お礼参り
帰りの街道……凡吉は華鈴達の後ろを歩きながら物思いにふけっていた。
凡吉の華鈴に対する最初の印象は、世間知らずなお嬢様……実際、山賊襲撃事件の時は動くことさえ出来ていなかった。
だが今は……『無邪気なお姫様、されど皇室の者』という評価に変わっている。
あの鉄扇を使用した『白羽扇』という功法は、おそらく皇室か玉修門で学んだものだろう。どちらにせよ、見事なものだった。
今は無邪気に小媛と喋っている華鈴だったが……凡吉はどうやら、彼女を甘く見ていたようだ。
(申し訳ございませんでした、お嬢様……)
凡吉は心の中で、華鈴に謝罪した。
「それにしても……天雲門――噂で聞いた以上に乱暴狼藉を働いていたようですね」
ふと出てきた小媛の言葉に、華鈴も同意する。
「そうね。いっそのこと『天雲幇』に改名したらいいのに」
そんなことを話していると、林の中からザザッと多くの人影が現れた。
凡吉達はあっという間に包囲され、人影の中から見知った顔が出てくる。
「あんたは!?」
「よぅ、また会ったな」
その人影は、応急手当てを受けた様子の雷震だった。
彼の手には、どこから持ってきたのか鉄剣が握られており、他の者達も同様だった。数は10名。同じ服装をしていることから考えて、全員天雲門かそれに連なる門派の弟子なのだろう。全員が全員、下卑た表情を浮かべていた。
「さっきはよくもやってくれたなぁ……あ?」
「何なの? また喧嘩を売るつもり?」
そう答える華鈴に、雷震はニヤリと笑った。
「当たり前だ。だが今回は、ただの喧嘩じゃねぇ」
「どういう意味?」
「俺様達は飄雲派の名に賭けて、貴様らを殺してやる。
そして、飄雲派に従わない奴等の見せしめにしてやるんだっ!」
「くだらないわね。そんな理由で人を殺そうなんて……」
「うるせえ! 死ね!」
その瞬間、一斉に飛び掛かってくる飄雲派の弟子達。その時――。
「――ッ‼」
凡吉が華鈴を庇うように前に出た――同時に、凡吉は持って来ていた包丁を取り出し、向かってきた一人をカウンター技である『蓮羽迎門』で一息に殺害した。その光景を見た飄雲派の弟子達は動きを止める。
「なっ⁉」
驚きの声を上げる雷震。他の者達も呆気に取られている。
そして次の瞬間、凡吉は華鈴に向かって言った
「お嬢様。お逃げください」
「バカ言わないで! あたしも一緒に戦うわ!」
「いえ、荷物を届けないと門派の方々が困るので……」
「……」
「お嬢様?」
「……分かったわ。小媛、行きましょう」
「え? あ、はい……」
そう答えて背負子を背負う小媛と共に、華鈴は自分の指にはめている貯蔵指輪を見つめた後に去っていく。その後ろ姿を見送った後、凡吉は飄雲派の者達に向き直った。
(さて、やりますか……)
「貴様……一体何者だ……」
雷震がそう問いかけた時、彼の隣に居た一人が息絶えた。
「は……?」
雷震が気付いた時には、その場に凡吉の姿はなかった。
「くっ……囲め! 殺せっ!!」
雷震の叫びと共に襲い掛かる飄雲派の面々。
しかし凡吉は、臆することなく迎え撃つ。一人、また一人と倒されていく中で、雷震は恐怖を覚え始めていた。
(なんだこいつ……化け物か?)
目の前で起きている出来事が信じられないといった様子だ。そして最後に残った雷震自身もまた、凡吉の敵ではなかった。一瞬にして接近されると、そのまま首筋に包丁の刃を当てられる。
「……!」
恐怖で硬直する雷震。
しかし、そこで意外な言葉がかけられた。
「――玉修門の使用人・凡吉です」
「え?」
予想外の言葉に呆ける雷震。そんな彼に対して凡吉は淡々と続けた。
「さようなら」
そう言い残すと、凡吉は雷震ただ一人を残してその場から走り去っていった。
それからしばらくして我に返った雷震は、慌てて仲間達の様子を確かめるが……全員死んでいた。
(あのガキ……一体何者なんだ)
恐怖に震えながらも彼は必死に考える。なぜなら先程の戦いの中で感じた違和感を拭い去ることができなかったからだ。
それは相手の実力に対する驚きだけではなかった。むしろそれ以上に強い感情――畏怖に近い感情が湧き上がるのを感じていたのだ。
(あいつからは何か……得体の知れない『気配』を感じた)
それは、今まで出会ったどんな強者とも違う独特なものであった。
少なくとも自分程度では到底及びもつかないような存在であるということだけは理解できる。
(まずい……逃げなくては……)
本能的に危険を感じた雷震はその場を後にした。
一刻も早くここから離れようと全力で駆け出す――途中何度か転びそうになりながらも必死で走り続けた結果、ようやく安全な場所まで辿り着いたところで立ち止まることが出来た。
ゼェゼェと荒くなった息を整えつつ周囲を見渡すが、特に追手などはいないようだ。
ひとまず安心したものの、依然として不安が残る……と言うのも先ほど感じた奇妙な感覚が未だ消えないからだ。まるで何者かに監視されているような気もしてきた。
(とにかく、今は考えるより先に行動だっ!)
そう判断した雷震は、飄雲派の支部がある北山城へ戻ることにした。そこなら仲間もいるはずなので少しは気が楽になるだろうと思ったのだ。
こうして雷震は、不安を抱きつつ目的地を目指し走る。
(クソッ、クソッ! 手軽に金を稼げると思ったら、こんな目にっ!)
怒りと恐怖、憎悪と焦燥が入り混じって溶け合った感情を抱きながら、雷震は走り続ける――やがて北山城の全景が見え、城門を走り抜けて飄雲派の支部がある通りに向かう。
そのまま支部の扉を開けると、中では飄雲派の関係者がたむろしていた。
――そんな彼の行動を、すぐ近くの薄暗い路地でジッと見つめる人物が一人……物影から龍の如き眼光で見つめていた。




