玉修門への帰還
――その後はあっけなかった。
玉修門の人達に発見され、曼玲堂主に色々と聞かれるが、のらりくらり……そのまま馬に乗せられて玉修門に戻り、医員の診察を受けて自分が住んでいる小屋に戻った。
(やっぱり、ここが一番落ち着くなぁ……)
寝台に寝ころび、凡吉はそう思った。住めば都というものである。
(……これからどうなるんだろう)
凡吉は天井を見上げながら考えた。飄雲派北山城支部は壊滅した。だが、それで終わりではないはずだ。
(郭凱とその一味がいる限り、報復は免れない……)
そして、飄雲派にはまだ各地に支部が存在する。
(どうしよう……)
玉修門は凡吉にとって居心地の良い場所だが、飄雲派が報復してくれば、当然玉修門も危険に晒される。それだけは避けたかった。
(結局……やるしかないのか……)
飄雲派の本部、他の支部、そして何より郭凱の所在……それらを探るために、凡吉は再び丐幇を利用することを考えていた。だが、そのためにはまず、この状況を乗り切らなければいけない。
その時、凡吉の小屋の扉がノックされた。
「凡吉! 起きてるかしら?」
「あ……曼玲さん。起きてます…」
曼玲はそのまま、凡吉の部屋の中に入ってくる。
「疲れてるところ悪いけど、門主がお呼びよ。今回の件について、あなたから直接話を聞きたいんですって」
「分かりました」
そうして、凡吉は曼玲の後に続いて本堂へ向かった。
本堂には見慣れた景色――門主と長老達がいる。もちろん義母上こと太上長老も同席していた。そして、本堂の真ん中に立つ凡吉に、門主である楊精華が話しかけてきた。
「凡吉……まずは、生きててよかったわ」
「はい…」
「ただ、最近のあなたは厄介事に巻き込まれるみたいね」
「はい…」
「……華鈴公主と小媛から、大体の事情は聞いているわ。何があったか、話してくれる?」
そこで凡吉は本当の事を言うわけにもいかず、玉修門への帰路の途中で精一杯考えた偽の物語を語った。その内容はこうだ。
北山城内で、飄雲派の連中とトラブルになった。
その場は華鈴公主が収めたが、玉修門への帰り道に飄雲派の者達が手勢を集めて待ち伏せしていた。自分は華鈴と小媛を逃がした後、飄雲派に捕らえられ、支部に連れていかれた。
しかし、いくら待っても何もないので、部屋を出てみると支部の中から人が消えていた。好機と判断して支部を抜け出し、北山城を彷徨っているうちに曼玲達に発見された。
精華門主は凡吉の話を聞いて考え込み、やがて口を開いた。
「なるほど……よくわかったわ」
門主は凡吉の顔をじっと見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。その表情は、納得と諦めが入り混じっている。
「飄雲派は、玉修門だけでなく、中原帝国の公主や陳家の公主まで手にかけようとしました。この際、奴らを根絶やしにすべきかと……」
そこで口を挟んだのは、玉修門の大長老・龍如姫だった。彼女は、龍華鈴の伯母でもある。さらに、凡吉が玉修門にいることを快く思わない者達の筆頭でもある。
この時、周囲には緊張感が漂っていた。しかし、如姫の言葉を聞いた精華は首を横に振る。
「……いえ、それはなりません。飄雲派を潰せば、今度は天雲門やその傘下にある門派が乗り出してくるでしょう。そうなれば、こちらの被害も無視できません」
「では私から、皇室に助力を求めてもよろしいでしょうか?」
……どうやら、如姫大長老は姪が命を狙われたことに相当キレているらしい。それはそうだ。家族の命を脅かされて、冷静でいられるはずがない。だが、精華門主はその提案を却下した。
「それもできません。皇室を巻き込めば、やはり事態の悪化を招きます」
「では、今回の事態――いえ、それよりも華鈴が山賊に襲われた件についても、門主はどのように対処を?」
「……しばらく静観しましょう」
「はい?」
「今動いても、益はありません。まずは情報収集を優先します」
精華門主の言葉に、如姫大長老は不満げな表情を浮かべた。
しかし、門主の決定に逆らうわけにもいかないのか、ため息をつくだけで反論はしなかった。だが、その隣で別の声が上がった。
「……それなら、せめて玉修門の警備を強化すべきでしょう。飄雲派が報復を企てる可能性もあります」
それを言ったのは、玉修門の内門堂・堂主、徐天璃である。
彼女は理知的で冷静沈着な人物として知られ、内門弟子が修練をする内門堂の堂主であると同時に、玉修門の第二長老である。
