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天尊降臨 ~神々の子は諸天万界を旅する~  作者: ポンタ
第一章 玉修門の使用人・凡吉
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対策会議と比武

 それから数時間後……常磐山脈の麓にある玉修門は、今日も賑わっていた。

 剣法を学びに来た剣客の女性、護身術を習いに来た町娘、静かな場所で瞑想をしたいと訪れる老女など、様々な人々が山門をくぐっていく。

 すでに俗家弟子は外門堂に到着し、外門弟子達は玉修門の食堂で食事を待っていた。

 食堂に併設されている厨房には、凡吉の姿がある。厨房は活気に満ち溢れており、料理人達が忙しなく動き回っている。包丁の音、鍋の沸騰する音、食器の触れ合う音が絶え間なく響いている。もちろん、ここにいる料理人は凡吉を除いて全員女性だ。

 凡吉は、厨房の端にある食材置き場に山のように積まれた大根の前に立っていた。

 彼はいつも使っている簡素な木のイスに座り、年季の入った小ぶりな包丁を持つと、早速作業を始める。 

 丁寧に大根を洗い、皮を剥き、使い古した木製のまな板の上で細かく刻んでいく……最初は時間がかかったが、慣れてくると手際よくこなせるようになった。

 刻んだ大根は桶に入れられ、次々と料理人達の手に渡っていく。その量は膨大であり、一人で全てをこなすのは相当な労力だ。それでも彼は文句ひとつ言わず、淡々と作業を続けていた。

 食堂からは次々と注文が入り、料理人達もそれに応じて忙しく動いている。玉修門で働く多くの料理人達の中には、ただ一人の男である凡吉に対して良くない目線を送る者もいるが、彼は全く意に介していないようだ。

 そんな彼の真面目な働きぶりが認められることもあり、同僚の中には彼を尊敬する者も少なくない。そして何よりも、彼自身がこの作業を苦痛ではなく、心地よいルーティンまたは修行として受け入れていた。


「凡吉。今日も助かるよ」


 隣で煮物を作っていた年配の女性が声をかけた。


「お役に立てているなら光栄です」


 彼は大根の皮むきをする手を止めることなく、いつも通り無表情で言った。

 女性もそんな凡吉の様子を知ってか、ふふっと微笑んで調理に勤しむ。

 そこへ、ひと際慌ただしい声が聞こえてきた。


「あの、凡吉はいませんか⁉」

「そこにいるよ?」


 近くの料理人が指で指し示す。凡吉もチラッと様子を窺う。そこには、小媛の姿があった。


「凡吉っ! 今日は会議があるって言ったじゃない!」

(あ……)


 完全に忘れてた……しかし、雑務を途中で放り出すわけにはいかず、凡吉はどうしたものかと考えていると、厨房からヌッと人影が現れた。


「なんだい? 凡吉は会議に出るのかい?」

「あ……えーと」

「……」


 突然話しかけられてオロオロする小媛と無表情の凡吉を見比べて、玉修門・食堂の総料理長である王清(おうせい)はニカッと笑って見せた。


「じゃあ早く行きな。こっちは私がやっておくから」

「……分かりました。ありがとうございます。それでは」

「……ありがとうございます」


 総料理長の有難い申し出に甘えて、凡吉は座っていた木のイスと小ぶりな包丁を手早く元の位置に戻すと、小媛と一緒にその場をあとにした。


「まったくもう!」

「……」


 小走りで向かう道中、小媛がぷんぷんと怒りを露わにする。対する凡吉は黙ったままだ。

 しばらく歩くと、外門堂を出て内門堂に入る。

 ここは玉修門の弟子のうち、長老や師範代から直接功法を教えてもらえる内門弟子達の居住地であり、修練場だ。そのさらに奥に本堂が見えるが、その手前には外門堂主の王曼玲の姿が見える。


「……遅いわ」彼女は凡吉達が近づくなりそう言った。

「も、申し訳ありませんっ!」

「……申し訳ありません」


 二人の謝罪を聞いて、曼玲はため息をつくと、本堂へ歩みを進める。


「行きましょう。門主を始め、太上長老様も来ているわ」

「えっ!? 太上長老様もっ!?」

「……」


 小媛はびっくり仰天だ。凡吉は依然無反応のまま。

 曼玲が本堂の扉を開けると、そこには玉修門門主・楊(よう)精華(せいか)および太上(だじょう)長老(ちょうろう)・艶(えん)香蘭(こうらん)を始め、玉修門の長老や供奉(ぐぶ)、護法(ごほう)や堂主(どうしゅ)、執事まで勢揃いしていた。

