内門堂への異動
――翌朝。
凡吉はいつも通り早朝に目覚め、いつも通りに玉霊山で走り込み、いつも通りに掃除を終えて朝から昼にかけての時間を過ごした。
「凡吉」
昼休み――凡吉が厨房関係者達と昼食を食べていると、外門堂主の王曼玲が食堂に来ていた。凡吉を含む厨房関係者は、一斉に曼玲堂主の方を見る。
「もう門主達から聞いていると思うけど、今日から午後に外門堂で修練があるわ。食事が終わったら外門堂の修練場まで来なさい」
「分かりました」
「えっ!? 凡吉は玉修門の弟子になったのかい!?」
厨房の総料理長である王清がごはんを食べる手を止めて、曼玲堂主に聞いた。
「いいえ。外門弟子でも俗家弟子でもないわ」
「なら、どうして?」
「門主達の決定よ」
曼玲堂主の態度に、王清はいささか不満に思ったが、凡吉が何事もないように昼食を食べているのを見て、『まぁ、いいか』と矛を収める。
――その後、凡吉は昼食を済ませて外門堂の修練場へ向かった。そこではすでに外門弟子達が修練をしていた。
比武をしている者達、型や招式を練習している者達、気を練っている者達……内容は異なるが、皆それぞれ自分なりの修練に励んでいた。
「来たわね」
凡吉がその声が聞こえた方に目を向けると、曼玲堂主の姿があった。
「早速だけど、今のあなたの実力がどれほどのものか、調べさせてもらうわ。ついてきて」
そう言って、曼玲堂主は修練場の奥の建物に行くので、凡吉も付いて行く。
その建物に入ってさらに奥に行くと、扉のない小さな小部屋に突き当たった。
その部屋の中央には二つの物が置かれていた。
凡吉から見て左側に、サンドバッグのような物。右側には机の上に乗せられた石板だった。
「まず、左側の測力塔を殴ってちょうだい。内功を使わず、外功だけの力でね」
「はい…」
曼玲堂主に言われた通り、凡吉は測力塔の前に立ち、ちょうどサンドバッグを殴るように思いっきり殴った。すると、ゴウン、と金属が軋むような音とともに、測力塔が振動した。
「次は右側の測功盤に触れて、気を込めてみて」
「はい……」
凡吉は、机の上の石板に触れて全力で気を込める。
しばらくそうしていると、
「ありがとう。もういいわ」
曼玲堂主がそう言ったので、凡吉は気を込めるのをやめて手を離す。
「……ごめんなさい。ちょっと用事があるから、ここで待っててくれる?」
「? はい、分かりました……」
「すぐに戻るわ」
そう言って、曼玲堂主は走り去った――そして、本当にすぐ戻ってきた。10分も経っていないだろう。
彼女の隣には、内門堂主の徐天璃がいた。
「凡吉。悪いけど、もう一度、全力でやってもらえる?」
「分かりました」
そう言って凡吉は、先ほどと同じように測力塔を全力で殴り、測功盤に内功を全力で注いだ。
「こ、これはっ!?」
その時、後ろで天璃堂主の声が聞こえた。
「いかがです、師姐? 内門の師範代達に教授してもらうのに、資格は十分かと思いますが?」
「…ええ、そうね……驚いたわ、本当にすごい……」
「あの……」
凡吉が何がなんやら分からずにいると、曼玲堂主が微笑みを浮かべて言った。
「凡吉。悪いけど、玉修門の外門堂ではこれ以上あなたを強くすることはできないわ。これからは、午前中は仕事に励んで、午後に内門堂で修練しなさい」
「ですが……」
確か、内門堂は師範代にスカウトされるか、外門武闘会で良好な成績を残さないと入れないはず……凡吉のようなあやふやな立場の人間が気軽に出入りできる場所ではない。
それは、内門堂の掃除を一回も担当したことがない凡吉が、よく分かっている。
「心配いらないわ」
凡吉の困惑を見透かしたかのように、天璃堂主が口を開く。その様子はまるで聖母のように優しい表情をしている。
「玉修門の師範代は全員、あなたの事情を知ってるわ。
あなたはただ、内門堂の使用人として働いているだけ……対外的にはそういう扱いよ。もちろん、内門堂に入ったからにはより一層、修練に励んでもらうわ」
「……分かりました」
「さ、善は急げよ。早速行きましょ」
そう言って、天璃堂主と凡吉はその場を後にした。残された曼玲堂主は、測力塔と測功盤を見て思う。
(凡吉の実力……練体境円満――それも、すぐに練気境に突破するほどの内功を身に付けていた…とんでもない子ね…)
※
天璃堂主と共に内門堂にやってきた凡吉は、まずは彼女の私室で話をすることになった。
「それで今後の事だけど、午前中は使用人として今まで通り働いてもらうことになるわ。ただ、仕事先のいくつかが内門堂になるのは知っておいて頂戴」
「はい」
「あと、しばらくは他の入りたての内門弟子と同じように修練してもらうけど、時機を見て師範代の誰かを師匠に付けるから」
「分かりました」
他にも内門堂での規則など、天璃堂主は色々話していたが、凡吉の様子を見て理解が追い付いていないと思ったのか、机の中から『内門堂規則』という本を取り出して凡吉に手渡し、今日はそれで解散となった。
小屋への帰路、凡吉は帰り道が短くなったことに、なんとなく嬉しい気持ちになった。




