米屋の夫婦と飄雲派
凡吉が異界珍品堂を出ると、外は相変わらず人で溢れていた。
華鈴達はその人混みをかき分けてくる。どうやら、近くで待っていてくれていたようだ。
「で? 売れたの?」
「はい」
店から出てきた凡吉は、だいぶ身軽になっていた。
その手には山賊が持っていた頑丈な革袋があり、中には色々な物が入っていた。
水が入った竹筒が四つ
サバイバルセットと思わしき道具類一式
小型の松明が六本
銀貨238枚
それ以外は、先ほど店で売ったか、凡吉の小屋に保管してある。
「ふーん。そっか! よかった」
華鈴は満足気に笑ってそう言うと、その場で回れ右をした。
「それじゃ、買い物を再開するわよ。付いてきなさいっ!」
凡吉はそのまま二人に付いて買い出しの荷物持ちをする。
三人は市場を巡り、必要な食材や日用品を買い揃えていった。
途中、何度か他の商人から声を掛けられたりもしたが、華鈴がメモ代わりのチリ紙を手にキッパリと断りを入れていたため、トラブルになることはなかった。
そして最後に、いつも贔屓にしている米屋に着く。
「今日はここで最後ね」
「はい、お嬢様」
小媛が答える。
華鈴は引き戸を開けて、米屋に入った。
「こんにちは。お米買わせてもらおうかしら」
「あ、公主様。いらっしゃいませ!」
ちょうど店主の男性が帳簿をつけていたようで、彼は三人を見るなり営業スマイルとは違う、田舎のおっちゃんがするような笑みを浮かべた。
彼は筋肉質で、日に焼けた肌をしている。髪は短く切りそろえられて頭巾を被っているが、口回りの髭がだいぶ蓄えられていた。服装は、浅葱色の作務衣に同色の前掛けを着用している。
「いつも通り30斤を10個でお願いね」
「かしこまりました。いつもありがとうございます!」
店主が奥に引っ込んだ後、しばらく待つことになる。その時だった。
「店主はいるかぁ!?」
――乱暴な言葉遣いと共に引き戸が勢いよく開けられ、男たちがゾロゾロと店内に入ってきた。何事かと店主と、その妻が応対する。
「わ、私が店主ですが……なんでしょう?」
「俺様は天雲門は飄雲派の核心弟子・雷震様だっ!」
天雲門……確か、参拝者だか俗家弟子の人達が言っていた気がする。
今では天雲老祖と言われる人物が、一代で築き上げた門派……要は、成り上がり者達なわけだ。
店先に並んだ袋詰めの米を勝手に手に取りながら、雷震と名乗った男が言い放つ。
彼の服装は、胸元と袖に雷のような意匠があしらわれた灰色の道袍であった。年齢は20代半ばといったところで、筋骨隆々な肉体をしている。
「この店で買った米が腐ってたみたいでよぅ……俺様が可愛がってる師弟が腹を壊しちまったんだ……どうしてくれんだ、あぁん!?」
「そ、そんな⁉」店主が愕然とした顔になる。
「お客様……これは……」
店主の妻が雷震と名乗る男に何か言おうとするが――。
「黙れっ! てめぇらが責任とってくれねぇと、こいつらの腹の具合が良くならねぇんだよ、あぁん⁉」
雷震の言いがかりに怯む店主夫婦……そして、後ろの取り巻き連中に店主の妻が小突かれる。
それを傍目に見ていた凡吉がため息交じりに一歩を踏み出した時――。
「やめなさいよっ! なんなのあなた達っ⁉ いきなり乗り込んできて因縁つけてくるなんてっ!」
怒気が込められた華鈴の声が響いた。それを受け、雷震がニヤニヤとしながら答える。
「なんだお前は? 関係ねぇ奴がしゃしゃり出てくんじゃねぇよ」
「私はこのお店の常連よ! 文句があるなら私を通してからにしてちょうだい!」
「ほう……面白いことを言うじゃねえか……じゃあお前が責任取ってくれるのかよ?」
