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天尊降臨 ~神々の子は諸天万界を旅する~  作者: ポンタ
第一章 玉修門の使用人・凡吉
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丐幇

 いきなり後ろから声を掛けられて、凡吉は反射的に後ろを向こうとしたが、そこをグッと堪(こら)えて、あえて支部を見つめながら呟く。


「そうですね……」

「玉修門の使用人と言えば、たしか廃人じゃろう?

 そんな奴のために、玉修門があんな高手(こうしゅ)達を派遣するとは……」

「……面子(めんつ)のためでしょう……」

「どうかのぅ。面子を立てるだけならば、あのような荒事にせず、使いをやれば済む話じゃ。

 それに、その使用人のために、かの『大山緑龍』が動いたのも気になる」

「……飄雲派が、前から何かやらかしていて、『大山緑龍』はその使用人を餌に、彼らの威勢を削ぐつもりかと……」

「ふぅむ、なるほどのぅ……」


 凡吉の答えに納得したのか、後ろにいる老人はそう言って何やら考え込んでいる様子だった。

 凡吉がそのままジッと支部を見ていると、また老人から声がかけられる。


「それはそうと……お主、新参者か?」

「え?」


 凡吉は思わず振り返った。

 そこにいたのは、見るからに浮浪者または乞食と思われる老人だった。

 ボサボサの白髪にボロボロの作務衣。さらに顔には深い皺が刻まれており、数少ない持ち物も作務衣と同じくらい汚れていた。


「ええ、まあ……」

「ふむ、ふむ」

「あの……何か?…」

「いや……ずっと飄雲派の支部を見つめておったので、何かあるのかと思ってのぅ」

「いえ。乞食になりたてで、どうすれば分からなくて……」

「ふぅむ……」


 老人は再び何やら考え込み始めた。


「お主、名前は?」

「……乞凡(こはん)と申します」

「ふむ、乞凡か……」


 老人はそう言って考え込み、懐から一枚の白い紐を取り出して凡吉の右手に巻いて結ぶ。すると、老人は言った。


「儂についてこい」

「は?」


 凡吉が聞き返す間もなく、老人は歩き出した。


(あの人、明らかに不審者だよな……関わらない方がいいよな……?)


 そう考えた凡吉だったが、なぜか老人の事が気にかかり、ついていくことにした。やがて、二人は西通りの一角にある貧民窟へとたどり着いた。


「ここじゃ」


 そう言って老人が案内した先にあるのは、一軒のボロ家屋。

 二人が建物に入っていくと、中は広々としており、数人の乞食が座り込んでいた。

 それを見て、凡吉は自分がこの乞食グループに勧誘されたのだと理解し、苦笑した。すると、一人の若者が立ち上がり、老人に話しかける。


「師匠。こいつ、新人ですか?」

「うむ」


 凡吉は驚愕し、その場で硬直した。

『師匠』……その単語に衝撃を受けたからだ。


(ま、まさか、この老人……⁉)


