいことがありまして……」
「……伺いましょう」
「それでは……単刀直入に申し上げますが……北山城は、飄雲派門主の失踪により混乱しています。
元々飄雲派は北山城でも有数の影響力を持っていた組織だったので、そのような者達が突然姿を消してしまうと、住民達の間に不安が広がってしまうのです。
無論、彼らの悪事は我々官吏の耳にも届いていましたが、彼らの影響力に比べたら、その……」
「些細なこと……ですか?」
それまで口を閉ざしていた大長老の龍如姫が、胡城主に問いかける。
「……はい。みっともない話なのですが、名家が城主を務める他の城と違って、朝廷から遣わされた我々官吏では如何ともし難く……」
「あなた達は――‼」
何かを叫ぼうとしていた如姫大長老を、精華門主が手で制する。
そして、彼女は胡城主に対して柔和な笑みを浮かべて尋ねた。
「胡城主。この際ハッキリさせましょう。我々に何をお望みですか?」
その言葉に、胡城主は息を呑んで答えた。
「出来れば……飄雲派の支部跡地に、天雲門傘下の覇雲派が入居することを快諾して頂きたく……」
「覇雲派?」
門主が聞き返すと、城主は恐縮したように答えた。
「はい。天雲門に属するもう一つの門派にして、最後の傘下組織でもあります。彼らは飄雲派の者達が失踪した後、本部とは別に北山城に支部を構えたいらしく……」
「……それは、道中で青雲門主から聞いたのですか?」
精華門主のその言葉に、胡城主はハッとした顔をした後礼をしながら口を開く。
「さすが……その通りでございます。彼がそうするというもので……」
「もし皇室の事を気にしているのなら、心配無用です。
私はすでに皇室を離れて久しいですし、今後結婚する予定もございません。
姪の華鈴も、いずれはどこかの世家か名家に嫁ぐでしょう。さりとて、我々玉修門は常に皇室と共にあります」
如姫大長老がそう言うと、胡城主はさらに深く礼をして言葉を続ける。
「誠にありがとうございます……しかし、今回の件に関して、どうしても玉修門の協力が必要なのです」
「ほう?」
「実は、先程の条件とは別件になるのですが……例の華鈴公主を狙った山賊達の素性ですが、どうも山河鏢局の元鏢師達らしく……」
「山河鏢局?」
その言葉に、精華門主は反応した。
「確かあそこは、天雲門が運営している鏢局だったはず……」
「はい。それで、我々はそこに立ち入って捜査をしたのですが、途中で飄雲派の天掌門人に止められてしまいまして……」
胡城主のその言葉に、本殿は静寂に包まれる……おそらく、この場にいるほとんどの者が似たような事を考えているだろう。当然、凡吉もその一人だった。
お嬢様を襲撃した賊共…その者達が所属していた山河鏢局…それを運営していた天雲門…捜査を中止させた天雲門傘下の飄雲派掌門人……その者達が失踪したことで、別の傘下門派である覇雲派が支部跡地に入る……。
如姫大長老は、静かな声色で胡城主に向かって言った。
「胡城主……そういうことになってくると、先ほどの覇雲派の話…私としてはどうかと思うのですが?」
「私も、大長老の意見に賛成です。場合によっては、朝廷のお耳に入れなければなりません」
「……」
……額から脂汗を流す胡城主に構わず、精華門主は話し続ける。
「飄雲派の件には当門派は関われませんが、華鈴公主襲撃の件は、未だ玉修門の執法堂と暗堂が捜査を継続しています」
精華門主の言葉に、胡城主は険しい表情を浮かべる。
「もし……この件で天雲門になんらかの嫌疑がかかった場合、北山城の官吏達にも協力してもらうことになるかもしれませんが…よろしいですね?」
「っ! もちろんでございます…!」
胡城主は深々と礼をしながら言った。どうやら、門主達の意志がはっきり伝わったようだ。
その後、精華門主は会談内容の確認をして、会談を終了した。




