天羽剣法
ハルの要請によって行うことになった、凡吉との比武……木剣を持つ二人の間に華鈴が立ち、審判を務める。
「ただいまより、外門堂主・王曼玲様の立ち合いのもと、ハルアヤンガと凡吉による比武を行います」
華鈴がそう言った瞬間、周囲の人々は拍手と控えめな声援を送った。
比武台の下には、華鈴が言ったように王曼玲が背中で腕組みをして、成り行きを見守っている。
(本当にやるのか……?)
チラッとハルに視線を向ける凡吉。
この比武は、ハルの要請によるものと聞いた……彼女は、常磐山脈を挟んで中原帝国と国境を接する戦元帝国第三皇子の娘……他の皇室の者達と同じく、武芸に秀でているとの噂を凡吉も聞いたことがある。
「さぁ…勝負よっ!」
「両者構えっ!」
「……っ!」
華鈴の言葉に、ハルは木剣を構える――しかし、その構えは天羽剣法のものではなかった。
(あれは……)
それに目ざとく気づいたのは、王曼玲だった。
(戦元帝国の軍人が修得するという、刀術ね……それをあんな幼い娘が修得して見せているとは……さすがは武闘国家とも称される国の皇族といったところかしらね)
「……」
一方で、凡吉は半身になって木剣を片手で正眼に構える。
(あの構えは……天羽剣法の闘式『紫羽』ね。外門弟子や俗家弟子が最初に修得する、天羽剣法の基本の構え……)
「始めっ!」
――華鈴の合図と同時に、ハルの体が動いた。
「やぁぁぁっ!」
――木剣を大きく振りかぶりながら走ってくる。見た目は華鈴と同じ背格好だが、その動きには隙がない。王曼玲の分析通り、軍人のような正確な動作だった。
(これは……真正面からの打ち込みだな)
だからこそ、凡吉は冷静に動きを見極める。ハルの剣筋は直線的で読みやすい。
「てぇぇいっ!」
ハルの木剣が凡吉の頭上へ振り下ろされる。凡吉はそれをいなし、木剣をハルの首元の横にスッと突き出した。
「あ……」
……それは、実戦であれば確実に喉元を貫通している一撃だった。周囲が静まり返るなか、曼玲は内心感心する。
(あれは、天羽剣法の武功の一つである『蓮羽迎門』……これも基本の技だけど、比武で目にしたのは久しぶりだわ)
「一本! 勝者、凡吉!」
華鈴の宣言とともに、どよめきが広がった。
周囲の女性たちが互いに顔を見合わせる。
「ちょっと待ってよ! そんな簡単に負けるわけないでしょ!」
ハルが悔しさに頬を膨らませる。
「もう一度! もう一回やらせて!」
「ハル公主、いくらなんでも――」
「嫌です!」
王曼玲が制止しようとするのを、ハルは駄々をこねる。
「私は 戦元帝国第三皇子の公主であるダエンオロン・グンジ・ハルアヤンガ! 負けっぱなしで引き下がれるわけありません!」
……華鈴がため息をつく。
「……まぁ、あんたがそこまで言うなら、私が審判続けるけど……」
「よし! 決まりね!」
ハルは再び木剣を構え直す。その瞳には屈辱の色が宿っていた。
(今度こそ……今度こそ絶対に勝つ!)
凡吉は無言で『紫羽』の構えをする――そこからの勝負は、凡吉の連勝だった。
ピトッ――ピトッ――何度やっても、ハルの首筋に凡吉の木剣が添えられる。その度に、周囲からは歓声ではなく、困惑の声が漏れた。
「今の……全部本気で打ってたのに、全部受け流されてた……」
「しかも、反撃はいつも同じ場所に……寸分の狂いもなく」
華鈴が呆れたように凡吉に向かって呟く。
「あんたねぇ……容赦なさすぎじゃない? これじゃまるで初心者の相手してるみたいじゃない」
「……僕が頑張っているだけです」
凡吉は淡々と答える。
(実際、彼女は剣を振るのが速すぎるだけで、動き自体は単純すぎるんだよなぁ……)
ハルは何度も立ち上がった。汗だくになりながら、必死に剣を振り続ける。
その姿には、皇女としての高慢さはなく、ただ純粋に負けたくないという執念だけがあった。凡吉は、不思議とその姿に好感を抱いた。
「……次が最後です」王曼玲が宣言する。
「それでも負けたなら、潔く引き下がってください」
「……わかりました」
ハルは深呼吸を繰り返すと、今までとは違う構えを取った。
剣を真っすぐ正面に構え、全身の力を抜いた姿勢……これは明らかに、これまでとは違う攻撃の予兆だった。
(なんだ? 今までと何か違う……)
凡吉が警戒を強めた時、ハルが叫んだ。
「行くわよ! 戦元帝国軍刀術――閃光斬!」
その瞬間、ハルの姿が消えた――いや、消えたわけではない。あまりにも速すぎる踏み込みに、凡吉の目が追いつかなかっただけだ。
(これは……っ!)
今までとは比べ物にならない速度――そして、すべての体重を乗せた渾身の一撃が、凡吉の胴体を狙って放たれる。
周囲の誰もが、これが決まったと思ったその時――。
「紫羽・奥義――飛燕穿羽」
……凡吉の口から、静かな声が漏れた――同時に、木剣がまるで生き物のように躍動し、ハルの一撃を受け流す。そして、そのままくるりと木剣を反転させ――
パァン!
ハルの木剣を弾き飛ばした。
「……え?」
ハルの木剣が宙を舞い、地面に落ちる。それと同時に、凡吉の木剣の先端が、再びハルの首筋に添えられた。
「…………」
……沈黙。次の瞬間、割れんばかりの拍手喝采が比武台を包んだ。
「凄い! 今の見た⁉」
「完璧な防御と反撃……まるで芸術だったわ!」
「凡吉って、あんなに強かったの⁉」
華鈴が呆然と呟く。
「あんた……今まで実力を隠してたの?」
「いいえ」
凡吉は木剣を収めながら、ハルに向かって拱手する。
「ありがとうございました」
ハルは地面に座り込んだまま、ぽかんと口を開けていた。そして、次第にその瞳に涙が溜まっていく。
「ぐすっ……ううっ……」
「ハル?」
華鈴が駆け寄ると、ハルは顔を覆って泣き始めた。
「負けた……あたし……全力出しても……全然敵わなかった……」
「ちょっ……泣かないでよ。あんたらしくもない」
「だって……悔しいんだもん……」
そんなハルを見て、王曼玲が小さく微笑んだ。
「ハル公主。玉修門にいれば、凡吉との比武はいつでも出来ます。修練に励んでください」
その言葉を受けて、ハルは涙を拭って答える。
「そうですね……凡吉! 次は負けないわよ!」
そう言って、ハルは華鈴に付き添われて比武台を後にして診療堂へ向かった。凡吉は拱手をしたまま、その背中を見送る。
その日、外門堂での一件は、玉修門中に瞬く間に広まっていったのだった。