 老人はさらに話を続ける。


「紹介しよう。新人の『乞凡(こはん)』じゃ」

「よ、よろしくお願いします……」


 凡吉はぎこちなく挨拶を返した。


「それでは、お主達から自己紹介をしてもらおうかのぅ」


 老人がそう言うと、部屋にいる全員が順番に自己紹介をする。


「俺は『乞炎(きゅうえん)』だ」

「私は『乞怜(きれい)』、よろしくね」

「儂は『乞風(きふう)』」

「拙僧は『乞志(こし)』と申します」

「うちは『乞姫(きひ)』言うねん」

「……『乞夜(きや)』」

「我は『乞命(きめい)』なり」

「わたくしは『乞仙(きせん)』と申します」

「ウチは『乞星(きせい)』」


 それぞれが名乗る度に、凡吉は頭の中でその名前を復唱した。そして、最後に残った老婆が口を開く。


「あたしゃ、乞芳(きほう)だよ」

「さて、お主ら、今日はこのまま帰るのか?それとも寝泊まりしていくかのぅ?」

「俺はこの後、仕事があるので帰ります」

「私も、今日はこれで帰りまーす」

「拙僧も帰宅します」

「……ご飯食べて寝泊まり」


 乞怜と乞志の二人は帰路につき、乞炎は夜勤のため準備をしているようだった。

 凡吉は乞夜がどこかに出かけるのを見送った後、ふと思い立って近くにいた乞星に尋ねる。


「あの、ここで何をしているんですか?」

「ふふん」乞星が面白そうに笑う。

「知らないのぉ? うちらは乞食だよ?」

「それは分かりますけど……」

「なら分かるじゃん」

「はぁ……?」


 凡吉が困り果てた様子を見せると、乞星は仕方がないといった調子で説明を始める。


「ここは、丐(かい)幇(ほう)って組織の北山城支部さ。

 丐幇に所属してる乞食なら、誰でも出入りできる。

 もちろん、丐幇として何かしなくちゃいけなくなったら、そうしてもらうからね」

「なるほど……」

「それに、乞食っていっても、一日中通りで恵んでもらう奴もいれば、どこかで働いていて、時間が出来たら乞食するって奴もいる」

「え、働いている人もいるんですか?」


 凡吉は思わず聞き返す。すると、乞星は大きく頷いた。


「おう。あ、詮索とかすんなよ? 人それぞれ、事情ってもんがあんだ」

「はい、分かりました」

「お、素直でいいねぇ。気に入ったよ。

 そう言えばあんた、どこで乞食すんのさ?」

「一応……飄雲派の支部辺りでやろうかと……」

「はっ⁉」


 その言葉を聞いて、乞星は大きく目を見開く。


「あんな治安の悪い場所でかい?……よかったら、ウチの隣でやってもいいんだよ?」

「ありがとうございます……でも、しばらくあの辺りでやってみます…」


 凡吉がそう言うと、乞星は『そうかい』とだけ言って、拠点を後にした。


「お主はどうするんじゃ?」


 乞星の後ろ姿を眺めていると、不意に老人が問いかけた。


「え?」

「このまま帰るのか、それともここに留まるのか」


 凡吉はしばし考えた後、決意を固めて答えた。


「ここでお世話になります」


 老人は満足そうに頷き、部屋の奥へと歩き出した。凡吉はその後を追いながら、この奇妙な出会いが自分の運命を大きく変える予感を感じていた。

 いくつもの部屋が連なるような場所に入ると、老人はその内の一室に凡吉を案内した。

 そこには質素ながらも清潔な空間が広がっていた。壁には簡素な棚が設置され、床には古びた毛布が敷かれている。窓からは夕暮れの柔らかな光が差し込み、穏やかな雰囲気を醸し出していた。


「ここがお主の部屋じゃ。使い方は自由じゃ」


 老人はそう言って微笑む。凡吉は感謝の意を込めて拱手して頭を下げた。


「ありがとうございます。あの……」凡吉は少し躊躇しながら尋ねた。

「あなたのお名前は?」


 老人はゆっくりと凡吉を見つめ、低い声で答えた。


「儂は乞丐(きかい)。かつては乞食の王と呼ばれた男じゃ」


 その言葉を聞いて、凡吉は思わず息を呑んだ。

 目の前にいる浮浪者のような老人が、乞食の世界における伝説的な存在だったとは……いや、そもそも乞食に伝説的な存在とは?

 だが……ただのハッタリと言えない何かが、乞丐と名乗る老人からは感じる。


「乞丐さん……」


 凡吉は尊敬の念を込めて呼びかけた。乞丐は満足そうに微笑み、凡吉の肩を優しく叩いた。


「今日からお主も乞食の共同体――丐幇の一員じゃ。互いに助け合い、生き抜こうではないか」


 その温かい言葉に、凡吉は初めて安堵感を覚えた。厳しい修行の日々を過ごしてきた彼にとって、こんなにも心地よい環境は初めてだった。

 だが、今の彼にはまだ、やらなければならないことがある。そして……早ければ今日、遅くても数日後には、ここに自分の姿がないことも、彼は知っていた。


「ありがとうございます……早速で申し訳ないんですが、僕はまた、あの路地に行ってきます」

「ほぅ? あの場所が気に入ったか?」

「えぇ、まぁ……」

「ふむ、そうか。まぁ、とりあえず、お主の居場所はここじゃ。気が向いたら帰ってくるといい」

「ありがとうございます……」


 そう言って、凡吉は丐幇の拠点を後にした。まだ何人か残っていた人達に挨拶をして、自分が元居た場所に戻って胡坐(あぐら)をかいて乞食の真似事をする。

 飄雲派の支部を見ると、門番すら立っていない……龍神眼で内部を探るが、どうやらあの建物には今、二十数名ほどしかいないらしい。空を見ると、夕暮れ時だった。

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