「当たり前じゃない! もし本当に腐ったお米を売っていたのなら、それはお店の不注意だし謝罪するべきだと思うわ! でも、そんなことありえないと思うけどねっ!?」
「そうかい……じゃあ遠慮なくやらせてもらうぜ……」
雷震が右手に握った拳を振り上げた瞬間。
「――ちょっと待ちなさいよ」華鈴が言う。
「あぁん?」
「そんな横暴、許されると思っているわけ?」
「なんだ? 口答えするつもりか?」
雷震が華鈴に向かって歩み寄る。
「いい加減にしないと痛い目見るぞ?」
「それはこっちの台詞よ。あなたみたいな人が修行者だなんて、こっちが恥ずかしいわ!」
「……貴様ぁ!」
雷震が激昂する。その瞬間、彼が懐から取り出したのは小刀だった。
「死ねぇぇ!」
雷震が振りかぶると同時に――華鈴が懐から取り出したのは鉄扇だった。
彼女はそれを一閃し、小刀を弾き落とした。
「なっ⁉」驚愕する雷震。
「私の『白羽扇』の前ではどんな攻撃も無意味よ!」
「くそがぁ!」雷震が殴り掛かる――しかし。
「甘いわね」
華鈴が再び鉄扇を振るうと、内功を伴った一撃が雷震を店外へ吹き飛ばす。
「雷震さん⁉」
「さあ、どうするつもりかしら? もっと本気を出してみたら?」
挑発するように言う華鈴。
すると、立ち上がった雷震は顔を真っ赤にして叫んだ。
「舐めるなぁぁ!」
雷震は両手を前に突き出し、掌に気力を集中させ始め……そして次の瞬間、その両手から凄まじい電撃が放たれる。
「喰らいやがれーーーッ!!!」
轟音と共に迫り来る稲妻――しかし。
「無駄よ」
華鈴は鉄扇を開き、それを円を描くように動かした。
すると、彼女の周りに膜のようなものが張り巡らされ、雷撃を受け止めてしまう。
「ぐうう……!」
自慢の雷撃が通じないことに驚愕する雷震。
「もう終わり? 随分と弱いのね?」
「くそぉぉぉ……!」
雷震が憤慨しながら襲い掛かってくる。
「まだまだこれからよ!」
華鈴が鉄扇を振るうと、彼女の周りの膜が形を変え、巨大な龍の姿となって雷震を呑み込んだ。
「うわぁぁ⁉」
悲鳴を上げながら、雷震は大通りまで吹き飛ばされて気を失った。
「……ふう」
息を整えながら呟く華鈴。そんな彼女の元へ、店の外から拍手喝采が聞こえてきた。
どうやら、騒ぎを聞きつけた野次馬達が集まって来たらしい。
「すげえ!」
「あの雷震を倒したぞ!」
「しかも華鈴公主様が⁉」
口々に称賛の声を上げる人々。その中には見覚えのある顔もあった。
「さすが華鈴公主様だ!」
「いやあ、雷震の野郎もいい気味だぜ!」
「あいつ最近調子に乗ってたもんなあ」
そんな中、一人の老人が華鈴に近づいてきて言った。
「公主様。ご助力感謝いたします」老人は深々と頭を下げた。
「いいえ、当然のことをしたまでよ」
「雷震という男、昔から問題児でしたので……こうして叩きのめしてくれたことでスッキリしました」
「そうなの?」
「ええ。実はあいつ、以前からよく暴力沙汰を起こしていましたし、他の店にも難癖をつけてきていたんですよ」
「まあ……」
「ですので今回の一件、本当に助かりました。ありがとうございます」
老人は再度頭を下げると去って行った。その後ろ姿を見送った後、華鈴はフンッと鼻を鳴らして言った。
「全くもう、酷い人たちだったわね!」
そう愚痴る華鈴に対して小媛が嗜める。
「お嬢様、もう少しお淑やかに振る舞って下さいませ」
「だって腹立つじゃない!」
「気持ちはわかりますが……」
困ったように微笑む小媛……彼女も内心では、華鈴の行動を賞賛しているのかもしれない。凡吉はそう思った。
その後、気付いたら天雲門の手下達は雷震を連れて姿を消していたので、凡吉達は米屋の夫婦に見送られて玉修門へ帰ることにした。




