戦わずして勝つ(殺さないとは言っていない)
(急がなくちゃ……)
夕暮れの空を見つめてそう思った凡吉は、貯蔵塔に入れていた凝気丹を飲んで運気調息を行う。
すると、下腹部――『下丹田』と呼ばれる場所がじんわりと温かくなってくるのを感じる。
同時に、気力が自分の体内を巡っていくのを感じる。その気が手足の末端にまで行き渡ったことを感じ取った凡吉は、そのまま凝気丹を続けて服用して運気調息を続けた。
※
一真夜中――。
飄雲派北山城支部は、静寂に包まれていた。どうやら、今日は騒動を起こすつもりはないらしい。様々な方法で内部を探るが、ほとんどが寝静まっている。
凡吉は『諸天万界』の画面に目を向ける。
行者:凡吉
境地:練体境円満
好機……凡吉の脳裏に、その二文字が浮かんだ。境地の最高峰である円満に達した以上、ここから先は丹薬を服用して運気調息するだけでは強くなれないだろう。不安はあるが、凡吉は『計画』を実行することにした。
凡吉は貯蔵塔から七曜輪環を取り出して右手の中指にはめ、冥天羽衣、冥天刺、縮地靴を装備した。
そして周囲に人がいない、もしくは寝静まっていることを『龍神眼』で確認すると、長尺手拭を頭部に巻き付けて飄雲派の支部に乗り込む。
身に付けている装具、調節して発動している称号効果、これまで身に付けてきた功法、さらには貯蔵塔に保管されていながら効果を発揮する物品類のおかげか、支部内に入り込んでも気付く者は誰一人いない。今夜は新月であることも相まって、凡吉の姿はまさしく影の如くだった。
凡吉が足音を立てずに支部内を探索していると、建物一階の奥にある、大きな扉を発見した。帰魂香の調査によると、ここが飄雲派の宝物庫らしい。
凡吉は貯蔵塔から雲散霧消符を取り出し、扉に使用した。すると、あっという間に防御用と思われる陣法が破られ、扉がゆっくりと開く。
そのまま凡吉は気配を探りながら中に入った……どうやら、誰もいないようだ。
(……これはあなた達が招いたことだ……)
心の中でそう呟き、凡吉は宝物庫内の物を棚や机ごと、貯蔵塔に収納する。ほんの一瞬で、宝物庫として使用されていた大広間には石畳しかない状態になってしまった。
(さて……)
凡吉は二番目の目的を叶えるため、元は宝物庫だった場所を後にする。
一階を調べてみるが、誰もいない。ということで、二階に上がると、思った通りだった。
(……)
そこでは、支部にいる弟子達が集団で寝泊りしていた……凡吉は『龍神眼』を発動し、様子を探る。
誰が一番強いか…誰が一番弱いか…誰が浅く眠っていて、誰が深く眠っているか……それらを丁寧に見極め、冥天刺を握りしめて歩みを進める。
最初の一人…また一人…口を塞がれるのとほぼ同時に、凡吉に喉笛を切り裂かれ、その遺体は貯蔵塔に、その魂は聚魂塔に収納される。そして、その事態に気付いている者は、この支部には誰もいない。
――とうとう、凡吉は飄雲派の支部にいる弟子達の大半を殺してしまった。彼らが寝ていた寝台や身の回りの生活用品や個人の遺品に至るまで、凡吉はそのすべてを貯蔵塔に収納する。
『諸天万界』の画面が色々と通知してくるが、ひとまず凡吉は、最後の目的を叶えるため、階段を上った。
そこはこの支部の最上階となる三階で、帰魂香による調査によれば、支部長を始めとした幹部達の居住場所だった。郭凱を含む数人は出払っているため、残っている者は少ないだろう。
だが……その中に、確実に雷震がいる。そう思うと、クナイのような見た目の冥天刺を握る手にも力がこもる。
凡吉はゆっくりと深呼吸して、目の前の扉を一つ一つ、音を立てないように開けていった。
当然だろうが、この階は弟子達の暮らしている階よりも人が少なく、四人ほどしかない。その四人も、寝台の上で寝息を立てて眠っているようだった。
凡吉は物音一つ立てずに、彼らを殺害して証拠を隠滅する……だが、その中に雷震の姿はなかった。
そんなことを何度か繰り返しているうち、凡吉は最後の扉を開けた。
そこは、他の幹部用の部屋よりも明らかに豪華だった。おそらく、ここが支部長の部屋なのだろう。
その寝台の上に、雷震はいた。『龍神眼』で鑑定するが、どうやらグッスリと眠っているようだ。
支部長でもないのに、その居室の寝台で寝るとは……凡吉は呆れて何も言えない。どのみち、何も言うつもりもないが。
凡吉はゆっくりと雷震に近づき……彼を処理した――雷震の見開かれた目には恐怖と絶望があり、凡吉はそれから目を離さずに、雷震から命の灯火が消えるのを見守った……。
――その後、支部長の寝室にあった物品の全てを貯蔵塔に収納し、部屋から出ていく。
「……」
終わってみれば、ずいぶんとあっけないものだった。
だがそれよりも、これだけのことをしでかしたのにも関わらず、凡吉は自分がいつも通り冷静であることにショックを受けた。
(……寝よう……)
凡吉はそう考えて、血まみれになった装具類と着物、手拭をしまい、予備の物に着替えて北山城の丐幇の拠点に戻った。
すでに寝ているのか、それとも出払っているのか、室内からは物音一つしない。
『龍神眼』を使うのも煩わしく感じ、凡吉は自分にあてがわれた部屋に入ると、毛布をかぶって横になり、改めて貯蔵塔から冥天刺を取り出して握りしめながら、眠りについた。




