異界珍品堂
「――やっと着いたわね」
それから少し経ち、北山城の城門前に立つ華鈴は両手を腰に当てて言った。その隣で小媛が『はい』と城門を見上げて答える。凡吉はその二人の後方に居た。
「今回は、何があっても怯まないわ。早く行きましょう!」
そう言うや否や、華鈴はツカツカと城門を通っていった。凡吉と小媛も後に続く。
凡吉が城門を通ろうとした時、門番が何か言おうとしたが、華鈴に睨まれて口を噤んだ。
北山城はいくつかの通りに沿って造られた城下町と官吏達が住む城によって構成されており、通りに面した市場はどこも昼間は活気づいており、露店を出す商人達が威勢よく商品を売り捌いていた。
華鈴がその中を早歩きで行くものだから、後ろに控えている小媛が何度も転びそうになっていた。
凡吉が苦笑しながらその二人を眺めていると、ふと市場の一角に視線を奪われた。
(……あれは)
そこには、見慣れぬ商店があった。看板には『異界珍品堂』と書かれている。凡吉は思わず足を止めてしまった。
――異界……つまり異世界の品物を取り扱う店なのだろうか?……凡吉の好奇心が刺激される。
そんな彼の反応を察したのか、横にいた小媛が控えめに声をかけてきた。
「凡吉? どうかしたの?」
「いえ……あれが気になって……」
「――異界珍品堂? やめときなさい、あんな胡散臭い店。
私も小さい頃はよく帝都の市場を見て回ったものだけど、ああいうお店で売ってるものにろくなものはないわ。最悪、盗品を売りつけられて逮捕されるわよ?」
「……そうですか……」
小媛の忠告を馬耳東風する凡吉は、華鈴に自分が持ってきた山賊達の戦利品を売りに行くと言ってその店に入っていった。
ここは市場のほとんどを占める露店ではなく、建造物によって構成された店であり、中に入ると、店内は外観に比べて広く、陽光に照らされて店の奥にも目が届いた。
「いらっしゃいませ」
凛とした女性の声が、凡吉の耳をくすぐる。
「ご用件をお伺い致します」
店の奥……カウンターとなる重厚な木造の机越しに立って、女性はこちらに目を向けていた。
彼女は薄く営業スマイルを浮かべているが、その瞳には、何かギラついたものを感じる……商人だからだろうか?
まぁ、この世界の時代設定的に、がめつい商人はそこら中にいるだろう。
それでいて、目の前の女性は才色兼備と言った見た目で、長衣に首から足元まですっぽりと収まって黒髪をキッチリと結い上げているその姿は、接客業の見本のような恰好だった。
「買い取って頂きたいんですけど……」
「はい……そちらをですか?」
「ええ。大丈夫ですか?」
「もちろんです。お品物を拝見させて頂いても?」
「はい」
そう言って、凡吉は持ってきた戦利品をカウンターの上に次々と置いていく。
もちろん、その中に彼が必要と判断した品々はない。あくまで、余剰品や不必要と判断した物だけを売るつもりだった。
女性はそれらの品々を見つめながら口を開く。
「申し訳ありませんが、査定終了まで少々お時間を頂きたいので、よろしければその間、当店の品々をご覧になってお待ちください」
「分かりました。ありがとうございます」
凡吉は女性に言われた通り、店内の品々を物色し始めた……が、少し目を通したところで、小媛の言葉を思い出す。
この店で売られている品は、珍品ではあるだろうが、異界から来たというのは『盛って』いるかもしれない。
しかも、小媛の言っていたことが事実ならば、盗品という可能性もあるのだ。
凡吉はそれらを理解した上で、あえて店内を物色し続けた。やはり好奇心の方が勝ってしまったのだ。それに、盗品であろうとなかろうと、、見るだけならタダだ。
店には様々な雑貨が置かれており、見ているだけで楽しかった。
しばらくすると、先程の女性が再び凡吉に声を掛けてくる。
「お客様。査定が終わりました」
「はい…」
凡吉がカウンターへ向かうと、女性はソロバンを弾き終えた様子で言った。
「これらの品々ですが、全部合わせて銀子180両になります。いかがなさいますか?」
「それでお願いします…」
「かしこまりました。少々お待ちください」
女性はカウンターの奥の部屋に行き、しばらくすると片手に麻袋を持って戻ってきた。
「ご確認ください」
銀子180両……元いた世界で例えるなら、180万円ほどだろうか?
山賊の戦利品として手にした物であるため、一瞬『これって違法じゃないのか?』と思ったが、悪事を働いたのは山賊であって自分ではないと思い直す。
第一、これらは捨てられていてもおかしくなかった品物だ。それで自分が小金を得られるならば、それも天命……素直に喜ぶことにしよう。凡吉がそう考えた時だった。
「お客様」
「はい?」
女性が凡吉を呼び止める。その手には、金属製の令牌が握られていた。
「こちら、当店のご新規様にお配りしている令牌になります。どうぞ」
「あ…はい……」
凡吉は女性からその令牌を受け取り、礼を言って店を後にした。
「……よろしかったのですか?
帝国の世家や名家が頼み込んでも手に入らない、我々の客卿令牌を渡してしまって……ただの丁稚かと思うのですが……」
「それはどうだろうな……」
そう言いながら、カウンターの奥の部屋にある階段から、一人の老人が降りてくる……。
彼は白髪を後ろに撫で付け、長い口髭は喉元まで達している。異国風の外套を身に付け、ステッキを手に歩み寄ってくるその姿に、先程の女性は静かに会釈した。
その口調は低く渋みがあり、どこか貫禄を感じさせるものだった。
「もし丁稚だったとしても……あやつはいずれ、我らの役に立つことになるじゃろうて」
「はぁ……」
「ほれ、まだ店番があろう? しゃんとせんか」
「す……すみません……!」
女性が慌ててカウンターに向き直る傍ら、老人は凡吉の置いていった戦利品の中から手彫りの木牌と金属片、赤い宝石のような物を撫でながら口端をニンマリと歪めた。
「面白くなってきたわい……」
その呟きは、誰の耳にも届かず、静かに宙に消えた。




