日課
翌朝――凡吉は夜明けと共に目を覚ました。
窓の外は日が昇り始め、新しい一日の始まりを告げている。
この世界の朝の空気は驚くほど清々しい。鳥たちのさえずりも耳に心地よく響く。
凡吉は寝台から起き上がり、大きく伸びをした。昨晩の疲れはまだ完全には癒えていないが、この新鮮な朝の空気が少しずつ体力を回復させてくれるようだった。
(今日も修練、修練……)
まず朝食の支度に取り掛かる。といっても、昨日手に入れた干し肉を炙って噛み千切り、竹筒に入った水で流し込む簡単なものだが、空腹を満たすには十分だった。
その後、部屋を簡単に掃除し、戦利品を適当に整理してから外に出た。
使用人の朝は早い。凡吉は使用人としての仕事を始める前に、日課となっている玉霊山での走り込みを始めた。
呼吸と共に体全体に力が漲ってくる。凡吉にとって走ることは一種の瞑想のようなものだった。足元の土の感触、風の匂い、自分の鼓動を感じながら、無我夢中で駆けていく。心を落ち着かせ、頭を冴えさせるために欠かせない時間なのだ。
ちょっとした森の中で木々の間を縫うように駆け抜け、時には崖を飛び越えたりしながら、呼吸法で内功を練る。
(ん?)
しかし、凡吉はある違和感を覚えた。
へその下あたり……そこが、じんわりと温かくなっていく感覚がした。
(……気のせいかな?)
凡吉はそう考え、約一時間の走り込みの後、いったん自分の小屋に戻って近くの井戸から汲んだ冷たい水で汗を拭い、着古した着物でさっと身支度を整えた。
(さて……やるか)
そんな事を思いながら、凡吉はまず山門に向かった。
石畳を下りて山門を抜けると、近くの岩に箒があるのが目に入った。
そう言えば、昨日は山門の掃除の途中でお嬢様の初めての買い出しに付き合わされたことを思い出し、凡吉はその箒をとって掃除の続き――もしくは今日の山門掃除に馬歩の姿勢で勤しむ。
箒を手にとると、竹製の箒がパサリと音を立てた。凡吉は丁寧に門前の砂利道を掃きながら、落ち葉や小枝を取り除いた。掃除をしているうちに、凡吉は次第に気持ちが落ち着いてきた。辺りが綺麗になるにつれ、彼自身の心も浄化されていくようだった。
(……こんなもんでいいかな?)
凡吉は満足気に頷くと、箒を手に、次に外門堂へ向かう。
外門堂とは、主に俗家弟子や外門弟子が修練をする場所だ。他にも、参拝客などが訪れ、彼らが泊まる宿坊もある。もちろん、外門弟子が暮らしている寄宿舎もあるが、そちらは外門弟子が自ら雑務を行うため、凡吉は近づくことは無かった。というか、近づくことを禁止されていた。
まぁ、玉修門は女性だけの門派のため、男である凡吉にそのような指示が出されるのも無理もない。
当の本人はそんなことも気にせず、黙々とむき出しの土と石畳の間に立って掃き掃除を始める。
軽快な調子で箒を動かし、塵一つ残さぬように丁寧に掃除をしていく。
こうした作業は、意外にも彼の集中力を鍛えるのに役立っていた。無心になって箒を動かすことで、余計な考えを取り払い、心を落ち着かせる。それが、彼にとっての修行の一環でもあった。
そのためか、朝日が昇る頃には、外門堂は見違えるほど清潔になっていた。