 そのまま王曼玲は自分の席に座り、凡吉と小媛は門主と太上長老の近くに歩み寄る。


「来たわね」精華門主が口を開いた瞬間、室内に緊張が走る。

「そなたに聞きたいことがあるの」

「……何でしょうか」凡吉は微動だにしない。

「いつ、我が門派の功法を会得したの?」

「……」


 一瞬の沈黙が流れる。


「何故そんな事をお聞きになるのですか?」

「小媛からの報告よ。『凡吉が使った技は、天羽剣法ではないか』と」

「……」


 凡吉は少し考え込んだ後、答えた。


「……盗み見て、覚えました」

「何ぃ!?」


 それを聞いた長老の一人が立ち上がろうとする。それを艶香蘭が手で制した。


「凡吉。それは本当なの?」


 義母上(ははうえ)の質問に、凡吉は黙って頷く。

 その瞬間、長老達はざわつき、凡吉の言葉に驚きと疑念が混じった視線を向けた。

 しかし門主の精華が手を上げると、長老達は静まり返る。


「この件については、今後一切詮索しないこととします」


 精華門主のその宣言に、一同は驚きの表情を浮かべたが、誰も異議を唱えなかった。

 凡吉は心の中で安堵した。これ以上詮索されることもなく、日常が保たれると思った。


「次に、三人が遭遇した山賊についてでしが……」


 そこで精華門主は一旦言葉を切って、凡吉の方を見る。


「凡吉。山賊共を殺害したのは、小媛と華鈴公主曰くそなただということだけど……事実かしら?」

「はい……」


 その時、義母上である艶香蘭が一瞬悲し気な表情を見せたのは、凡吉の見間違いだろうか?

 

「戦利品も得たと聞いたけど?」


 精華門主が続けて聞くと、凡吉も頷く。


「部屋にあります……」

「結構。それはそなたのものよ」

「ありがとうございます」

「以上。凡吉は下がりなさい」

「……失礼します」


 凡吉はその場を去ろうとした。しかし――。


「待ちなさい」


――艶香蘭が呼び止めた。


「はい」

「折角だから、私と比武をしましょう」

「……何故ですか?」


 凡吉の問いに、艶香蘭はニコッと笑う。


「そなたがどれぐらい強くなったのか、興味があるの」


……凡吉は断ることができず、やむを得ず艶香蘭との比武に臨むことになった。

 二人は騒然とする本堂を後にし、艶香蘭が暮らす玉霊山の頂上に来ていた。ここには艶香蘭の居宅のほか、比武を行う台もある。


「準備はよい?」


 比武台に立ち、艶香蘭はにこやかに微笑んでいる。しかし、その目には真剣さが宿っていた。

 凡吉は深呼吸をして、集中力を高めた。


(さて……どう攻めるか)


 凡吉はゆっくりと構える……義母上の目の奥には、単なる好奇心以上の何かが潜んでいるように感じられる。これがただの遊びではないことは明らかだった。


「……はいっ!」

「では……」


 艶香蘭は楽しそうに目を輝かせながら言った――瞬間、不意に彼女の姿が消えた。


(速い!)


 凡吉は直感的にその場から飛び退いた。次の瞬間、彼がいた場所に気の刃が走り、石畳に亀裂が走る。


「――よく避けた」


 艶香蘭は、まるで踊るように軽やかに舞いながら再び構え直していた。


(速すぎる……だが、見えるっ!)


 凡吉も負けじと反撃する。全身全霊を込めて繰り出した一撃は、義母上の顔に傷をつけた……と言っても、おそらく見た目ほど効いていないだろう。


「っ!?」


 だが義母上は一瞬驚いた様子で後ろに下がり、凡吉との距離を取った。

 凡吉はその隙を見逃さず、一気に間合いを詰める。鋭い連撃が次々と繰り出され、その速度と威力は凡吉自身も驚くほどだった。

 艶香蘭は防御に徹し、必死に凡吉の攻撃を受け止めていた。


「はぁぁぁっ!!」


 最後に振りかぶった一撃が炸裂した。山頂に深い轟音が響き渡り、二人の動きがピタリと止まった。


「……なるほど。ここまでにしましょう」


 艶香蘭が静かに言った。凡吉はホッとして肩の力を抜き、深く息を吐いた。


「……ありがとうございました」


 凡吉は改めて周囲を見渡すと、その惨状に驚愕した。比武台の一部が崩れ落ちており、周囲の木々はいくつか枝が千切れていた。


(やりすぎた……) 


 彼は内心で反省しつつ、義母上に向き直った。


「……練体境6段といったところね。

 凡吉。そなたは、この玉修門では弟子になれない。分かっているわね?」

「はい……」

「しかし、同時にそなたは私の子にして、玉修門唯一の使用人……玉修門の功法を会得していたとしても、不思議ではないわ」

「……」

「もし……そなたが修練に励みたいというのなら、私から門主に言って、雑務を他の者に替わってもらうことも出来るけど……どうする?」


 この時、凡吉は自分の人生を生きることを選んだ。


「……修練がしたいです。でも、使用人としての仕事も、継続したいです」


 その言葉を聞いて、艶香蘭は一瞬ポカンとした表情をしたが、すぐに取り繕った微笑みを浮かべて言った。


「……それがそなたの答えなら、何も言わないわ。

 何か困ったことがあったら、すぐに私に言うのよ?」

「……ありがとうございます」

「うむ……では、下がりなさい」

「失礼します」


 凡吉は頭を下げて、その場を離れる。

 そのまま本堂に戻ったが、どうやら会議は終わっていないようで、凡吉は邪魔にならないように本堂に入る。


「あ、凡吉」


 その時、本堂を警備していた護法の女性が凡吉を呼び止めた。


「門主が、あなたはもう仕事に戻りなさいって」

「分かりました。失礼します」


 そう言って、凡吉は本堂を後にして日常に戻った。

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