「……そうですね。加えて、北山城と玉修門を繋ぐ街道の警備を護法達に任せましょう。時機を見て、弟子達にも実戦経験として警備に同行させるのはいかがでしょう?」
「私は異議ありません」
如姫大長老のその言葉に、他の長老達も賛同の意を示す。
こうして会議はお開きとなり、凡吉は自分の小屋に戻った。だが、その扉の前に人影が見えた。
「……陽媛さん?」
「こんばんは、凡吉」
そこにいたのは、玉修門・診療堂の医員である江陽媛だった。
彼女は凡吉が生まれて以来、主治医として時々往診をしてもらっている。
「門主と太上長老に、あなたの診察を頼まれての」
「ありがとうございます」
そう言って、凡吉は陽媛を小屋の中に招き入れた。
二人とも居間の畳に腰を下ろすと、陽媛は凡吉の右手の脈を測る。
「――これはっ!?」
「――何かあったの?」
見ると、小屋の外でこちらの様子を窺う門主に太上長老、さらには大長老まで来ていた。彼女達は三者三様の驚愕した表情を浮かべている。
義母上である太上長老の言葉に、陽媛は言葉を選んで答える。
「……凡吉ですが…経絡が活性化し、丹田が生成されています」
「それはホントッ!?」
陽媛の言葉に、義母上は驚きの声を上げる。
「はい。確かに……」
「それで、境地は?」
如姫大長老の言葉に、陽媛は再度凡吉の脈を測って静かに答える。
「……練体境円満かと…」
『っ‼』
その言葉に、三人は驚きのあまり固まり、視線が凡吉の方へと向いた。
義母上は凡吉の方へ近づき、凡吉の両手を握り締める……その目は涙で潤んでいた。
「よかった……本当に……よく……!」
「義母上……」
その様子を見て察したのか、陽媛は『私はこれで』と小屋を後にする。少し経って、義母上は涙を拭って言った。
「凡吉……前も言ったけど、あなたは玉修門の規則で弟子にはなれないわ。
でも、誰か良い師匠をつけてあげるから」
「ありがとうございます。でも……やっぱり使用人としての仕事も――」
「もう、そうは言ってられないわ」
そう言ったのは、精華門主だった。
「凡吉。あなたの修為は、小さい門派や家門であれば長老、あるいは供奉になっていてもおかしくないのよ?
それを、ただの使用人としてほったらかすわけにはいかないの。玉修門としてはね」
「ですが、玉修門は男は弟子に取らないと……」
「その件なら、心配いらないわ」如姫が口を開く。
「まずは凡吉……姪の命を二度も助けてくれて、ありがとう」
そう言って、彼女は凡吉に向かって拱手する。
「あ、いえ、どうも……」
凡吉も慌てて拱手する。如姫はその後、凡吉の目をまっすぐ見て言った。
「門主も言った通り、あなたをもうただの使用人にしておくことは出来ない。
少なくとも、あなたの今の境地は玉修門の外門弟子の中でも上位に入るものよ」
「でも……」
「心配いらないわ、凡吉」
そう言って、義母上はギュッと凡吉の手を握りしめる。
「あなたが玉修門の使用人として頑張ってくれているのは、よく知っているわ。
でも、これからはそれに加えて、修練もしなければいけない……今、玉修門の立場は良くないの。少しでも強者が欲しいのよ。
玉修門のためにずっと頑張ってきたあなたが強くなれば、それだけでも門派や信徒達も安心できるわ。もちろん、私としては、あなたに危険な道を歩んでほしいとは思わないけど…」
「……分かりました。修練に励みます。ですが、使用人の仕事も、これまで通りやらせてください」
凡吉のその言葉に、精華門主が応える。
「それだと大変でしょう? 午前中は使用人として働いて、午後に修練に励むのはどう? 実質的に俗家弟子のようなものだけど?」
「はい。それでお願いします」
「いいわ。早速明日から励んで頂戴」
そう言って、精華門主と如姫大長老は小屋を後にした。
残された二人のうち、太上長老の艶香蘭は凡吉の両手を握りしめて感慨にふけっているようだった。
「あの……義母上?」
「あっ……ごめんなさい、もう寝ましょう」
そう言って、香蘭は凡吉を寝台に寝かせた。そして、おもむろに額に手を当てる。
「……恥ずかしいです……」
「ふふっ、気にしないで…」
香蘭はニコッと笑って、呟くように言った。
「凡吉……修練は厳しいわ。でも、あなたには私がついているから…頑張るのよ?」
その言葉を聞いた瞬間、凡吉にとって香蘭は『義母上』から『母上』となった。
「……はい。母上」
凡吉は目を閉じる……すると、不思議と安らかな微睡の中に落ちていった。




